火蓋
この宿にきてから随分時間も経ち、辺りは次第に暗くなり始めていた。僕とベスは互いの方向性の違い(ベスが脱ぐか脱がざるべきか)で口論を続けていたが、結局結論は出ず仕舞いである。
言い争いに疲れたのだろうか、あいつは杖の中に戻って眠りについてしまった。今は一応掃討作戦の真っ最中なのだから、無駄なことに体力を使わないでほしい。
全く、緊張感がない(どの口が言う)。
僕は乾いた喉をコップ一杯の水で潤し、いい頃合いだと思ってニニを夕食に誘った。一階に食事処が併設してあるタイプの宿だったので、僕らは外に出ることなく食事を済ませる。
「んん⁉ この肉うますぎますよ! ヘイッ、シェフッ!」
「ヘイじゃねえ」
手頃なお値段で美味しい料理を堪能した僕らは、満腹のお腹を擦りながらそれぞれの部屋に戻っていった。本当は流れでニニの後についていこうとしたのだけれど、あいつはすぐさまドアを閉め、ガチャンと鍵をかけやがった……また別の機会にチャレンジするとしよう。
仕方なく自分の部屋へと戻り、お腹を落ち着かせるため椅子に深く腰掛ける。
「ふう……」
普通に楽しく旅行気分を満喫してしまっているが、腑抜けてばかりではいられない。この宿場町の近くのダンジョンに、ラウドさん率いる闇ギルドが出没しているのだから……彼らは大方、魔石をはじめとした資源を集めているのだろう。行動を起こすにはまず先立つものが必要である。
……だが、ラウドさんの目的は何だ? 行動のその先に、一体あの人は何を目指しているのだろう。
「『向こう側』の力、か」
彼がベスと交わしていた会話が想起される。「向こう側」の力……それを求めて正規ギルドを見限ったと言っていた。
発言を素直に受け止めるなら、やはり今以上の力を手に入れるために闇ギルドを作ったということになるが……じゃあそもそも、「向こう側」の力とは何ぞやという話になる。
……駄目だ、椅子に座って考えていて答えが出るような問題じゃない。
重要なのは、あの人が国の敵になったということ。
僕らの安定を――脅かす存在であるということ。
「……ん?」
ポケットで何かが振動している……何だこれ。
と、一呼吸おいて思い出す。今回の作戦を決行するにあたり、ウェインさんから通信魔法具を貸してもらっていたのだ。
こんな高級品を普段持ち歩くわけもないので、普通に存在を忘れていた。
「はい、レーバンです」
僕はポケットから掌サイズの青色をした水晶を取り出し、おっかなびっくり話しかける。
『クロスさん、こんばんは』
電話の相手はもちろんウェインさんで、彼女は丁寧に夜の挨拶をしてくれた。きっとお辞儀もしているのだろうと、見えていないのに察することができる丁寧さである。
「こんばんは……えっと、もうこっちに戻ってきますかね?」
『はい。丁度王都を出たところです。一時間程でそちらに到着すると思います』
「わかりました。そしたら、駅の前まで迎えに行ってもいいですか? 口頭でこの宿の場所を伝える自信がないので」
『でしたら、お手数お掛けしますがよろしくお願い致します』
無駄に丁寧だ。
列車移動中に雑談をしていた時はここまで畏まった話し方じゃなかったので、何だか距離が遠くなった気がしてしまう。
『ああ、すみません。今日は軍や関係各所と話し合う時間が長かったので、つい口調が固くなってました』
何も言っていないのに、こちらの不満を感じ取ってフォローをしてくれた。
気が利き過ぎるだろ。
「いえ、気にしてないですよ。それより、ラウドさんについて何か進展はあったんですか?」
『……ええ』
ウェインさんは短く答えた。
その端的な解答には、強い意志がこもっている。
『詳しくはそちらに着き次第、ニニさんとエリザベスさんにもお伝えしますが……彼の居場所が判明しました。正確には、明日、彼が向かうであろうダンジョンの目星がつきました』
明日、と彼女は言った。
どうやら、事態は僕が思っているより性急に進んでいるらしい。
『私たちは明朝、軍の部隊と共にそのダンジョンに乗り込みます。そして、彼らを仕留めるのです』
仕留めるとは、つまり殺すということ。
僕らは明日――人を殺す。
恐らく、何人も。
「……わかりました」
僕の覚悟を待ってくれるはずもなく
戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
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