破滅龍 003



「ほう……」



 自身の放った魔法が消滅したことで、ラウドさんの表情に真剣な色が混じる。



「その耳……なるほどな。お前さんが『死神の左手トートゴッシュ』を潰したエルフか」



「トート……? ああ、あの銀髪たちのことか。その通り、儂が潰した。そして今からお前を潰す」



「そりゃ怖いな。聞けば、いつぞやうちのソリア支部をぶっ壊してくれたのもお前さんらしいじゃねえか」



「だからと言って責められる謂われはないのぉ……そもそも、お前の方がボロボロにしとるし」



「ははっ! ちげえねえ!」



 彼は急にお腹を抱えて笑い出した。ベスの不遜な態度がツボに入ったらしい。



「ジンダイ、ここは儂に任せて退け。そこのウェインとかいう女もじゃ……ああそれと、下にいる冒険者たちを避難させてくれるとありがたい。本気が出しやすくなる」



 ベスはそう言うと、黒い翼を羽ばたかせてラウドさんの前に躍り出る。


 喰魔のダンジョンを脱出する際に失った右腕は復活しているが……かと言って、あいつの魔力が万全の状態になっているとは到底思えない。もし充分な魔力を回復していれば、もっと早い段階で登場していたはずだ。


 ギリギリまで休息していたのは、それだけ魔力の消費を抑えたいからに他ならないだろう。そんな彼女が、本気なんて出せるはずはない。


 ベスを信じていないわけじゃないが、この状況で最強のドラグナーに勝てるのか? あいつ一人に任せて本当に大丈夫なのか?


 なんて、頭の中をぐるぐると思考が駆け巡っていたが……その心配は徒労に終わる。


 ラウドさんが、両手を上に挙げたのだ。


 それは世間一般的に見て、降参の合図。



「……何の真似じゃ」



「見ての通りさ、エルフの嬢ちゃん。降参だ。この場でお前さんと戦うのは得策じゃねえ……俺は賢いんだよ」



「賢いじゃと? 腰抜けの間違いではないのか?」



「どんだけ挑発されても俺は乗らないぜ。目的の一つを果たせた以上、無理に戦って損をする必要はねえしな」



 「竜の闘魂ドラゴンガッツ」なんていう荒くれ者の集団をまとめていただけあって、冷静な判断をする人だ。


 純粋に強さを求めるジンダイさんのような戦闘狂とは違い、損得や利益を優先する考えも併せ持っている……マスターの器というやつかもしれない。



「それに、あんたもどうやら『』の力を持ってるらしいしな」



「『向こう側』、じゃと?」



「ああ。それこそ、俺が正規ギルドを見限り、『破滅龍カタスドラッヘ』を作った理由でもある……魔力の深淵を覗いた者だけが辿り着くことができる力さ」



 ラウドさんはベスのことを力強く指差す。



「俺はまだその力を手に入れてねえ……だが、お前さんのお陰で思っていたよりも早く辿り着けそうだ。それがわかっただけでも、今日は実りある日だった」



 自分のギルドを全壊させた日が、実りあるとは……彼はもう、完全に闇ギルドのマスターへと意識を切り替えているようだ。



「つーことで、俺はお暇させてもらうぜ。じゃあなジンダイ。ウェイン嬢。それから……なんか知らんがそこの兄ちゃん。いやお前誰だよ! ガハハハッ!」



 僕のことなど当たり前に知らないラウドさんは、豪快な笑い声を残して遥か上空へと消えていった。



「……」



 あまりにも唐突に戦闘が終わったので、気持ちの整理はついていないが……一応、危機は去ったらしい。


 こうして、マスターを失った「竜の闘魂」は。


 事実上、解体されたのだった。





「うちのギルドがなくなってるじゃないですか⁉」



「俺たちのギルドがねえじゃねえか⁉」



 二人仲良く派手なリアクションを取ってくれたのは、仕事から戻ってきたニニとエジルさんだ。


 ラウドさんが去ってから数時間。動ける者たちで重傷者の手当てをし、ウェインさんが呼んできてくれた軍の人たちに管理を引き継いでいたところに、騒がしい二人がやってきたのだった。



「ちょっとクロスさん! またベスさんが暴れたんですか⁉」



「ベスの姉御! これはさすがにやり過ぎじゃねえのかい⁉」



 声がでかい。


 興奮する彼らをなだめながら事の顛末を説明する力は僕にはないので、トラブルシューターであるウェインさんにその役を任せる。



「……なあ、ベス」



「……なんじゃ、お主」



 後方で驚きの声をあげるニニとエジルさんを余所に、僕は杖へと戻ったベスに話しかけた。



「ラウドさんが言ってた『向こう側』ってのは、何のことなんだ?」



「知らんな。知らんのか忘れておるのかは定かではないが……とりあえず、今の儂は知らん。じゃが、あやつがジンダイたちを捨ててまで手に入れようとしてる力なのは確かじゃな」



 三大ギルドのマスターという地位を捨て、自分を慕う仲間までも捨て……そこまでして得る価値のある力なのだろうか。



「……シリーが言ってた、この国は変わるってのは、ラウドさんが闇ギルドを作るって意味だったのかな」



「さあの。じゃがまあ、この国を代表するギルドが一つなくなり、そこのトップは闇へと堕ちた……その影響は大きいじゃろ」



 今現在、エール王国は強大な力を持つ闇ギルドの存在を秘匿している。


 「七天アルカナテッセ」に「夢想壁レームミュール」、「死神の左手」といった、国家を揺るがす程の力がある闇ギルド……一度公になれば、国中が混乱に陥るのは必至だ。


 だが、ラウドさんが新たに作った「破滅龍」の存在を隠すことは不可能に近い……そしてそれが明るみになれば、他の闇ギルドも自ずと世間に知られることになるだろう。



「この先、どうなっちゃうんだろうな。あんまり面倒なことにはならないといいんだけど」



「人間という奴は状況に順応できる生き物じゃし、そこまで深刻に考える必要はないじゃろ。ただ少し、みなの考え方が変わるだけじゃ」



 さすがに、千五百年生きているエルフは構え方が違う。

 チキンな僕も、こいつの豪胆さを見習いたいものだ。


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