第6話 ブラックアイパッチ


 時間が止まる。


 ヒョーガとゴーマは混乱していた。宇宙は広いから、性別があったりなかったり、三種あったり四種あったり、地球では創作の世界で存在しないであろうオメガなんちゃらとかケーキほにゃらら等のごにょごにょバースも実際は地方星系に行けば普通だったりし、宇宙規模で考えれば性にまつわる関係性や差別等はあって無きがごとく。

 そういう常識の中にいたはずの結社の二人だが、ユウと烈人れつとの距離感にびっくりしてしまったのだ。壁が醸し出す雰囲気に呑まれたのかもしれない。これはドキドキ展開シーンなのだと。


 美少年×美少年。ちょっとヤンチャな赤髪の少年に、少しオタクっぽい大人しそうな黒髪の少年の取り合わせ。赤髪の少年が無理矢理迫っているように見えつつも、黒髪の少年が誘ったのではないかと思えるシチュエーションの美味しさに、ヒョーガとゴーマは思わずツバをゴクリと飲み下す。


 時間が動いたのはユウが烈人れつとに押し負けて体勢を崩したからだ。その時に軽く唇が触れあったのは事故。ハプニングチューという続けざまの展開が発生した事に、壁がスタンディングオベーションを繰り出す。

 次々に上がる芸術点10のプラカード。

 もちろん登場人物たちにはその様子は伝わらないが、我に返ったヒョーガがユウの腕を掴み、烈人れつとの下から引きずりだした。


「用があるのはおまえだけだ」

「クッ、何をするつもりだ」

「ユウ!」


 ゴーマとヒョーガに抱えられるようにユウは部屋から連れ出される。烈人れつとはそれを追いかけ、助けなければならないのだが、一歩も動けなかった。理由はあれのせいだ。

 連れ去れらるユウの姿が、閉まりゆく壁の向こうに儚く消える。


「すまないユウ……オレは自分だけが大切な卑怯者だ……!!」


 それでもなお問題は何一つ解決していない。烈人れつとの尊厳をかけた大問題が。少し落ち着いた頃合いにそろそろと反対側の壁により、グッと押してみる。すると壁全体がゆっくりパタンと向こう側に倒れた。壁の向こうはなんと待望のトイレ&お風呂場だった。

 このように下側に蝶番をもつ、壁全体が下方向に倒れるタイプの扉は、アンドロメダ星系のβ第三惑星の文化スタイルで最近宇宙で大人気の建築なのだ。

 宇宙の広さに感嘆する余裕もなく、少年はトイレの奥に消えた。


* * *


 烈人れつとが全ての災いから解放されて安堵の表情を浮かべている頃、ユウはゴーマに後ろから羽交い絞めにされていた。どれほどの怪力なのか、身を揉んでも全くびくともしない。前方から細身だが長身の男がにじり寄る。自分がこれから何をされるのかがわからず、少年は恐怖した。

 拷問をされるのか辱めを受けるのか。もし後者なら、女騎士に言わせたい台詞ナンバー1のセリフを、自分が言う羽目になりそうだ。


「クックック、おまえがマジカルヒーローのブラックだな?」


――正体がバレている……!?


 この細身の男には見覚えがある。瓦礫の山の中で烈人を攫った二人組。つまり敵対する結社の人間だ。そして同時に、烈人がどういう経緯で捕らえられたのか理解出来てしまい歯噛みした。「またあいつ、食べ物に釣られたんだ」という事がわかってしまったのだ。アルフォンスに対するデジャヴの原因がわかってスッキリするのと同時に、情けなくて脱力した。それに気づかずに助けに来た自分も、中々格好が悪い事に気付く。

 観念したように項垂れる少年の顎を、クイっと掴んでヒョーガが上げさせる。


「いい面構えだ。地球風に言うと何と言うんだったかな……。そうそう、あれだ。おまえをこれから人生の墓場に案内してやろう」


――殺される!?


 ようバグとの戦いでも、死は身近ではあったが、ポイラッテの存在のせいか妙に現実感がなく、怖いと思いつつも、カッコイイ自分に酔う余裕があった。しかし今は、身動きできないようにされ、目前には敵。


 そしてその手には……。


――黒い眼帯??


 刃物でも銃でもないそれに、混乱した。


 ユウが以前、変装に使っていたのは黒い合皮の安っぽいやつだった。しかし敵の手にあるのは重厚感が感じられる本革の気配。要所のステッチもしっかりとしており、ベルト部分にはシルバーの小さなバックル。装飾的に鎖が適度に飾られ、パッチ部分にはよく見ると僅かな凹凸があり、それはどうやらスカルの箔押し。薔薇のリベットが打ち込まれ、ゴシックでアンティークな風合い。


――やだ、かっこいい……。


 トゥンクと乙女のように弾む心臓。あまりにも素敵だったので抗う事なく静かに装着されてしまう。きゅっと締め付けられる感触も心地よい。わずかな重量を感じる高級感。

 おそらく敵が言うように、自分には眼帯が似合う。黒髪に黒い眼帯は相性が抜群なのだ。その自分の姿を想像すると、若干ナルシスト気味のユウは何故だか興奮して来た。ハァハァ、オレカッコイイ。みたいな。これがマジカルヒーローブラックのエネルギー源だが、変身していない今は無駄にエキサイトしているだけになっている。

 装着され終わった後、伏せていた目を上げると男と視線が合った。

 痩せ気味の体型にやたらと長身のためヒョロガリの印象を持つが、すらりとしたスタイルはお洒落な感じがする。銀に近い明るい金髪はお洒落にセットされていて、三白眼気味で目つきは悪いが、悪人面系のイケメンと言ってもいいのでは? というビジュアル。

 癖のある悪役は、創作物を楽しむ時にユウがハマるキャラクターで、ヒョーガはまさにそれに当てはまりそうだった。


 ヒョーガも少年の残された黒い瞳に釘付けだ。黒は深淵の色、宇宙の色である。それは故郷を思い出させ過去を想起させるものでもあった。光すら吸い寄せられていく限界の黒。


 ヒョーガとゴーマは実の兄弟ではない。コブン星には二つの文明があった。トカゲのような生物から進化した人類と、サルのような生物から進化した人類。コブン星はサルのような生物の進化で支配される予定の星であったのに、すでに宇宙に出て評議会と交流のあったトカゲのような生物から進化した人類の方が優先され、サルのような生物が進化した方はコブン星人を名乗る事が許されなかったのだ。

 差別に晒され、貧しさに苦しむ彼らはシタッパーズと呼ばれ、コブン星人たちに奴隷のような扱いを受けるに至り、辛い歴史を積み重ねて来た。

 親を失う子供たちも多く、ヒョーガとゴーマを保護者を失って身を寄せ合うしかない孤児で、支え合って生きて来た。結社の存在を知り、その理念に感銘を受けた二人は門扉を叩く事になったのだが、二人の絆は血のつながりを越え、一心同体のようでもある。

 暗闇の黒はそんな二人にとって安らぎであり、救いであり憧れ。その至高の黒を目前の少年は備えていたのだ。


「ヒョーガ兄貴……、本当にこのままメロリーナ様にこいつを差し出してもいいのだろうか?」


 ハッとヒョーガは我に返る。

 メロリーナはブラックアイパッチをどう扱うだろう。


 今まさに手にある黒の化身を差し出し、ボーナスカットを免れるか。

 この黒を自分達だけのものにしてしまいたいという欲望も、二人の心の支配率を高めて行った。


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