マリアの決意

 朝食を終えたマリアは父と一緒に後片付けをして、神父の服を着て教会へ向かう父の背中を追ぐて通りを歩き、教会の門の前で一度立ち止まって目を閉じて勇気を奮い立たせた。


『新しい三日間のストーリーへ』


 玄関の扉を開けて前へ踏み出し、聖堂の掃除を手伝う聖歌隊の子供たちを眺め、復活祭で美しい歌声を奏でたシーンを思い起こす。亡くなった祖母が近所の東南アジア系の子供たちを集めて、立派な聖歌隊として育てた。


『教会とこの子供たちを守ってみせます』


 マリアは十字を切って心に誓い、ナイフを手にした藤倉が神父を脅かして祭壇に立ち、時限爆弾で教会を爆破すると宣言した恐ろしい光景が脳裏に蘇るが、被害を最小限に抑える方法があると心に言い聞かせ、子供たちと一緒に祭壇に立った。


 その時、柑橘系の香りが微かに漂うのを感じて天井を見上げる。


「マリアさん。どうかしたの?」

「ううん。何でもないよ」


 マリアが険悪な表情になり、子供たちもマリアを囲んで見上げたが、天窓のステンドグラスに薄っすらと映るシルエットに気付いたのはマリアだけだった。


『天使が見張っている?』


 天使は金髪をヘアーワックスで整え、翼を広げて柱の梁に立ってマリアを見下ろし、柑橘系の甘い香りを嗅がせて自分の存在を知らしめた。


「マリアさん。痛いよ」

「あっ、ごめん」


 マリアは思わず子供の手を握り締めてしまい、謝って全員に微笑み返して祭壇を降りると、父に手を振って足早に出口へ向かう。


『急がないと……』


 金髪の天使はマリアが慌てて教会を出て通りを走り、途中で一度コケるのを眺めて苦笑し、天窓のステンドグラスを通り抜けて空に浮かび、マリアが家へ戻るのを確認した。


『楽しんだ方がいい』


 マリアの思考は天使に読まれ、秘密を守りながらも悲惨な事故と藤倉の暴挙を防ごうと努力すると設定され、行動は分単位で把握されている。


『多少のフリータイムはあるが、プランは決まっているからね』


 神は膨大なデータを分析し、人間の行動を予測している。天使は時のポイントを監視し、緊急事態が発生した場合のみ、人間に介入して修正する事を許された。


『運命は必然であり、結末は変えられない』


 二階の部屋に入ってマリアは暫し机に突っ伏して蹲っていたが、落ち込んでいる暇はないと気持ちを切り替えて行動し始めた。


 青葉台駅前のカフェ「Maybe」でマリアが働き始めて4日目になり、休憩時間にコーヒーを飲んでマスターと喋りする仲になっている。マリアは早めにカフェに行ってマスターに逢い、賢士の連絡先を聞くつもりだった。


『元気なマスターを見るだけでも、蘇った価値はあるわ』


 服装は幽霊の時に着ていたプリントシャツにカーキパンツか迷ったが、賢士とのデートを想定して少しお洒落をする事にした。


 カフェの店員は派手なファッションはNGなので、白いブラウスに赤いリボンタイをして、リーバイ・ストラウスのデニムスカートを穿き、ミサンガと祖母の形見の十字架のペンダントを付ける。


 髪はポニーテールにしてブラウンのカチューシャをして鏡に明るい笑顔を映し、『未来へのヒントになるかも』と、うさぎのエプロンをバッグに詰め込んだ。

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