第43話 インビジブル・モンスター

現在から365年前、オレが魔王に就く為の予行演習的な事をオレの親父の知り合いであるカリスティーユ公爵の下で研修をしていた。 その当時のカリスティーユ公領[マモン]は隣接する聖王国と戦火を交り合せあっていて、その戦争の終結宣言がなされたのが365年前というわけだ。


それから365年―――カリスティーユ公は自治領の復興に力を注ぎ、今では魔王領の中でも一・二を争う裕福な国となっている。(まあこれも【強欲】の為せれる業だろうか)


“上級”の魔王の中でも<十家>…まだその中でも特別な呼ばれ方をしている七つの家柄―――【傲慢】【憤怒】【強欲】【暴食】【怠惰】【色欲】【嫉妬】、この七つの家柄は特に【大魔王グランド・マスター】に成れる可能性が大きいのだと言う。 だがしかしこの七つの家柄以外でも【大魔王グランド・マスター】に成った家柄もあるのだ、それがオレの実家である[アスタロト]であり、カーマインの[ベリアル]そしてヴィフマグフスの[ルキフグス]の三家…そうつまり<十家>とは前の七家とオレ達の三家を併せたものなのである。


これまでにも小出しにしてきたが、オレの最終的な野望は【大魔王グランド・マスター】になる…それだけだ、ただ―――と言うのはまだ明らかには出来ない。 その“真”の目的が女神にでも知られたら【大魔王グランド・マスター】になる野望なんぞは『なにわのゆめも ゆめのまたゆめ』になってしまうのだろうからな。


話しが幾分か逸れてしまったが―――今現在[マモン]で暴動が多発しているらしい、何でもカリスティーユ公が言うのには365年前に徹底的に叩いた聖王国―――というか、聖王国が国教としていたセレスティン教会が、イマサラになって365年前の事を穿り返して騒いでいるのだそうだ。

カリスティーユ公も当初は放置の対応をしていたみたいだが、この対応がナメられてしまったみたいで段々と図に乗らせてしまったみたいなのである。 そこでオレはアリーシャとキサラギを派遣して対処したのだが……


「オプシダン、姉ちゃんとキサラギからの報告なんだけど、あまり上手く行っていないみたいだね。」

「(ふうん…)あの2人には荷が重すぎたか?そうは思わなかったんだけどなあ…」

「オプシダン様、それについてはキサラギから…『まるでこちらの手の内を読んでいるかのようだ』とも。 まさかとは思いますがこちらの情報が筒抜けなのでは―――?」

「それはないよ、だってマタ・ハリや領主様のプレイアデスも動員させているって言うのに…」

「よせ、リルーファ。 サツキさんも『軍師』の特性上そこから疑ってかかると言うのも判るだろう。」

「そうだね…ゴメン―――ちょっと感情的になっちゃって。」


普段は感情的ではないリルーファが感情的になってしまっている…そうならざるを得ない状況がそこにはありました。 私も、私が生まれる以前の事は過去の文献や伝承いいつたえなどで知り得ることが出来ますが、その時代、その場所で起きた実際の出来事は実際その場にいないと判らない…私達の苦いあの敗北が未来に於いてどう語り草になっていくのか―――果たして私達の死後どう変わって行くのかなど知り得る事なの出来ないのですから。

ゆえにこそ―――リルーファも感情的にならざるを得なくなってしまっている…なぜなら彼女はあの当時にいて、間接的に当該事案に関与していたのですから。

そう…今は私の守護霊になっている、聖王国【撰定者えらばれしもの】―――『神騎士ディヴァイン・ナイト』セシリアの悲劇について…

彼女は彼女なりに―――ノーブル・エルフなりに思う処があったのでしょう、何者かの差し金かは判りませんが365年前の事を蒸し返すような事をするなどとは、到底受け入れるべき事ではありませんが…


「しかしながら―――“戦略的”にと言っては何ですが、実にこなれていますね。」

「サツキ―――」

「どう言う事だい、サツキさん。」

「ここまで言ってしまうのは少々口がはばったいのですが―――これは明らかなる“攻撃”です。 それも[マモン]にではなく寧ろその矛先は私達に向けられているように感じてなりません。」

「攻撃の対象がに?どうして……オプシダンは確たる領地も持っていない―――だから勢力なんて持っていないと言うのに…」

「ですがそう思っているのはなのでは?リルーファ。」

「なにが言いたいの……」

やオプシダン様に好意的な魔王様はともかく、も少なからずいる―――と言う事ですよ、ですがこれはこれで『良かった』と言うべきでしょうね、ウォルフラム伯様やグラナティス公、更にはカーマイン候に此度のカリスティーユ公様などはオプシダン様の事を好意的に捉えてくれていますが、今回の事で敵対しようとしている勢力が―――と言う事が判ったと言うのは。」


は、あ……何やってるんだろうな―――私、明らかな年下のサツキに気を使われちゃっているよ。 本来なら冷静にならなくちゃならない立場なのに―――セシリアの事を考えると、どうしてもあのクソ女神の事がちらついてならない…とは言え今回の件はその線はないみたいだけど、だとしたら一体どこが私達に敵対しようとしているの?

その時私の脳裏にはここ最近オプシダンに面会を求めてきたの顔がちらついてきた、だけど[サトゥルヌス]のヴィリロスって人は『学校』時代でも積極的にオプシダンに関わって来たひっついてきた―――って、領主様も言っていた事だしなあ…けどもう一人の[ルシファー]―――確かにあの人は隅にも置けないと感じたんだけど…ここはひとつ姉ちゃんや他のプレイアデスに別方向からのアプローチをかけさせてみるのも悪くないのかもね。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


クフフフ―――実に重畳の至りとはこの事、現在の聖王国に巣食うのは女神を食い物にしてきた宗教ものの成れの果て―――そこへひとつ吹聴するなどしてけしかけてみれば、まああなんていい仕事をするじゃありませんか! 私も今回のはまだ計画の前段階と言う事もあり、特に目的・目標を掲げませんでしたが…合格です―――及第点を差し上げましょう、そしてこれで彼らが使い物になる事が判りました、ならばこれからは細やかな目的・目標を掲げてやって、達成させた暁にはご褒美を差し上げましょう。

「さて―――ではも少しは動くと致しますかね。 [サトゥルヌス]…あなたには望み通り、[ルキフグス][リヴァイアサン][ベルゼビュート]を餌食にしなさいあたえましょう。」

「[マモン]―――ではなくて?敢えてのその3名ですか…その意図は?」

「大人しく、こちらに従う様であればそれでよし…まあ、大人しく聞き入れてくれるものではないとは思いますがね。」

「フフフ…相も変わらず他人の神経を逆撫でるのが巧みですこと、それで?襲えと―――?」

でも構いませんが―――状況を少しばかり面白くしましょうか。 今回に限り許可します―――」


(ピ・ク)「お前―――それ本気で言っているの?」


「あらあ、本気よ?大体あなたも判っての事でしょうに、私がこの期に及んで冗談のたぐいける者ではないことくらい、それに…まだ誰も私達の“実態”に気付けていない―――だとするならば?」

「(ち)判りましたわ―――皆まで言わずとも…それで、何か用意しているの?それともわたくしが口頭で言い付ければいいのかしら。」

「そうですね、でしたらば“こちら”を―――」


そう言ってわたくしに手渡された、包み紙に包んだ書状が3通―――これを見て彼の3者がどう動くか…なんだか手に取る様に判ってしまいましたわ。 だってその書状には…いうならくは『白紙』のそれ、これを受け取ってどう受け止めるか…わたくしの“実態”を晒した上で3者がどうした反応を示すのか、結果の分かり切った出来レースの様なものですが、精々楽しませてもらうと致しましょうか。


          * * * * * * * * * *


中々―――興味深い《おもしろい》動きをするものね…それにしても“あの者達”がワタシの眷属こどもに成り済ましてなにをするものやらと思っていたけど…あら、あら?ウフフフ―――?ワタシの願望ねがいの邪魔立てをするようなら計画ごと潰してやっても構わなかったのだけれど、寧ろワタシの願望を叶える方向で―――だなんて、歓迎してあげても構わないわ。

それにしても見ものだわね、今のところワタシの願望について知っているのはごく限られた者達でしかない、まだ若かりし頃のワタシが全精力を込めて創造つくりだしてやったノーブル・エルフの末裔も、今やワタシの本意に叛するような行動ばかり…そこで少しばかり“お仕置き”が必要だろうと末裔の一人を鹵獲し、ワタシに従うよう洗脳しつけてやろうと思っていたのに…途中で邪魔が入りの末裔はワタシに敵対すると決めたようだ。

だけど、それはそれでよし―――いずれワタシ憎しに染まれれば、アナタもやがては……


こうした―――世界の“裏側”で行われていた事など露ほども知らないでいた私達は、後手に回ってしまった…それはあまりにも目の前の[マモン]での騒動に目を奪われてしまっていた事も否めないが、そうした私達の動きを完全に読んでいた“何者か”の戦略が的確だったと賞賛するしかないようだ。

そう…今まではこの件に関しては様子見―――関与してこなかった【暴食】の[ベルゼビュート]、【嫉妬】の[リヴァイアサン]、[ルキフグス]が今回の騒動に対し【強欲】の[マモン]に非があると言い出し始めたのだ。

「こんなバカな事ってあるの?大体何よ…『カリスティーユ公はセレスティン教に対しいくらかの賠償責任を負うべきだ』―――って、そんなの言いがかりじゃない!」

「落ち着けリルーファ。 それにしても手回しの巧いこった、まさかのオレも“ひなん”が明後日の方向から飛んでくるものとは思わなかったぞ。」

「感心してる場合じゃないでしょう?キミだって感じているはずだよ、あの当時にしても[マモン]が一方的に聖王国からの侵攻被害に遭っていたって―――ねえ、セシリア、あなたもそう思うでしょ?!」


「(…)まあ、私が“真の”セレスティン教信者だったらそうは思わないのかもね。 だけど私は―――【撰定者えらばれしものも、も通じて同じ…どんなに祈り、願いを捧げたとしてもこの世界の女神は関与する事をしなかった―――中には本当に神にもすがりたい気持ちの人達もいたと言うのにね。 私はその事を知っていた、【撰定者えらばれしもの】になる以前から…」


「セシリア―――…」


「オプシダン、相手は中々手強いよ、今度ばかり肚を決めてかからないと。」

もとよりそのつもりだ。 しかし面倒な事を起こしてくれやがったもんだよなあ。」


「おひとつお聞かせ願いたいのですが、オプシダン様はどうして事ある毎に面倒臭がるのですか?特にそう為されずともオプシダン様は…」

「(…)それはね、サツキ―――本来の彼の野望の為でもあるからなんだよ。」

「野望…?確かそれは『【大魔王グランド・マスター】になる事』でしたよね…それがどうして面倒臭がることに繋がって―――」

「(…)だってそれは、『【大魔王グランド・マスター】になる事』て言う野望自体も、この彼にとってはでしかないからなんだよ。」

「おい―――リルーファ。」

「大丈夫、核心までは話さないから…それに彼女はキミにとっても重要なブレーンの一人…だからこそカーマインから譲り受けたんでしょう。」


知らなかった―――知りませんでした…私も当初オプシダン様の野望を聞かされた時は『なんとも大胆な野望をお持ちの方なんだろう』と思いました、それに『大胆な野望』…それを叶えて差し上げてこそ軍師冥利に尽きる事とも思いました、故にこそ尽力を惜しまなかったものでしたが……それが、その野望が『単なる通過点』と言い捨てられるとは!!見誤りました……完全にこの方の器を―――【大魔王グランド・マスター】とは総ての魔王職の頂点に立ちり、この世界を創世した女神に次ぐ権限を有していると聞いた事があります、それが…そんな立場を以てしても『単なる通過点』にしか過ぎないと仰られるその志の高さ!!

嗚呼……サツキはこんな方の下にお仕え出来る幸せを、今殊更ことさらながらに噛み締めている次第です…ならば願わくばこの不肖の才を尽くしてその野望を叶えて差し上げる所存にございます。


そう……とうとう動き出すのね、ならば私も一刻も早く馴染ませておかないと。 現在の処私は“霊体アストラル・ボディ”―――判り易く行ってしまえば幽霊の一種だ、けれど生前の固有能力ユニーク・スキルである≪霊素エーテル操作≫を行使する事によって一時的に肉体を造り出すことが出来る、しかしこれまでの経験上その肉体の持続時間は1時間が限度と言う処…本来なら永続的に保持出来てオプシダンの役に立ってあげる事こそが私の本望だと言うのに……

それに―――この前訪ねてきた例の2人……まあその内の一人はオプシダンの『学校』時代から付き纏っていた女だったみたいだけど―――もう一人の……何て言っていいんだろう、この私でさえも薄ら寒さを感じてしまった。 確かにそれは魔王族の中でも華麗なる一族―――【傲慢】の[ルシファー]出身だからと言うのもあるけれど……この、一種の拭いきれない不安と言うものが今後私達を苦しめていく原因となるのは、まだこの時の私達には判らないでいた事だったのです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「な―――何者だあ!貴様ぁぁ…この吾を【暴食】の[ベルゼビュート]と知っての狼藉かあ!」

「クス―――クス――クス あらあら、眠たい反応です事。 わたくし、そんなたるい反応を求めてワザワザこぉんな処にまかり越して来たのではないのですよ?」

「貴様…?何だその口調―――【憤怒】の[サトゥルヌス]のものでは??」

「【憤怒】……まあ確かに憤怒ゲキオコプンプンはしていますよ?……どうしてなのでしょうね、こんな退屈な次元せかいであの女は何を求めているのか―――けれどそんな事はわたくしには関係ございません。 ええ、ございません、と、も!! なぁぁぁぜえぇぇぇと思います?ミスター・ディアマンテス。」

「わ、判らぬ―――知らぬ! そ、そんな事など…」

「そうですか―――ならば耳の穴をかっ穿ぽじいてようくお聞なさい。 今回お前共に与えたその手紙こそ、最後通牒にして最大の慈悲…こそが、わたくし達にくみするか否かを問うものなのです。 前のお二方は聞き訳が良くて、わたくしが恫喝おどしつけただけで大人しく従ってくれやがりましたからねえ?わたくしとしては…ほんの少しばかりでも“力”を披露しみせびらかしたかったのですけれど……」


あの女の事は苦手だ―――だが嫌いまでとは言わない、それはなぜかと問われれば迷う事無くこう答えるでしょう…『今わたくしが本当に欲しているものを与えてくれる』―――そうした企画プロモート能力に長けているのですから。


そう…わたくし達は飢えているのです―――常に、“娯楽エンターテイメント”というものに。


        * * * * * * * * * *


その報告は未明―――探りに出していたシノブからもたらされたものだった。

いずれも魔王族の中でも名だたる家柄、しかも七家の内でも【嫉妬】の[リヴァイアサン]、【暴食】の[ベルゼビュート]までもが聖王国のセレスティン教の言いがかりに関与してくるなどとは思ってもみなかった為、対応が後手後手になってしまった事には言い訳のしようもなかった事だが、なんでもシノブが事情を聴き出した[ベルゼビュート]のディアマンテス大公爵の家臣が言うのには…


「ああ……あれは我々の知らない何者かだ―――黒褐色の肌に禍々しいくれないの刻印…我々も見た事のないような動きで我々の武器を素手で打ち落としていた…。」 「あれは“悪夢”だ―――“悪夢”そのものが具現化して我々を襲った様なものだ…」 「それに対しディアマンテス様は最後まで抵抗を試みていたが―――その抵抗も虚しく、今では……ッッ!」


「―――と、言う事やそうや。」


「(ふうむ…)考えたくはないが認めざるを得ないようだな。」

「けど―――ディアマンテス大公程の実力者が…」

「リルーファは知っているの?」

「え?ああ、まあ―――だってディアマンテス大公爵と言えば、【傲慢】の[ルシファー]や【強欲】の[サトゥルヌス]に次ぐくらいの武の強さは保有していたしね。」


「そーーーの、[サトゥルヌス]の事なんやけどなあ…」

「なにかあったのか。」

「ああ、なんでもくだんの“誰かさん”がディアマンテス大公に詰め寄る際、ヴィリロス伯口調やったんやと。」

「『わたくし』や『~ですの』と言った類のヤツか?(ふううむ…)しかしそれだけであいつと断定するわけにはなあ…判った、だが事が事だけに慎重に調査を続行しておいてくれ。」


と、そうは言ったモノのオレの中では“漆黒”に近い“灰色”のように感じていた。 確かにヴィリロスの口調に近いものは感じるが、そんな口調モノはこの世界の各地にも見られるからだ。 だが―――…そう、がオレの目を釘付けにさせた。 それはどの部分かと言うと―――『我々の武器を素手で打ち落としていた』……この部分である、確かにヴィリロス《あいつ》は『学校』の時分じぶんでも己の武には自信があった、それがやり過ぎて“肩で風を切って行く”―――って事になっていたのだが…ここはひとつ先生に聞いてみるしかないか。


「『てなわけでやって参りましたーーー』じゃあるかい、このばかちんがッ!こんんのクソ忙しい時にいなげな話しを持ち込んでくるんじゃないぞぅ。―――と、本来ならきつぅく言って追い返すもんなんじゃが…そうはいかんみたいじゃな。」

「先生―――?何か知ってる事でも?」

「ある意味、今回の相手は今まで通りにいくものと思わん方が良いぞ。 まだこの世界に存在する連中を相手にした方が―――と思える程にな。」

「(…)何か知ってる事でもあったら教えてもらえんもんですかねえ?オレもなんも判らんちんじゃなんの対策も講じる事も出来ん事ですし……」

「わしは、教えてやったぞ―――それもでは、な。 それ以上の事を察するにはもっと努力をせえ。 これも、わしが助言アドヴァイス出来る最低限の事じゃ。」


それじゃ何の答えにもなってませえんてええーーーだってそんな事今回の相手は今まで通りにいくものと思わん方が良いは既に判ってんですから、んで、完全に煮詰まっちゃったからワザワザ会いに来たっていうのにぃぃ……

しかし気になる事も言っていた―――それが『今の段階』だ、つまり何かしらの要因が欠けているから“話すまでの事じゃない”とでも言いたいのだろうか、だとしたら……『欠けている要因』て一体何なんだあ?


しかしそれはまた、別の展開で埋まって行くのである。






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