過去のラブレター
「ケンジ、なんだって?」
「マンションを出たそうだ」
矢島輝と
二人は大学時代に付き合い、数ヶ月前に結婚して相模大野のマンションに住んでいるが、性格も見た目もギャップがあり、角刈りで体格が良く古風な輝に対して、妙子はショートボブでキュートなお洒落女子である。
「そんなに心配だったら、迎えに行けばよかったのよ」
「いや、俺はあいつを信じている」
「そっ、じゃ行こ。セレモニーホールで待ってればいいわ」
「友だちのくせに冷たいな」
「高校の頃、私がアイツにフラれたの知ってるだろ?まだ根に持ってんだよね」
「それ、結婚した相手に言うセリフ?」
輝は自分を指差してそう言ったが、妙子は頬を膨らませて先に歩き出し、呆然と背後を追う輝であったが、妙子の棘のある言動とは関係なく、真剣な表情で左胸を右の拳で叩く。
喪服の内側の胸ポケットには香典と鈴木悠太が過去に書いた『ラブレター』がしたためてあった。
輝と妙子と賢士、そして悠太も霧ヶ丘高等学校の同級生で、特に輝は賢士が小学校に転校して来てからずっと親友であり、賢士は『友人のランク付け?』と否定するが熱意で押し切っている。
『僕が死んだら、これ賢士くんに渡してください』
高校を卒業する時に、悠太が今にも泣き出しそうな顔で輝に懇願したシーンが忘れられない。誰もいない音楽室で、悠太は深々と頭を下げて輝に手紙を託した。
「もしかして、ラブレターか?男が男を好きになるって、俺にはよくわからんが。悠太が本気なのは知っている」
「はい。輝くんは唯一無二の賢士くんの親友です」
「アイツは人を寄せ付けないところがあるからな。しかし、なぜ今じゃないんだ?死んでから渡してどうすんだよ」
「僕の存在が過去にあった。その時間を賢士くんに感じてもらえればいいんです。今、それを渡して嫌われるなんて、僕には耐えられませんからね」
輝はその決意を聞いて感動に胸を震わせた。生まれてからずっと真っ直ぐに生きてきたと自負しているが、悠太の純粋な『愛』に驚かされた。
輝はその事を思い返して、昨夜から何度も涙を流し、本棚の百科事典に挟んであったラブレターを賢士に渡す時が来たと感慨に耽った。
通りを歩く今も想いはあの時に戻り、振り返った妙子に注意され立ち止まる。
「なに泣いてんのよ?君とケンジが友だちってのが不思議だよ」
妙子がハンドバッグからハンカチを出して渡し、輝は頬の涙を拭きながら
「高二の時、悠太はプールで自殺しようとした」
「イジメられてたの?」
「ち、違う。愛の悩みだ」
「君が救った?えらいじゃないか」
「ああ、しかし死んでしまった」
輝が知らせを聞いたのは昨日で、慌てて賢士に電話して、今夜の葬儀に出席するように説得したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます