死闘 001



 山を登り、草木をかき分けること一時間。目的の場所――ラウドさんが狙うA級ダンジョン付近に辿り着いた。


 岩肌を粗く削った洞窟の奥に魔法陣があるらしく、僕らはその洞窟の入り口を見下ろせるよう崖上に身を潜める。



「お疲れ様です、ウェイン殿」



「お疲れ様です。いくつか作戦に変更点があるので、共有致します」



 先に到着していた軍の兵士とウェインさんが作戦会議を始めた。ところどころ聞こえてくる情報を整理すると、軍は七十人程の人員をこの作戦に割いてくれたらしい。今日でラウドさんたちを潰したいという気概が窺がえる。



「ふう……」



 特にやることのない僕とニニは、手持無沙汰な感じで地べたに座り込んだ。



「軍の方々とも合流できましたし、後はラウドさんたちがやってくるのを待つだけですね」



「ああ、そうだな。ここにくる確率は八割強って話だから、まず間違いなく戦闘は起きるだろ……ニニ、大丈夫か?」



「何がですか?」



「元とは言え、相手は『竜の闘魂ドラゴンガッツ』のマスターだし……情みたいなのもあるんじゃないかと思って」



「ありませんよ。前にも言った通り、私は怒っているんです……ジンダイさんやエジルさん、ソリア支部みんなを裏切ったあの人のことを、私は許せません」



 許せないと言うニニの顔には、確かな意志がこもっていた。


 故郷を滅ぼした闇ギルドを追って冒険者になった彼女にとって、ラウドさんの蛮行には何か思うところがあるのだろう。


 理不尽に居場所を奪われる悲しみを、こいつは誰よりも知っているのだから。



「任せておけ、ニニ。儂がきっちり、あやつの息の根を止めてやる」



 木に立てかけた杖から物騒な発言が聞こえる。

 今回の作戦、ベスは元々乗り気ではなかったが、今はやる気十分らしい。



「……なあ、ベス。実際のところ、魔力はどれくらい回復したんだ? 別にお前を疑うわけじゃないけれど、むしろ信じ切っているくらいだけれど、本当にラウドさんに勝てるのか?」



「無論じゃ。全盛期に比べればまだまだ十分の一程度じゃが、人間に負けはしない。ラウドも中々の魔力をしておったが、所詮は人間じゃ。儂の敵ではないよ」



「この国でそんなことが言えるのは、ベスくらいだよ」



 頼もし過ぎる彼女の言葉に、自然と頬が緩む……緊張感がないのは重々承知しているが、四六時中気を張っていたらいざという時に動けない。適度なリラックスも必要なのだ。



「さて、そろそろ杖から出ようかの。儂も周囲の警戒に参加した方が、効率よく敵を見つけられるじゃろ」



「杖の中から探知魔法を使えばいいんじゃないか?」



「それもいいが、やはり精度が落ちるしな。相手がモンスターなら問題ないが、対人間となると魔力を隠す隠密魔法を使っている可能性もあるじゃろ」



 ベスにしては珍しく慎重な考えをしているようだ。何だかんだ言って、ラウドさんのことを警戒している。


 それは恐らく、僕たちのため。


 こいつにとっては楽勝の相手でも、僕らにとっては強大過ぎる敵だ……もし不意打ちでも食らってしまえば、ウェインさんとベス以外にはひとたまりもない。


 そのリスクを減らすために、魔力回復を捨てて索敵に打って出てくれたのだ。



「うん、娑婆の空気はうまいのぉ」



 杖が光に包まれ、数秒後にベスが姿を現した。彼女は胸一杯に息を吸い込み、山の空気を味わっている。


 それから首をコキコキと鳴らし、静かに目を瞑った……探知魔法を発動しているのだろう。



「ふむ、真下にA級ダンジョンがある所為か、魔力の流れが読み取りづらいの……ん?」



 小首を傾げた彼女は、何かが気に入らないといった風に眉間にしわを寄せた。



「どうしたんだ? 何か不都合でもあったのか?」



「いや……気のせいかもしれんが、ダンジョン入り口の魔法陣から発されている魔力が少し変質しているような……」



「ふーん……?」



 生憎、僕にはわからない類の疑問だった。

 だが、ベスが違和感を覚えるということは、ダンジョンに何かがあるのかもしれない。



「もし気になるようなら、降りて確かめにいってみるか? まだラウドさんたちはここに向かってきてないみたいだし」



「……そうじゃな。不安要素をそのままにするわけにもいかんし――」



 僕の意見に同意し、一歩を踏み出そうとした瞬間――ベスの顔色が変わる。



「まずい、罠じゃ‼」



 彼女が叫んだのと同時に。


 崖下の洞窟から、眩い閃光が発せられた。



「【黒の失楽ネロ・デスティア】!」



「【氷剣――結界】!」



 この異常事態に反応できたのは、ベスとウェインさんだけ。


 漆黒の魔力と氷壁が僕らを守るように出現した――が。


 謎の光を抑えるには、足りなかった。



「ぐああああああああああ‼」



「うわあああああああああ‼」



 魔力が爆散する。


 僕らの立つ地面が崩壊し、崖が崩れていく。


 一瞬のうちに、魔法陣があった場所を中心として爆風が広がり。


 森が、更地と化した。



「そんな……」



 ウェインさんが、悲痛な声を出す。


 木々も岩もなくなり、真っ平らになってしまったこの場所では、周りを良く見渡すことができた。必然、被害状況もすぐに把握できる。


 ベスの近くにいた僕とニニ、それとウェインさんが庇うことに成功した数人の兵士は無事だったが――他は、全滅していた。


 闇ギルドを掃討するために集められていた七十人あまりの兵士が、地面に臥せっている。



「っ……」



 爆発の衝撃にやられた者。崖から落下した者。削れた岩に押しつぶされた者。薙ぎ払われた木々の下敷きになった者……とにかく、惨憺たる状況だ。


 あの人たちに、まだ息はあるだろうか?


 それとも……




「まだ生きてるか。さすがだな」




 地上に影が落ちる。


 空には――一匹の龍。


 背中にいるのは、闇ギルド「破滅龍」のマスターラウド。


 この国最強の、ドラグナー。



「俺はずる賢いんでね、罠を張らせてもらったが……気づいたのは、お前さんか? エルフの嬢ちゃん」



「ふん。小狡い男じゃ。儂らがくるとわかっていたなら、正々堂々戦えばよかったじゃろ」



「俺たちは闇ギルドだぜ? そんな馬鹿馬鹿しいことはしねえよ……なあ、お前ら」



 龍の頭上に、巨大な魔法陣が展開される。


 あれは以前、「死神の左手トートゴッシュ」のマスターが使っていた空間移動魔法。


 魔法陣が輝き――何十もの人影が地上に降りてくる。


 恐らく、「破滅龍」の全メンバー……ラウドさんもまた、全力で僕らを潰しにきているようだ。



「……ラウドよ。確かに正々堂々などと言うのは生温いの」



 言って。


 ベスは強く、上空にいる彼を睨む。


 この絶望的な状況において、一切の怯みも見せていない。



「これから行うのは――一方的な殺戮じゃ。生温くもなく優しくもない……覚悟しろよ」



 彼女の右手が。


 ゆっくりと、天に掲げられる。


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