第五章 友情イベントは突然に
第1話 フルーティア星人
キモ触手の溢れる室内で、絡みとられた少年が二名、バディマスコットが二匹、気絶一名。檻の中に二匹。
先日出会った時と同じキャスケットを被ったジョンは部屋に駆け入ると檻を開け、スイートハニーを抱きかかえた。マフに埋まっていたセルジオも一緒に。
「絶対に渡すものカ!」
「ちょっ、待てよ!」
部屋から駆け出そうとしたジョンを止めようと、ユウは自由の効かない中、唯一動かせた足を精一杯延ばした。宙づりになっていたユウの足先が軽くキャスケットに触れた形になり、ふわりと帽子が浮いて落ちる。
「「あっ」」
ジョンの声とユウの声がハモる。
金色のサラサラヘアが露わになり、その頭頂部にある二本の立派な触覚が左右に揺れた。
「きゃ、キャーーーー!」
もうまるっきり女の子の声で悲鳴をあげてマスコットたちを放り投げると、ジョンは片手で頭を抑えて触覚を隠しながらキャスケットを拾い、慌てて被る。
ウサギとトカゲはその隙に彼の元から逃げ出す事に成功した。しかしジョンはそんな二匹に構わず、上目遣いでユウを真っ赤になった顔で見上げる。
「み、見た……?」
「あ、……ええと、うん」
触手に囚われたままのユウは、先程の触覚を見てしまった事を正直に告げると、ジョンの顔がより赤みを増して耳まで染まり、プルプルと小刻みに震え始める。
「もうだめ、死ぬしかない……」
「えっ!? ちょっと!」
涙目になったジョンは再び駆けて玄関ドアから飛び出して行く。
「くそっ、この触手どうしたらいいんだ!?」
「振り解くための強い感情を持つんだ! これはフルーティア星の番犬にあたる生き物で、強い感情に反応して行動する。自分で考えて行動する知能はない!」
ウサギにしがみついたままセルジオが叫ぶ。笹山と違って役に立つ。
「だ、だめだ……余計にきつくなってき……た……」
「誰かが強い感情を持ってるんだ。でもジョンは飛び出したのに……?」
困惑しながら見回すスイートハニーの目に、ぎゅうぎゅうと締め付けられる太ましいハムスターの姿が見えた。ポイラッテの口から声が漏れる。
「ハァハァ、もっときつく……! ああん♡もっと♡」
「おまえかーーーー!!」
それはするどいツッコミ。愛らしいロップイヤーは跳ねながらポイラッテに駆け寄ると、華麗にジャンプをして一回転、と同時にスパコーーーンという軽快な音を立ててポイラッテの脳天にウサギキックを叩き込んだ。
ひと昔前のアニメみたいに、星とヒヨコがぴよぴよとハムスターの頭上で回転し、ポイラッテは気絶した。
「あっ緩んだ!」
ユウは脳内で触手をパワーで引きちぎる強いイメージを持ったところ、それに怯んだ触手は一気に解ける。
スタッと軽快な音を立てて、ユウは地面に降り立つ。すごくカッコイイ感じだったのでセルジオとハニーが「ほぅ」と感心したようにため息をつく。
「
「俺はいい! ごほっ、ジョンを! 追いかけるんだ」
「わ、わかった……!」
「死ぬ」等と不穏な事を叫んで行ってしまったジョンを、とにかく追わなければならない。
「俺も連れていけ!」
しゃかしゃか走り寄ってユウの足元からセルジオが駆け上がり、ジャージのポケットに入りこむ。
「行って来る!」
「アルフォンスを救出したら俺も追いかける」
「頼む」
頷き合うレッドとブラックは息ぴったりだ。何ならブルーより相性がいいような気さえする。だが残念ながらBLACKとREDに共通点はない。
「さてアルフォンスを」という感じの
「何処に行ったんだろう……」
「”番犬”を飼っていたことからの仮定から、あいつはフルーティア星人なのかもしれない。死のうとするなら水のある場所に行ったはずだ。彼らは長時間水分に浸ると腐って溶けて死ぬ」
「何それ怖い」
エレベーターを待っている時間ももどかしく、階段を駆け下りながらユウはこの付近の地理に思いを馳せる。来る途中で土手を見かけた気がして、土手があるなら向こうは川のはずだと思いいたる。
特にアドバイスをしなくても、ユウが自分の判断で行動していくので、セルジオは彼にすべてを任せて傍観を決め込んだ。走るユウのポケットは素敵ハンモック風の揺れで、セルジオを心地よい眠りに誘う。
急に黙り込んだトカゲが気になってポケットを覗き込めば、すやすやと眠る青い爬虫類。前言撤回。どいつもこいつも役立たずである。
誰にも頼れない少年は、とにかく土手を目指し、夕闇の中煌めく金髪の姿を遠くに見つけると、息を切らしながらも必死に追いかける。
「はぁはぁ、何でこんな事に」
妖バグから地球を守るというだけでも大変なのに、今は仲間のはずのイエローが裏切り者だとか自殺しようとしているとか、設定が盛りだくさんで収拾がつかない。評議会メンバーは微妙にポンコツ揃いで、本当に地球を救うために来たのか正直怪しいし!
何故自分がこんな目に合わなければいけないのか、そんな気持ちも沸いて出る。
等と考えているうちに、女の子のように内股気味で肘を曲げて可愛らしく走るジョンの背中が迫る。足がめちゃくちゃ遅い。
――この件が片付いたら、マジカルヒーローを辞めよう。そして普通の学生生活の中で青春するんだ……!
必死に伸ばした手がジョンの右肩にかかる。
「!?」
涙をいっぱいに両目に溜めたジョンが驚いたように振り返る。
「はぁはぁ、待って……こ、呼吸が整うまで……」
「追いかけて来てくれたノ……?」
ユウは肩を大きく上下させて、吐きそうになりながらも必死に酸素を吸って呼吸を整える。
「ハニーを奪いに来たんじゃナイノ?」
「助けを求められたんだ、あのウサギに」
「エ……ハニーがワタシから逃げよう……と……?」
ジョンの瞳から涙がボロボロと滝のように溢れ始め、大量の水分で腐って溶けて死ぬというセルジオの言葉を思い出したユウは、慌てて彼を抱き寄せると、その顔を胸元にうずめさせるようにして涙を自分のTシャツに吸わせる事を選択する。
まだドキドキと跳ね回る心臓の鼓動が、ジョンの頬に伝わって行った。
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