第74話 「白龍説は新たな伝説になりたい①」

 オレの名は伝説――。

 またの名を、白龍説。


 オレが求めている物は、新たなる伝説。

 そして――、

 桃瀬翼という、一人の少年。


 オレの脳裏に残された記憶はそれだけだ。自身がどこから来て、何をしていたのか、全くといっていいほど記憶などない。できることといえば、唯一の手掛かりとなる桃瀬翼のことをずっと探すしかなかった。


 だからこそ、この状況は訳が分からない。

 一体どういうことだ? あの闇乙女族とかいう連中はオレをどうしようというのだ?

「おや、目が覚めましたかい?」

 目などとっくに覚めている。

 この褐色鳥女――フェニックスアクジョとか言ったか。コイツに気絶させられて連れてこられた、といったところか。

 随分とベタな真似をしてくれた、と言いたいところだが……。


 何故……。


 何故……。


「何故、オレがウェディングドレスを着させられているのだッッッッッッッッッ!」

 一番の疑問箇所。勿論、ツッコみたいところは他にも多々あるのだが。

 目が覚めてから身体がやたらゴワゴワすると思ったら、真っ白なウェディングドレスを着させられている。頭が重いし視界もほんのり白いから、多分ヴェールも被せられている。その状態で後ろ手に縛られて、どこか教会のチャペルみたいな場所の前で座らせられている。

「そりゃあ、あんさんはあっしと結婚するからでしてぇ」

 にひひ、と不敵に笑むフェニックスアクジョ。

 コイツも何故か、純白のウェディングドレスを着ている。デザインもまたオレと同じ、肩を出して花をあしらったヴェールを被った、かなりシンプルなものだ。

「結婚だと!? 何故オレが貴様なんぞと! 大体オレは男だ! ドレスなど着せるな!」

「生憎と、闇乙女式は花嫁衣装同士でやるのが決まりでしてねぇ。しきたりに乗っ取っただけでさぁ」

「そんなもの知ったことかッ!」

「まぁまぁ、落ち着きなすってぇ。結婚式なんてあくまで形式的なものでしかないんでぇ」

「ふざけるな! いいか、オレの名は伝説。またの名を……」

「イニム様」


 ――コイツ。

 またオレのことを「イニム」などと呼びやがった。

 一体、狙いは何なのだ? オレのことを愚弄しているつもりなのか?

「まぁいい。こんなところさっさと抜け出して……、ふんッ!」

 両手両足に力を入れるが、何かに縛られて抜け出せない。馬鹿、な。オレの力を以てしても固すぎるなど、有り得ない。

「無駄でさぁ。そのロープは特製で、あんさんの力を封じることができるんでぇ」

「……貴様」

「ま、式さえ終わってしまえばそれでいいんでぇ。折角なんで、オトメリッサとかいう連中が追って来たらその場で始末してやりまっせ」

 ――始末、だと?

「笑わせるな。貴様如きがオトメリッサに敵うとでも?」

「当然でしょう。あっしは不死鳥フェニックスの力を持った闇乙女族、フェニックスアクジョでさぁ。魔法少女は勿論、実力はアメジラよりもずっと上でっせ」

「随分と自信たっぷりだな」

「へっへっへ、あんな奴、運だけでのし上がってきた小者中の小者でさぁ」

 ――愚か者め。

 己の実力を過信しすぎたド阿呆だということは理解できた。呆れて物も言えん。

 こんな者と結婚だと? 馬鹿も休み休み言え。断じて御免被る。これから何をする気か知らんが、この調子では馬鹿が移りかねん。とっとと抜け出してやる。

 とはいえ……。

 この現状では抜け出すことが出来ないのも事実だ。悔しいが、伝説のオレでも出来ることと出来ないことが存在するらしい。

「あ、そうそう。闇乙女式の結婚式ってのはどういう意味だかご存知ですかい?」

「知るか」

 いい加減このバカげた会話にも飽きてきた。

「絶・対・服・従。もしくは永・遠・奴・隷。そこんとこ充分心得てくだせぇ」


 ――マズいな。

 こんな奴に永遠に従えとか正気か? 鳥だぞコイツは。

 っていうか、このシチュエーション……。これではまるでオレが囚われの姫君みたいではないか! どこぞの亀の魔王に捕まった桃の名を冠した姫ってこんな感じなのか? 髭面の配管工の助けでも待ってろと? ジャンプとキノコを食うだけの男に何ができるというのだ?

 なんてことを考えている場合じゃない――。

 この現状を打破する方法を考えねば。

 だが、どうする? 唯一の頼みといえば、オトメリッサだが……。アイツらが助けてくれるのを賭けるしかないか? いや、髭の配管工よりはマシか。

 だが確実に来るという保証はどこにもない。となれば自力で脱出するしか……。

「それではぁ、そろそろ始めやしょうかねぇ」

 フェニックスアクジョがそう言うと、地面から次々と泥が間欠泉のように湧きあがる。じばらくしてそれらは人の形に変わっていき、

「シャドロウ……」

「シャドロウ……」

 次々と、女性の形をした泥が増えていく。

「……なんだ、これは?」

「いやぁ、折角の結婚式なんでぇ。あっしら二人だけってのも寂しいでしょう? ここはドロオトメさんたちに参列してもらいやしょう」

 よく見ると奴らは各々、モーニングやらパーティドレスやらを着ている。いや、ただの泥の塊なのだが。

「粋というか、悪趣味というか」

「なんとでも言ってくだせぇ。それじゃ、まずは……」フェニックスアクジョがオレの身体に覆いかぶさってきた。「誓いのキス、からはじめやしょうかい」

「うっ……」

 ――マズい。

 マズい、これは! 凄くマズい! どのくらいマズいかというと、どこまでもマズい!

「遠慮しちゃダメでさぁ。あんさんは、あっしの永遠奴隷になるんですから。んーッ!」

 唇を尖らせながら、オレに迫ってくるフェニックスアクジョ。

 こんなの勘弁願いたい! オレは伝説だが、こんな伝説は嫌だ! 


 ――この際髭の配管工でも緑の服のマスターソード使いでも竜の王を倒す勇者でもなんでもいい!


 ――誰か。


 ――このオレを、助けてくれ!


「オイ、出てこいやあああああああああああああああああああッ! 鳥女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 ――ん?


 聞き覚えのある下品な怒鳴り声が外から響いてきた。

「おっと、いいところだってのに来客でさぁ。いや、ここは新たな参列者って言った方がいいでしょうかねぇ?」

 ふっ……・。

 ――ようやく奴らが来た、ということか。

 遅い。遅すぎる。

「迎えに行ってこい」

「へいへい。まぁ、しょうがないでさぁ」

 しぶしぶとオレの前から離れたフェニックスアクジョは、教会の扉をさっと開ける。


 そこにいたのは……。

「はっはっは! 二人ともなんだ、その恰好は。見違えたではないか!」

「来てやったぞ、鳥女」

「説さん、返してもらいますよ」

「てめぇはぶっ飛ばす!」


 ……。


 こいつら……。


「ここで決着を付ける! 覚悟しろ! 鳥!」


 制服姿の、桃瀬翼。

 同じく制服姿の緑山葉。

 いつになくきちんと制服を着こなしている黄金井爪。

 黒い礼服に白ネクタイの蒼条海。

 紋付の袴姿の黒塚兜。


 助けに来たのは分かるのだが。

「……なんだ、その恰好は?」

「いや、それはこっちの台詞だからッ!」

 確かに人のことは言えないが……。

「ん? 結婚式なのだからきちんと場に合わせた服装で参加するのは当然だろう?」

 兜は特になにも疑問を持っていないようだ。

「説くんもドレス似合っているね。綺麗だよ」

「おい、アイツって、男で間違いない、よな?」

「あ、僕知っているよ。こういうのって、『その結婚、ちょっと待ったぁ』って感じで花嫁の元カレが奪いに来るみたいなシチュエーションだよね」

「いつの時代のドラマだ、それは」

「ま、それに近いがな、はっはっは!」

 ――やはり髭面の配管工が来てくれた方がマシだったか?

 能天気な連中に助けを求めた自分が情けなくなる。段々とオレの悪い伝説ばかりが増えていきそうだ。

「さて、ご挨拶はここまでにしやしょうか。神聖な結婚式を邪魔しようという無粋な輩は排除しなけりゃなりやせんねぇ」

「へっ、なぁにが神聖だ!」

「とっとと片を付けるぞ」

「オッケー、みんな!」


 そう言いながら、一同は腕のブレスレットを掲げた。


「「「「「オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!」」」」」


「オトメリッサチャージ、レディーゴーッ!」


 強い掛け声と共に、それぞれのブレスレットから淡い光が溢れ出していった。

 そして、身体がどんどん柔らかく、胸もそれぞれに合った大きさに形成させていった。


 黄金井は黄色い光が消えると、上下に分かれたセパレート状の衣装を纏ったツインテール少女に――。

 蒼条は青い光が消えると、白と水色のスカートが付いたレオタード状の衣装を纏ったサイドテールの少女に――。

 緑山は緑色の光が消えると、緑色のチューブトップ状の衣装にストールを羽織ったポニーテールの少女に――。

 黒塚は黒い光が消えると、黒いチャイナドレス状の服を着たショートヘアの少女に――。


 そして、桃瀬はピンクの光が消えると、白とピンクのセーラー服状の衣装を着たロングヘアの少女に――。


 それぞれ変身していった。


「未来への翼、オトメリッサ・ウィング!」

「悪を切り裂く爪、オトメリッサ・ファング!」

「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」

「癒しの草花、オトメリッサ・リーフ!」

「力の甲虫、オトメリッサ・インセクト!」


「魔法少女、オトメリッサ! 参上!」

「奪われた漢気――」

「取り戻させていただきます!」


 全員の名乗り口上と共に、オトメリッサどもが姿を現した。

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