第3話 姫野 咲の憂鬱

私は姫野ひめの さき東桜台ひがしさくらだい高校の一年生である。


私は小中と男女の友達も沢山いた、勉強も普通より出来、容姿も綺麗な方だと思う、中学生の時も何人の男子生徒にも告白されたし、下駄箱に何通もラブレターが入っていた、教室でも常に誰かが私の机の周りを取り囲む様に集まってる事が当たり前だし、放課後も数人の男女で一緒に帰っては、カフェやカラオケなど寄り道して帰るのは日常にちじょう茶飯事さはんじだ。


この高校に来てからもその事は変わらず、すぐに友達も出来たし、告白も何人からも受けた……でも何故だろうか、小中高と世間で言うリア充な学生生活を送ってるはずなのに、私は日に日にそんな生活が苦しくなっていた。


嫌とか、辛いとか、言葉で表すのが難しいのだが、周りが笑いながら話してる会話も、私も笑いながら話しているが、本心から笑っていた時がなかった、一緒に帰って、馬鹿騒ぎしながら一緒になって騒いでいても、心の中はむなしさでおおわれていく。


それでも、日々楽しいフリして学校に行き、周りの流行りや、会話に対し、同じような反応をして学校生活は過ぎていく。


そんな日々の中、いつもの様に私は内容の無い会話に一喜一憂してるフリをして、相手に合わせて会話をしていると、そんな入学して間もない頃の昼休憩、新しく出来た女友達と私の机で数人を囲い、おしゃべりしながらお弁当を食べてる時に、ふっと教室の右端、列の真ん中辺りの机で一人菓子パンにミルクコーヒーを飲みながら静かに本を読んでいる男子生徒に目がいった。


他の生徒は最低でも二人とかで昼を楽しんでるのに、彼は一人で昼を過ごしているのだ、何故かそんな彼に私は見入ってしまっていた。


「ねぇ、咲? 咲ってば!」

私の机を囲っている女子の一人、髪をポニーテールにした目の大きい天真爛漫てんしんらんまんな美希が話しかけてきた。


「何ぼ〜っと見てるのよ?」


「えっ!? あっ、なんでもない、なんの話だっけ、ゴメン」


「もう、だから……ん!? もしかして黒戸の事を見てたの?……」


「えっ!? あっうん……ちょっとね」

私は話を合わせるため、適当な返答をしていた。


「黒戸って言えばなんか暗いよね? 毎日何が面白くて学校来てるんだろうって思う」

私の机を囲ってるもう一人、ショートカットの金髪でキツネ目の礼子が低い声で呟いた。


「そ、そうだね白……いや、黒戸って、常に一人でさ……なんだか寂しそうって言うか……」

美希はなんだか悲しそうな笑い声でとても辛そうな目で黒戸を見つめる、今日の昼休憩の話題は黒戸の事で占めていた。

私もそんな二人の会話に


「マジで暗いよね」

などと適当に話を合わせていたのだ……最低だ。


授業も終わり、いつものメンバーで一緒に帰り、ファーストフードでまた喋ったり、カラオケ行ったりして、日が沈んだぐらいに解散して、家に帰った。


家に帰ったら、風呂に入って、ご飯食べて、宿題やって、普通に考えたら充実した学生生活、青春を謳歌おうかしてるのだろう、少なくとも黒戸に比べたら、充実しているはずなのだ。


でもなんだろう、黒戸のかたほうが羨ましく見えてしまうのは、彼の遠くから見た感じは、美希は黒戸の事を『寂しそう』と言っていたが、私から見たら決して寂しそうでも、つまらなそうでもなく、むしろ充実してるように見えてしまったのだ。


まぁそんな事を考えていても虚しくなるだけだし、明日も学校だけど、寝るまで時間もある事だからちょっとネットショップ「ジャングル」のサイトを開き、面白いものでもないかと検索していた。

色々なジャンルの商品を見ては関連商品に飛んで、飛んではその又関連商品に飛ぶ、そんな事を繰り返してるうちに、ある一冊の本のページに出くわした。

「クロシロ」と言うタイトルで、作者は"黒と白"と言うペンネームらしい、出版社も聞いたこともない出版社だった。

値段は千円で普通の本からしたら高いほうだろ。普通ならスルーしていてもおかしくない、商品説明も簡略で『今を生きる』とだけ書いてあるだけだ。

なのに何故か私はその商品が気になってしまっていたのだ、『今を生きる』この言葉に私は心を揺さぶられていたのだ。


翌日、学校が終わり家に帰ると、昨日ポチった本が家に届いていた。とても薄く、百頁も満たない作りで、あまりお金のかかっていなそうな本だが、私はその本の内容に魅了されていた。

これと言ったストーリーも無く、山も落ちもない、絵も上手いわけでもないのだ。なのに私はその本を読み終わった後に、今まで抱えていた不安や悩みなどが癒されている気がした。


誰が読んでも同じような気持ちになる作品ではないだろう、ただ今の私にはとてもひびいてくる、作者の誰かに媚びるでも、押し付けるでもない作風に、自由に描きたい事を描写びょうしゃした内容、私はこの本の虜になっていた。


それから何度読んだだろうか、読むたびに新しい発見があり、色々と考えさせられた。

その日はとても清々しい気持ちで寝る事ができたのだ。


そんな本と出会ってからは、何か取り憑かれていたモノが取れたかのように、本当の意味で日々が充実して楽しく、心から笑えてる自分がいた。


そんな高校生活が数ヶ月経ったある日の下校のいつものメンバーで帰ってる途中、私はかばんに入れていたはずの「クロシロ」の本が入ってない事に気づいた。


私はこの本をバイブル、お守りのようにいつも鞄に入れていた、もしかいたら教科書を取り出す時に一緒に机に入れてしまったのかもしれない。


もし……どこかに落としたり、無くしてしまっていたのなら、そんな事を考えたら不安で、また買えばいいじゃないかと思うかもしれないがそうもいかないのだ、私は前に保存用に買おうとネットで検索したが、在庫は既に存在せず、出版社に問い合わせてもすでにその出版社は倒産していた、古本なども出かけた時には立ち寄るようにしてるが、一度も見た事がないほど絶版であったのだ。


私は美希や礼子に「忘れ物しちゃったと」言い、急いで学校に戻った。


たかが本かもしれないが、でも私にとってはとても大切な本なの、美希と礼子と別れてから必死の駆け足で学校に向かい、階段を二段飛びで登っていったその時である。


ちょうど踊り場に登った時、目の前に階段をくだる人が居る事に気づき、私はけようとしたが駆け足だったため止まれず、衝突してしまった。


バランスをくずす私、階段から落ちそうになったがその時すぐさま私の手を掴んで落ちる私をぶつかった相手が引き上げ、私はその人の上にまたがる感じで座り込んでいた。


「えっ!? あっ、ご、ごめん……」

私はとっさの事で動揺して、謝ろうとした時に、相手の顔が見ると。


「く、黒戸!?」

なんだか気恥ずかしいやら、腹ただしいやら、その時の事は覚えてないが、少しキツく彼に当たってしまった。


彼は、私を助ける為に、鞄を放り投げたらしく、荷物の中身が盛大に巻きばら撒かれてしまい、彼も申し訳なさげに、謝りながら、荷物の中身を拾い上げている。


私にも責任があるのだし、一緒に荷物を拾ってあげるのを手伝い、階段下に目をやると一冊の本がまだ落ちている事に気づいた。


(アレも彼の持ち物よねきっと……)

私はその本を拾おうと階段下に向かった時、その本がなんだか見覚えのある本だと気づいた。


上の踊り場で彼はごちゃごちゃ言っていたが、私はその本の事が気になり仕方なかった。

その本を手に取ると……


(ま、間違いないこの本は「クロシロ」!? な、なんでこんな所に……)

私は動揺を隠せずにいると。


彼は慌てて近づいてくると、何かお礼を言いつつ、なんだか恥ずかしそうに私が手に取った本を取り上げた。


私はなんだか混乱して、なんだか分からない。

同じ学校、同じクラスの人間が、同じ本を、それも見かける事の少ないこの本を所有してるものだろうか? 私はいても立っても居られず。


「私も急いでるから、お先に失礼するわね」

私は早々にその場をたちさり、急いで自分のクラスの教室に向かった。

教室に入るなり、自分の机の中を漁り教科書の束の中に……私の「クロシロ」の本はあった。

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