第7話 何もない日。幼馴染と映画を見る。

 久しぶりに、朝陽で自然と目が覚めた……と思ったけど、もう11時。染み付いた長年の習慣は簡単には直らないらしい。でも休日でこんなに早く起きたの、いつぶりだっけか。

 春らしく小鳥がちゅんちゅん鳴いているのをぼんやり聴きながら、ベッドからおりた。なんとなく、寝ていたい気分じゃない。


「あぁ、そういえばうめちゃん……」


 たぶんまだ起きていないんだろう。物音が聞こえない。引っ越してきたばっかだし、色々あったし、疲れてるのかもな。そっとしておこう。

 静かにリビングに行って水を飲む。はてさて。


「朝ごはん、作った方がいいのか」


 昨日は小梅が作ってくれたけど。毎日作らせるのもなぁ。でも、逆に献立? とか決まってたらそれはそれで……ていうか、今って朝ごはんか昼ごはんかどっちなんだ。今までならこういうめんどくさい時間のご飯は食べなかったんだけど。


「ま、なんでもいっか」


 さぁ作ろうと腕まくりしようとした瞬間。ドアが開いた。

 台所から覗くと、小梅が立っていた。どうやら物音で起きてしまったらしい。できるだけ静かにしてたんだけど。


「おはよう」

「うん。おはよう……」


 目が半分開いてない。


「今からご飯作ろうとしてたんだけど、食べたいものある?」

「う〜ん……」


 寝起きの頭は全く働いていないようで、ただ目をしぱしぱさせるばかり。


「なんでもいい」


 小梅はしばらく悩んだあと、呟いた。

 これが主婦の敵かっ……! うぅむ、手強い。

 レシピなんて収納されていない頭を捻っても何も出てこないし……ここは大人しく引き下がるべき?


「御影くんは……?」

「え?」

「食べたいもの、ないん? 作んで……?」

「でも毎日作ってもらうのも悪いし」

「う〜ん……じゃあ手伝って」


 小梅はまだ眠そうなまま少しだけ顔をしかめた。どうやら寝起きは悪いタイプらしい。よく考えれば、昔だってそうだった。眠いから幼稚園に行きたくないってさんざん駄々こねたり、最終的には泣き出したり。そういうとき慰めるのは俺の役目だったなぁ。懐かし。


「何にしたの?」

「スフレパンケーキ」

「すふれ?」

「ふあふあのやつ。別名天使のパンケーキ」

「あぁ……?」


 分かるような、分からないような。クラスで話題になっていた気もする。


「御影くん、もうお昼だし、ブランチにしてもいい?」

「ぶらんち?」

「朝昼兼用、みたいな?」

「なるほど」


 世の中なんでもあるんだな。こと料理方面には全く興味がなかったから、そんな便利な存在知らなかった。


「それ、俺なにしたらいいの?」

「生クリーム、かき混ぜる……?」

「あっ、うん」


 初日の部屋や冷蔵庫の様子を見て、家事に関してはすっかり信用を失ったらしい。材料を全部入れられたボウルを渡され、監視付きでかき混ぜることになった。目を光らせている小梅は、手元を休めることなくスフレパンケーキとやらのタネを作っている。

 フライパンに薄く油を敷き、ドロっとした生地を置いていく。2人でたぶん6個。裏面に軽く焦げ目がついたところでひっくり返し、早業で皿にうつす。元から家にあった俺のものと、昨日買ってきた薄いピンクのものだ。確かにふわふわ。天使のパンケーキと呼ばれるのも分かる。

 しばらくパンケーキに集中していたらしい小梅は ボウルの中を覗き込み、慌てて俺の手を包み込んだ。まだ寝起きだからか、体温が低い。


「ストップストップ! ありがとう」

「あ、ううん。いい匂いするな」

「うん……」

「ん?」

「ううん……」


 そっと手を離す小梅の耳が少し赤い。一瞬からかおうか、と小学生じみた考えが顔を覗かせたが、黙ってボウルをキッチンに置いた。見てはいけないものを見てしまった気がする。


「これ、上に乗せるの?」

「そう。上に乗せて。あとお好みでイチゴジャム」

「最高の組み合わせじゃん」

「そうやねん! よく作っててんけどな、美味しくて……」


 つけ合わせの野菜なども器用に盛り付け、できたのはまるでオシャレな喫茶店に出てきそうな一皿。"インスタ映え"だと言ってクラスの女子たちが騒ぐだろう。

 フォークとナイフで切り分け、口の中に運べば消えてなくなった。


「うまっ!」

「やっぱ朝はこれやなぁ」

「世の中こんな美味いもんあるんだなぁ」

「大げさやで。もっと美味しいもんはあるし」


 とは言いつつ嬉しそうだ。小梅は褒められて嬉しかったら唇を巻き込む癖があるからよく分かる。


「そういや、引っ越しの荷物は明日なんだよな?」

「うん。言うても、服とかやけど」

「レイちゃんのあるからな」

「そやな。なら今日は……一応何もすることないんや」

「だなぁ」


 カフェオレを啜りながら頷く。のどかだ。


「春休みだから宿題もないし……映画とか見るか」

「映画館……?」

「ううん。家で。スクリーンあるから」

「家で!?」


 小梅はフォークを持つ手を止めた。


「す、すごいな。今どき……」

「うーん」


 わりと当たり前だと思ってたけど、そうか。あの村にそういうものがあるとは思えないし。情報源はテレビだったし。スマホとかもあんまり使ってなかったもんなぁ、大人たち。


「今日は1日映画見るか」


 小梅は目を輝かせ、やったー、と弾けるような笑顔を見せた。

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