第83話 「黒塚兜は生徒指導に容赦しない③」
俺たちは店の奥の席に座らされてしまった。
ヤニ煙の臭いはほとんどしない。やたらと香水と化粧の匂いはするが。
それにしても、店内がチカチカしすぎて落ち着かないな。あの派手過ぎるミラーボールはなんとかならんのか。
「とりあえず先生、なんか飲む?」
「センセーってさぁ、お酒イケるクチ?」
「いや、生憎と俺は職務中だからな」
俺は強めに手刀を切って断っておく。
「私もお酒は飲めないから」
「ふぅん、真面目なんだぁ~。チョー意外かも」
「でしょでしょ? あ、黒塚先生ってこう見えて化学教師だから!」
「マジでぇ~? ウケるんですけど!」
「なになにぃ? 先生来てんの?」
「俺らも話混ぜてよ!」
――帰りたい。
あれやこれやという間に、周りに人が集まってくる。みんなやたらとチャラチャラしているというか、派手な髪と化粧をした男女ばかりだ。
変わった連中ではあるが……。
「闇乙女族の仕業、には見えないわね」
「うむ……」
今のところ、店内にいるのは男女半々ぐらいか。女ばかりなら疑うところなのだろうが、奴らと関係しそうな要素は現状見当たらない。ということは、山田はただ単にコイツらに感化されただけか?
「あ、そうそう。先生」
「なんだ、山田?」
「あっちにもう一人、先生が知ってる人いるよ」
……ん?
知ってる人?
って、あれは……。
「伝説級に面白そうだから来てみたらなんだ、黒塚先生も来てたのか」
俺たちを見つけるなり、そいつはこちらにやってきた。
この声は、やっぱり……。
「白龍! お前、どうしてここに?」
「俺が誘った! 白龍さん、興味あるかな~って思って」
コイツ……、抜け目ないな。それにしてもついてくる白龍も白龍だが。
「ここも悪くはないな。ドリンクがひたすらマズいが」
「まぁまぁ、ドリンクなんてどこも一緒っしょ! それより、白龍さんももっとアガろうぜ!」
「うん? アガるとは?」
「踊ればいいじゃん」
「よく分からないからパスだ」
「そんじゃ、なんか面白い話とかしようぜ」
「面白い話……?」
おいおい、それは無茶ぶりというものだぞ。その振りから出た話は大抵スベる。そういうのは職員の飲み会で嫌というほど見てきたからな。
白龍は手にしたドリンク(多分ウーロン茶)を一気に飲み干し、
「ならば、オレが伝説的な話をしよう」
「おっ、待ってました!」
「チョー期待!」
あ、これ絶対スベる。白龍よ、引き返すなら今のうちだぞ。
「これは、少し前にオレが体験した話なんだが……」
「てゆーか、”オレ”だってさ。ウケる!」
今更そこにツッコむか。まぁ、見た目美少女があんな言葉遣いしているのだから違和感はあるのだろう。どうでもいいが、「ウケる」で全て終わらせるのはいかがなものか。
「続きを話すぞ。ある日、道の向こうから赤い洗面器を頭にのせた男がやってきた」
……ん?
おい、その話は……。
やめろ! その話はマズすぎるぞ色々と!
「で、で?」
「洗面器には水が入っていて、男は……」
「あ、オーナー来た!」
――ふぅ。
思わずオレは安堵の溜息を洩らした。これはマズいぞ、色んな意味で! これ以上続けたら色んなところから怒られかねないからな。
で、オーナーとやらはどんな人物なんだ?
「え~、チョーヤバ! センコー来てるっていうからどんなチョベリバなのかと思ったら、メッチャナウなヤングじゃーん!」
……。
これまた珍妙な奴がきたな。
どれだけ焼いたのか分からない黒い肌、そこからくっきり目立つように白いメイク。灰色の妙な髪の毛に、茶色いボディコン。とてもじゃないが同じ令和を生きる人間とは思えない。
「オーナー、ちぃっす!」
「おっはー! 繭っちぃ! イェーイ!」
「今日もアゲポヨでいきましょう! イェーイ!」
最早どういうノリが正しくて間違ってるのか分からん。ツッコんだら負けな気がする。
「……ねぇ、黒塚先生」
灰神が俺の袖を引っ張ってこっそり耳打ちしてきた。
「みなまで言うな……」
オレと同じ感想なのだろう。
とはいえ……。
「ん? やっぱオーナー見てびっくらこいちゃった系?」
「ちょっとぉ、繭っちそれどういう意味ぃ?」
「メンゴメンゴ!」
山田は和気藹々とオーナーと話している。
――なんだろう。
やっぱり本当に楽しそうだな、山田。
「……なぁ、山田」
「うぃ?」
「お前、楽しいか?」
「モッチー! 陰キャだった頃より最高だぜぇ!」
「あのときはマジチョベリバなぐらい陰キャ君だったもんねぇ。ここにいる皆、前はそんな感じだったけどぉ、あーしがチョーゼツアゲアゲにしてやったぁ~みたいなぁ~」
「そうそう! ファッションとかモテテクとか教えてくれてさぁ! だからオーナーにはメッチャ感謝してっから!」
「ありがとー! アンタもチョベリグ! マジでいいカンジ~!」
――ふぅむ。
一概に悪いこととは言えないな。一見したところ違法行為は見受けられないし、何より山田の笑顔……。心の底から楽しそうだ。
お前、もしここが本当の居場所なら――。
「……ダメよ」
「えっ……?」
影子が険しい目で言い放った。
「こんなチャラチャラした場所に、何も知らない若い子を集めて。何されるか分かったもんじゃないわ」
「おいおい、そんな言い方……」
「灰神先生、お堅すぎっしょ!」
「いい加減目覚めなさい! これがあなたのなりたかった自分なの⁉ 目先のイメチェンよりも、もっと先のことを見据えなさい!」
灰神に一括されて、山田は顔を俯かせて、
「お、俺は、別に……。ちょっとカッコよくなりたかった……」
「いい加減にしてくんなぁい? マジウザいんですけどぉ~」
「あなた、どういうつもりか知らないけど、何か企んでいることは分かっているのよ」
「あーしが? 何それ?」
「とぼけても無駄よ。私には分かるんだから。ねぇ、“闇乙女族”さん」
――なっ!
やはりそうか!
「メ! 僕のレーダーにもしっかり引っ掛かっているメ!」
懐から現れたメパーがこっそり言う。
「なるほどな、一瞬だけだがお前のことを信用しそうになった俺を殴りたいところだ」
「ちょ、ちょっと……。黒塚先生何言って……」
「あーあ、バレちゃったぁ。マジサイアク~!」
先ほどまでの笑顔はどこへやら、オーナーと呼ばれた女はしかめっ面を浮かべた。
「は、灰神先生? オーナー? 何言って……」
「ま、いっかぁ。ちょーど今日は満月だしぃ。そろそろオモシロいものを見せてあげられる~みたいな~」
――オモシロいもの、だと?
「お前一体何を……」
パチン!
オーナーと呼ばれる女性が指を鳴らすと、部屋が突然一気に暗くなった。
「ちょ、何これ?」
皆が困惑する中、ミラーボールの回転速度が急激に上がった。同時に、照らされた光が客たちを刺激するかのように輝かせる。
いや、これは……。
「ちょ、俺の身体……」
「う、いや、あああああああッ!」
次々と男性客たちの身体が光り始める。女性客たちには何も起こらない。どこか彼女らは不敵な笑みを浮かべている。
光った男性客たちの身体が丸みを帯びる。それぞれ髪の毛が伸び、次第に派手な髪型へと変貌していく。顔もどんどんド派手なメイクになり、手も爪が伸びていく。
「やられた、わね……」
やがて光が収まると、俺たちは眩んだ目を立て直してしっかり前を見る。
「やっだぁ、これがあたしぃ!?」
「ウッソー! ギャルになっちゃってんじゃん! チョーいいかもぉ!」
派手なメイク、そして髪型。服もいつの間にか渋谷にでもいそうなセクシーなファッションに変貌している。
――っと、山田は?
「お、オレ……、あたしも変わっちゃってんじゃん!」
ダメか。
山田も派手な茶髪にセクシーな服のギャルへと変わってしまった。
「あはははは、マジサイコー! チョベリグになっちゃった!」
「お前、やっぱり……」
「そっ、あーしは闇乙女族だっつーの!」
ペロっと出した舌からはピアスが見えている。よく目を凝らしてみると、耳のあたりが灰色の獣のようになっているような……。更には尻のあたりから何か巨大な尻尾のようなものが……。
「どうやら、読みが当たったようね。一足遅かったみたいだけど」
「そゆことー! とゆーわけでぇ、自己紹介しとっけど。あーしはウルフアクジョ。覚えなくてもいいけど、一応シクヨロー!」
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