冬の哀しみ

「ケンジがライフワークのように冬に女性と別れるのは、自分の気持ちに正直なだけなんだろう」

「何よそれ?君は体裁よく女性と付き合っているってこと?」

「まさか?俺は妙子を愛している」

「よくこんな場所で愛とか言うわね。まっ、そこが君の唯一良いところなんだけどさ」

「しかも、永遠の愛だ」

「げっ、気持ちわる。ケンジはね。冬の哀しみを刷り込まれたんだよ」

「どういうことだ?繊細過ぎるとは思っていたが」

「私も詳しくは知らないけど、幼い頃に一年間しか生きられないって思い込んだ」

「そんな事があるのか?」

「これは秘密だけど……」


 KEELS BAR HOUSEはフランスの田舎料理、ワイン、ビールの品揃えを誇るお洒落なbeer barで店内は混んでいたが、通り側にあるテラス席は空席で、輝と妙子は三人分の席を確保して地ビールを注文し、賢士の『恋のライフワーク』を話題にした。


「ユウタの手紙と引き換えに、教えてあげようか?」

「馬鹿。ダメに決まってんだろ。俺が六年間守り続けたラブレターだぞ」

「じゃー、ケンジの秘密も教えない」


 妙子はそう言って意地悪そうに微笑み、輝は別にいいって感じで手紙を確認しようとしたが、返礼品の紙袋の中には見当たらず、上着とズボンのポケットを調べてから疑惑の視線を妙子に向けた。


「無くなった」

「えっ、私じゃないわよ」

「まさか、落としたのか?」


 輝のショックは大きく天を仰いで頭を抱え、席を立って探しに戻ろうとしたが、テーブルに置かれた地ビールのグラスを妙子が掲げて輝を睨む。


「愛を信じるなら、どっしり構えてビールを飲みなさいよ。鈴木悠太の愛が真実ならば、その手紙はいつかジーケンに届くと思うわ。アイツが神がかってたの知ってるでしょ?」


 妙子はそう言って美味しいそうにビールを飲み、輝は唇に付いた魅惑的な泡を見て、中高の頃に賢士が起こした奇跡の出来事を思い起こす。


「排水溝に落ちた猫を救出し、車に轢かれそうになった子供を助けた。しかもしれって、予感がしたと後で言ってた。そんな事が何度かあり、ジーケンと呼ばれた」


 輝もビールグラスに手を伸ばし、一度掲げてから喉に流し込み、煙草に火を付けた妙子を睨み返す。


「ケンジがユウタの葬儀場から消えたのも、何か訳があるのかしれない。妙子、秘密ってのを教えてくれ」

「それが人に頼む態度かね?」

「この通り、お願い致します。ケンジの冬の哀しみってのを教えてください」

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