第6話 これがヒーロー


 ペタッと可愛い音を立てて、普通サイズの一匹がジョンのおでこに貼りついた。人は死に直結しそうな危機に瀕するとき、過去の記憶を一瞬で引き出してその状況を回避するための知識を探す。

 これまでの経験や思い出が一気に脳裏を巡る、いわゆる走馬灯という体験だ。


 宇宙人のジョンも例外ではなかったが、彼の場合はやはりフルーティア星人という特殊性もあって、走馬灯は作者のものだった。


 あれはまだうら若き乙女だった時代の作者。


 当時の作者は知ったかぶりで、聞きかじった僅かな情報に己の憶測を追加して、大変思い込みがひどかった。

 そしてこの年頃の中二病罹患女子というのは、前世がどうとか超能力がどうとかいう層、何に対してもクールを装い斜に構える層に分類される。

 作者は後者であって、キャーキャー騒いだりすぐに泣いたり笑ったり怒ったりの感情を出すのは恥ずかしい事だと思っており、一匹狼でクールを気取る。眼鏡をしていたら、クイッとしたりしてたかもしれないが当時の視力は一番下のCまで見えていたので残念ながら裸眼。

 ただ所詮は中学生。知識はとても残念だったのである。


 ある日、黒いあいつが出た。他の女子がキャーキャーと騒ぐなか「フッ、あんな地べたを這いまわるだけの虫の、何が怖いのだか」等と、いつものように斜に構えていたわけだが。


 そう、知らなかったのだ当時。

 やつが飛ぶなんて。

 あの羽根は飾りかと。


 飛ぶとは思っていなかったやつが飛び、襲い掛かられた作者は遺伝子に刻み込まれた太古の記憶が呼び起こされた。まだネズミだった哺乳類の祖先の天敵は、空からこなかっただろうか。


――られる!


 毒も、巨大な牙や鎌を持つでもない虫に対し、本気でそう思ったのだ。飛ぶ事を知ったその日から、作者はあれを恐れる一般的な女子になった。

 なおその後、体育館で1cmにも満たない赤ちゃんサイズを女性教師がマッハでつぶした時、「たまごを1個しか生まないのに、そんなに目の敵にしなくても」と言うと、教師は軽蔑の眼差しで作者を見ながら解説してくれた。その日、あの卵っぽいやつは卵が詰まったカプセルである事を知り、更にはそれを週に一回は出していくと聞き、知識の増加で恐怖の解像度を上げる事となったのである。


――知れば知る程、嫌いになる。


 こんな感じの走馬灯だったため、ジョンの助けには一切ならず、彼は静かに気絶した。なおメロリーナのいる異界に一次移転したが、あいにく彼女とは遭遇しなかったようである。


 このグダグダな状況に、逃げ惑うヒーローズとバディマスコットたち。流石のポイラッテも躊躇を見せるあたり、どれほどの状況かおわかりいただけるだろう。

 だが所詮、奴らも食物連鎖のパーツのひとつ。

 漁船に集まるカモメのごとく、周辺の野鳥たちが大量の虫という御馳走を前に殺到した。成分はエビと同じという話題もかつてはあったから、鳥たちにとっては美味しいのかも。

 みるみるモザイクの数が減り、巨大なようバグもついに地上に降りた。

 

 何を考えているのかは不明だが、隠れもせず動きもせず彼らは廊下のど真ん中でぼーっとしている事がある。妖バグもついにその状態になったのだ。


「チャンスだ!」


 ユウの叫びにポイラッテが、むっちりボディを揺らしながらフヨフヨと可愛い音を立てながら飛ぶ。

 妖バグの上に到達するや、頭の上にいたセルジオをむんずとわしづかみに有無を言わさずに投げつけた。とても仲間の扱いとは思えない。

 か細い絹を裂くような悲鳴が聞こえた気がするが、青い蜥蜴はぺたりと頭らしき位置のモザイクにくっつく事に成功した。

 ブルーこと笹山が、眼鏡をクイっと左手であげながら右手は妖バグを指さす。


「異議あ……動くな!」


 ポーズのせいで何かのセリフを言い間違えかけたが、笹山の叫びに合わせて唯一わずかに揺れていた触覚部分のモザイクも動きを止める。


「今だ!」


 烈人れつとが叫ぶとユウは走り出して、青く輝く刀を携えタンっと軽快な音を立てて地面を蹴り、高く跳躍する。太陽を背負い、逆光に黒さを増して少年は絵になる感じに。


「成敗!」


 振り下ろされた刃に、モザイクは文字通りに一刀両断された。

 スタンと軽やかに地面に降り立ったユウの手元からは青い刀は消え、普段着に戻る。


「わ、変身が解ける時間ぎりぎりだったのか。危なかった……」


 同時にモザイクも消えたので、うっかり断面を見てしまった全員が卒倒するところだったが、なんとかセルジオを回収して気絶をしたジョンをユウが背負うと、かつての戦いの場から彼らは逃げ出した。後片づけは国と自治体に頑張っていただきたい。ティッシュをこう、三枚ぐらい重ねる感じで……。こんな時こそ自爆してくれたらいいのにと切に願ったが、その機能があるなら最初からヒョーガとゴーマの行動はなかったという。


 ヒーローズが足をもつれさせながら脱兎のごとく逃げ出す様子は、敗走する敵方のようにも見えて、若干格好がつかなかったが、鉄塔の上で二人のピチピチスーツ姿の二人は腕を組み、満足げに頷く。まずはヒョーガが口を開いた。


「敵ながら見事と言わざるを得ない」

「なんだかキャーキャー騒いで、楽しそうにも見えたっす」

「これで我々の首もつながった。アレはどうにも制御が難しいし、建造物の破壊にも向かないから、今後はアレが培養液に入りこまないように改良をしなければな」

「……ヒョーガ兄貴、ちょっとまずいっぽいですぜ」

「ん?」


 手元のスマホ風の通信機をゴーマが覗き込み、ゴリマッチョな体を微細に震わせながら青くなっている。

 ひょろりとしたガリガリの体を折り曲げて、上から覗き込むヒョーガもその内容に一気に血の気が引いた。


 かわいいうさちゃんがぴょこぴょこと動きながら「緊急事態発生」のプラカードを振り回すスタンプの下に、部下からのメッセージが。


『メロリーナ様が三十分程前に目覚められ、一部始終をご覧になられて激怒しております。至急帰還を』


 彼女の異世界転移は、ざまぁ三倍返しのあとの領地経営スローライフに入ったところで、あまりにも路線が違うために読者離れが発生し、連載を打ち切られたらしい。

 予想外の早めの目覚めにより、二人がマジカルヒーローズにアレの処理を丸投げした事もすべてバレたのである。 


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