第一章イースター(復活祭)・七つの大罪

 4月12日日曜日。リビングの鏡の前で白いワイシャツを着て、黒いネクタイを締めていると宅配便が届いた。その配達員は昨日から数回目で苦笑いしていたが、溝端賢士は神妙な面持ちで唇を結んでサインをして受け取った。


 差出人の名前は早坂玲奈。去年のクリスマスに別れた女性である。


 賢士ケンジは澄んだ眼差しでその中身を想像し、リビングに戻って約45センチ四方の箱をカッターナイフで丁寧に開けた。


 透視するまでもなく、中にはイバラの冠が入っている。それも手作りの薔薇のツルを使用したリアルさ。そんな贈り物がテーブルとフローリングの床に散乱している。


 毎年、復活祭になると恒例のように別れた女性たちから茨の冠が贈られ、一年に一個ずつ増えてこれで七個目。賢士は七つの大罪だなと思って苦笑し、それを頭の上にのせて罪をあがなうように鏡に映す。


 茶色系のサラッとした艶やかな髪。クリームのかどっこみたいにツンとした鼻。薔薇のアイスで作ったようなクールな唇。伏せ目がちの哀愁を帯びた眼差し。


 身長は182cmで体重67kg。オーラの色はブルーで、スリムなくせに芯の強さを感じさせるらしい。


 そして超然とした態度から、ジーザスをもじってジーケンと嫌味を込めて呼ばれ、人間らしさが希薄なので、多数派からはゴッドかよって嫌われている。


 特に別れた女性たちは、ジーケンを十字架にはりつけにしたいらしく、復活祭になると別れた悲しみを思い出して茨の冠を贈ってくるのだ。


『限られた友人はそんな自分を神的にモテると羨ましがったが、それは僕の不幸を知らないだけで、僕は責任を感じて毎年この罪と絶望感に苛まれている……。つまり僕は一年のサイクルで恋をして別れるという、一年周期の恋のライフサイクルを七年間続行中なのだ』


 春に恋をして、夏に盛り上がり、秋になると豊かな実りを感じて落ち着きを取り戻す。しかし冬になると心は凍え、クリスマスのジングルベルの歌が別れのサインになる。


 それは自然の法則であり、偽りの神ジーケンには変えられない運命だった。


 部屋の壁側の木製デスクの上にノートPCが置いてあり、『恋のリベンジ』というサイトが開いてある。


 その掲示板に[ジーケンの特集]として、別れた女性たちからメッセージが届いていた。


 賢士はさっきまでそれを見ていて、夕刻の時間になり喪服の準備を始めた。高校の時の同級生が亡くなり、こんな日の夜に葬儀だったのである。

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