第3話 自爆まで30min


「あの女、足がはええ!」


 烈人れつともそれなりに足は速い方だ。しかし先程のおっぱい……もとい女性は、あっという間に見えなくなった。


「その段ボールを脱げばいいのでは」


 後ろをパタパタと飛んで追いかけて来る赤いシマエナガが野太い声でアドバイスをすると、少年は「そうだった!」と、慌てて段ボールの穴から手を引っ込めた。手足の生えた箱が全速力で走る異様さは、僅かに残った黒装束の部下たちに恐怖を抱かせ、道を開けてもらえた点で無駄ではなかったのだが、流石に空気抵抗的に不利だ。

 よいしょ、と被っていた扇風機の空き箱を脱ぎ捨てると、その箱が近くにいた人物にぶつかってしまった。箱のせいで視野が狭くなっており、人影に気付けなかったのだ。


「あ、すみません」

「あーーーおまえ!!」

「ゲッ」


 箱の直撃を受けたのは、眼帯とタキシード姿のヒョーガであった。

 次の瞬間には赤い髪の少年は後方にバク転を繰り出し、男の左手に仕込まれたナイフでの不意打ちを見事に避けた。


「今の一撃を避けるとは、なかなかやるな」

 

 悪役らしくヒョーガは、ペロリとナイフを舐める。こういうのをやるのはモヒカンでヒッヒッヒと笑うアウトローだけではないのだ。

 金髪の長身イケメンがやると、それなりにカッコイイ。


「ここはもうダメだ。今さら脱出も不可能だろう。ならここで評議会のやつらと刺し違えるのも一興」

「いや、そんな盛り上げ方、いらないだろう!」


 しかしヒョーガは聞く耳など持たず、腰を落とすと同時に右手からもシャキンと音を立て、銀色の武器を……フォークが出て来た。左にナイフ、右にフォークだ。


「なっ」


 予想外の武器に怯んだ隙を男は見逃さず、鋭い突きが繰り出されるのを、少年はなんとか回避した。右頬をナイフがかすり、鮮血が散った。


「変身! マジカルヒーロー!」


 躊躇をしている暇はない。烈人は叫ぶと一瞬で光に包まれ、マジカルヒーローに変身を終えた。手にはギターを装備し、今から戦闘をしようという様子には見えない。そして対する相手もナイフとフォークという出で立ち。


 異種格闘戦、カトラリーVSギター、ファイッ!


 高速で繰り出される銀食器の鋭い攻撃を、ギターを用いて防ぐ。カッカッカッと高い音を立て、本体に小さな穴が開いて行く。


「くっ、これじゃ良い音が出なくなる」

「ふ、防戦一方か」

「それはどうかな!」


 烈人れつとは防御に使うギターの角度を変えて、あえて敵のナイフを弦で受けた。黒板を引っ掻くような歯の浮く異音が響き渡る。


「グアァアアア」


 めっちゃ音波攻撃が効いた。ヒョーガに百四十六ポイントのダメージ!

 耳を抑えてのたうちまわる男の頭部に、ギターを振り下ろす。これが烈人れつとギター武器の使い方だ。


 ゴチン☆


 クリティカルヒット、ヒョーガに千七ポイントのダメージ!

 小さな穴は特に問題にならずにめっちゃいい音がして、ゆっくりとヒョーガは地面に伏せて行った。

 敵の中ボスヒョーガを倒した!


「兄貴ィ!」


 騒動を聞きつけたゴーマが現れた!

 連続バトルはRPG終盤のお約束。当然避けられない。

 ゴーマが腰を落として戦闘モーションを構えると、その両手にスティックが現れた、ドラムのやつだ。間髪入れずにゴーマのスティック攻撃が繰り出される、一撃は軽いがとてつもない連打に少年は押される。

 しかしその激しいリズムに合わせ体が動く。


「やるな! これでどうだ」


 烈人れつとは超難易度のコードを激しく弾きこなすと、ゴーマは口角を上げてそれに対応するように鍋蓋や一斗缶、バケツに脱ぎ捨てられた段ボール等を集めて作った即席ドラムを叩き、負けじとビートに合わせて行く。アルフォンスが野太い声を活かしてボイスパーカッションならぬボイスベースで参加し、鳴り響く警報音と明滅する赤いランプが雰囲気の良いアクセントとなって、ロックなセッションバトルは熱狂と共に盛り上がって行った。


* * *


 見せ場を失ったジョンは、自爆装置を笹山に任せてハニーを抱きかかえて階段を上がる。もしものとき、どうせならユウの傍にいたい。離れ離れで散るのは嫌だ。姉も見つけ出したい。

 ハニーの耳の良さを活用し、建物の上へ上へと。


「ユウの居場所が近い、でも何かあったみたいだ」

「あ、あれカナ!?」


 タキシード姿の少年がシャッタ―の前でしゃがみ込み、必死に叫んでいる。


「父さんしっかりして!」

「ユウ……後を……母さんを頼むぞ……」

「どうしたデス! ダイじょうぶ? シっかりして下さい、ワタシにでキル事はありますカ!」


 ジョンのセリフに時折混じるカタカナが、命の終わりに繋がる単語に見えるけど気のせい。

 泣きはらした顔の少年が振り向く。その足元にはシャッターに挟まれた中年の白衣の男がいた。ユウにとても似ている。将来の愛しい人の姿を想起させて、ジョンの胸はトゥンクと跳ねた。


「素敵なおじサマ、何故こんな事ニ」

「閉まるシャッターに挟まれそうになったとき、後ろから突き飛ばされて俺は助かったんだけど……でもどうしてこんな所に父さんが」


 ユウはメロリーナを探して彷徨ううち、この区画の最後のシャッターの前で一瞬躊躇してしまい、挟まれかけた。そこに響く「危ない!」と聞いた事のある叫び声に振り向けば、商社勤務のはずの父が白衣で、必死の形相で自分をシャッターの向こう側に押し出してくれたのだ。しかし、代わりに父がシャッターの犠牲になった。


「変身をするんだユウ! 刀でこのシャッターを斬ろう」

「あ、そうか」


 ポイラッテの声に少年は立ち上がる。


変身トランスフォーム! マジカルヒーロー」


 身内を前にこれは恥ずかしい。だが恥ずかしがっている場合ではない。更に武器を出すためにはあのパスワードを叫ばなければならぬ。


 「魔法の勇士マジカルヒーロー漆黒の常闇ブラック・エヴラースティングダークネス、参上! これ以上は秘密結社”屍の惑星”の好きにはさせない!」


 少年は心で血の涙を流した。敵が目の前にいないのに、このセリフはすごく間抜けだ。何故こんなセリフをチョイスしたんだポイラッテ。でもこれを叫ばなければ武器ロックが外れない、手の甲に光る竜の紋章は心浮き立つ。しかし実父の前でこれは、これは……!


 少年は手に握った青い刀で、間髪入れずに父親を押しつぶすシャッターを斬り去った。しかし障害物が無くなっても、父は鮮血で白衣を赤く濡らし、ぐったりと地に伏せたままだったのである。

 父が意識を失っていて、今のセリフを聞いていなければと願ったが、


魔法の勇士マジカルヒーロー漆黒の常闇ブラック・エヴラースティングダークネスだと……?」


 男は絞り出すように、ユウのセリフを一言一句違えずになぞる。

 ばっちり聞かれて記憶されていた。

 なお作者は覚えられなくて、毎回コピペしているけど間違えるよりはマシと言う事で見逃していただきたい。


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