初仕事 001
「……」
職員用の宿舎が手配できるまでは雨風を凌げる場所がないので、僕は街の外れにある安宿に寝泊まりしていた。
そして本日この日。
クロス・レーバンの、新たな門出の日である。
「……よし」
寝起きでボヤつく頭を冷水で覚醒させ、そそくさと服を着る……時間の制約がなかったギルドに比べれば、公務員は縛り付けるものが多い。
代わりに手に入るのは、安定した地位と生活。
まあ僕の場合、そこに若干危険な仕事も含まれているけれど。
「……」
ふと鏡を見れば、今にも泣き出しそうな顔の情けない男が映っていた。
もちろん、初めての出勤に緊張しているからではない……問題は仕事の内容だ。
未踏ダンジョン探索係。
それが、今日からの僕の肩書だった。
◇
「おはよう、クロスくん。逃げずによく来てくれた」
魔法都市ソリアの中心部。
古城をそのまま利用する形で、でかでかと役所が構えられている。
その一室に、僕が勤める未踏ダンジョン探索係の部署があるのだが……扉の向こうにいたのは、見覚えのある赤毛の女性一人だけだった。
「……おはようございます、カイさん」
「おや、やけにブルーな表情だね。ひょっとして緊張かい? 見ての通り、君をいじめる職場の先輩はみんな出払っているから安心したまえ。だからこうして、市長である私自ら出向いたというわけだがね」
「はあ……それはわざわざありがとうございます」
尊大な態度で誰かの椅子にふんぞり返るカイさんは、どうやら僕のためにこの場にいるようだ。
「先日話した通り、この部署は極端な人手不足でね。新人教育にかまけている時間はないのさ。君の先輩たちは今現在、それぞれ未踏ダンジョンの探索にいっているよ」
まだ見ぬ先輩方は随分と働き者のようだが……生憎僕は、そこまで本気で仕事に取り組むつもりはない。
そもそも、本当ならこんな仕事は断っていたはずなのだ。
では何故お前はここにいるんだと問われれば……まあ、その。
目の前にいる彼女、カイさんの所為である。
目上で年上の女性相手に頭を下げられて、しかも「助けてくれ」なんて言われてしまったら、断るものも断れない。
自分のお人好しさが嫌になるが……公務員という立場を手に入れられただけでもよしとしよう。
「それじゃあ挨拶はこの辺にして、君にもダンジョンの探索に出向いてもらおうか」
「えっと……もしかして僕一人で未踏ダンジョンに潜らなきゃいけないんですか?」
「まさか、さすがの私でもそこまで無謀なことをしろとは言わないよ……探索の仕事をギルドに外注しているという話は、以前したね?」
「はい。人手不足が深刻で、そうするしかないと」
「そこでだ。君にはギルドの奴らがしっかり仕事をしているか監督する役目を担ってもらいたいんだよ」
それが君の初仕事だ、とカイさんは僕を指さした。
ギルドの冒険者がきちんと探索をしているか、難易度設定を誤魔化していないか……僕という監督者を置くことで、その辺りをきっちり把握したいのだろう。
「もちろん、奴らが資源をちょろまかしたり適当に探索をしたりしたら、ビシバシ指導してくれ。それも君の役目の一つだ」
「……了解しました」
国の方がギルドより立場が上……この方程式を成り立たせるためには、僕が力を誇示しなければならないのはわかる。
だけど、僕にそれができるのか?
監督にきた公務員が下位役職の戦士だったら、冒険者に舐められるんじゃないだろうか……。
「ちなみに、君が担当する未踏ダンジョンを探索するギルドは二つだ。『
「……まあ、さすがに。どちらも超有名ギルドですからね」
「天使の涙」、か。
あまり聞きたくない名前ではある。
一瞬表情が曇った僕を見て、カイさんはにやりと笑った。
「『天使の涙』の方からは、今を時めく有名人が出向いてくるそうだよ。若干十七歳にして高位役職である勇者になった、シリー・ハート女史だ……君の、元パーティーメンバーだったね?」
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