14話 岩山の探索
14-1 支部長への報告
あ~あ、帰ってきちまった。
いつもなら門が見えてくるとホッとするんだが、今日ばかりは駄目だ。
それもこれも、この背中に食い込む石──巨人のせいだ。
普通に考えれば、剣士じゃ勝てない──斬れない石の塊。
正面から攻撃したら、俺の魔法じゃ傷1つ付けられないような相手。
なのに、無傷で倒して、こんな綺麗な断面を晒した胸板を持って帰ってくることになっちまった。
なんか、背中の石が重い。実際の重さも大したもんだが、それ以上に気分に重くのしかかってくる。
隣で呑気な顔して猫を頭に載せたりポンポン放り投げたりして歩いてるレイルを見てると、この石を投げつけたくなってくる。
「なに? まだうだうだ考えてんの?
なるようにしかならないんだから、いい加減覚悟決めなよ」
俺の視線に気付いたレイルがのほほんと言う。なんでそんなに気楽なんだ。
「俺には、お前がそうやってられることの方が不思議なんだが」
もう何度も繰り返したやりとりだが、それでもつい言わずにいられない。
「勝つためにできることをやっただけじゃないか。僕の秘技で石を斬った、集中が必要だし、いつもいつもできるわけじゃないよ、って言っときゃいいって」
ギルドに顔を出すと、セシリアが輝かんばかりの笑顔で出迎えてきた。
「フォルスさん! お帰りなさい!
早かったですね」
裏のない、嬉しそうな顔は、なんだか帰るところができたみたいでむずがゆい。
「残念ながら、完全に終わったとは言えない状態だ。支部長に会いたいんだが」
「! …わかりました、少しお待ちください」
俺の表情から、かなり面倒なことだと察したらしく、セシリアはすぐに消えた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
戻ってきたセシリアに連れられて、支部長のところに通されると、早速頭痛の種を下ろして見せる。
「まず、巨人の正体ですが、岩でできた巨人でした。
これがそいつの胸んところです。
信じられない話ですが、ゆっくりとはいえ、岩の塊のくせに歩いてたんですよ。
仕組みはわかりませんが、この胸板の中に魔石でも入ってるみたいで、それで動いてたとしか思えません」
胸板をじっと見ていた支部長は、目を上げると
「これを持って来た、ということは、その岩の巨人とやらを倒した、ということか?」
と訊いてきた。まぁ、そうだよな。
「ええ、まぁ、なんとか。
倒してみると、膝も肘も石の塊でしかなくて、どうしてあれで歩けてたのかわかりませんでした。
残骸はそのまま転がってるんで、誰か回収にやってください。
レイルの倍くらいの背丈なんで、相当重いですがね」
「その残骸は、どのくらいの大きさだね? さすがに人より二回りも大きい石の塊を載せられる荷車はないんだが」
「腿から下が2本、両腕、頭と、残りの胴体ですね。
すみませんが、載せられないなら石工でも連れてって解体してもらってください。
これ以上バラすのは、俺達にゃ無理です」
「この板は、随分と綺麗に削ぎ落とされている。
よほど腕のいい石工でもないとこの大きさの石を削ぐことはできないと思うが?」
「こんな切断を何回も繰り返すのは不可能です。
本体は、持ち上げるのも難しいほどの重さです。持てる大きさに削るなら、素直に石工を用意する方が賢明でしょう」
「ふむ? だが、できるのだろう?」
だから、できねぇっつってんだろが!
「1か所斬るのと、何か所も斬るのとでは、負担がまるで違います。
戦闘中なら魔石を使ってでもやるとしても、緊急でもないのにそんな損害出しながらやりますかって話ですよ。
石を削るのなんざ、本職にお任せです」
さりげなく“斬れることは斬れるが、損害が大きい”と言ってやる。この意味が判らないほど支部長は鈍くはないはずだ。
「そう言われると頼みづらいところだな。
とはいえ、石工を山に行かせるというのも難しくてな。
送るとなると、護衛も必要だ」
「元々、あの山にゃ巨人なんていなかったんでしょう? だったら、9級辺りの連中に頼めばなんとかなるでしょうよ。
それより、支部長は岩でできた巨人に心当たりはありませんか」
「この石の欠片からでは、なんとも言えんな。
一応、魔法で動く土や石の人形というのは存在している。
仕組みはわからんが、いずれも人が作ったものだ」
「人が、ということは、あの岩山に作った奴がいるとか?」
それどころか、倒されたのを知ったら、次を造る可能性もあるんじゃないか?
となると、9級の護衛じゃキツいか。
「そういった人形は、与えられた命令を守るために動くのが普通だ。
一般的には、何かの番人であるとか、単純な殺戮とかだな」
「なんです、殺戮って?」
「たとえば、どこかの街に連れて行って、“動くもの全てを殺せ”と命令するとかだな。
行動範囲を外壁の内側と規定すれば、街の中にいる生き物はネズミ1匹に至るまで殺し続ける。反面、壁の外に逃げることができれば、追っては来ない。
ある一点を“守れ”と命令すれば、そこに近付く者に対して攻撃する。これもまた、一定範囲外に出れば追うのをやめる。
今回の巨人に、そういった動きはなかったかね?」
巨人は、ノロノロとうろついてるだけだったな。
と、なると…
「どこかを守っていたという可能性はありますね。
俺達はそこそこ遠くから攻撃を始めたので、反応が遅れた、ということはあったかもしれません」
実際には、“反応が遅れた”んじゃなく、反応できなくなったんだけどな。
「もし、もう1体いたとしたら、勝てるかね?」
おいおい、あんなのがまだいるってのかよ。
「勝てるかどうかは、出会い方次第ですが、できれば戦いたくありませんね」
「出会い方というのは?」
「こっちが遠くから先に見付けて先制できるってのが前提条件です。
あんな硬い奴に先手を取られたら、防ぎようがない」
まぁ、嘘だけどな。不意を突かれるんでなけりゃ、大体なんとかなるだろう。
魔素さえ断てば、動きが止まる。
とはいえ、レイルの負担が大きすぎる。倒すまでに休憩を挟む必要があるってのは、楽勝とは言えない。
「ふむ。
では、巨人に対して一番有効な攻撃は何だと思うね?」
「岩をも砕くハンマー使いですかね。
それなら、正面から戦えそうだ。
少なくとも、剣士とは相性が悪いでしょうよ」
「その、相性の悪い剣士が倒しているわけだが」
「ですから、相当苦労しましたよ。
オーガ辺りの方がよっぽど楽です。
あれなら、俺の魔法でも傷が付く」
「わかった。
とりあえず、依頼としては、まだ完遂されたとは言えないから、引き続き調査の方を頼む。
巨人の残骸は、別に回収班を用意するから、なくなっていないかだけ確認してほしい。
もしなくなっていたら、一旦報告に戻ってくれ。
ああ、もちろん、明日出発で構わない」
依頼──巨人の正体と目的の調査、か。
まぁ、たしかに目的がわかってないから、未達成と言われても仕方ないか。
「さっきの話だと、何かを守ってるって線ですかねぇ」
「その可能性は高いな。
巨人を作った奴が近くに潜伏しているかもしれん。
先程も言ったとおり、人形は単純な命令しかできんが、代わりに疲れを知らん。
自分の居場所を守らせるなら、この上なく優秀な番犬となるだろう。
その場合、もう1~2体巨人がいたりするかもしれん。
…そうだな。
セシリア」
「はい!」
黙って聞いていたセシリアが、突然話を振られて驚いている。
「巨人の残骸の回収については、君に指揮を執ってもらいたい。
大至急、石工と護衛を集めて出発してくれ。
現地でフォルスらと会った際は、必要に応じて彼らの指示に従うように。
君なら、円滑に連携できるだろう」
「わかりました」
やっぱ支部長は食えない男だな。
ここでセシリアを引っ張り出すのかよ。
「セシリアが俺達の指示に従うんですか?」
普通は逆だが、あり得ない話じゃない。
「石工の護衛には、9級辺りをつけることになる。
そうなれば、現地で最も場数を踏んでいるのは君らだからな。
緊急時、撤退などの判断は君らの方が的確にできるだろう。
無論、近くにいたらということで構わんよ」
「俺達が囮に使うとか考えないんで?」
答えは想像つくが、ま、一応な。
「君がセシリアを見捨てることはないと信じているとも」
ちっ。やっぱりそういうことか。
これなら、回収に来た連中のことも俺達が気にするだろうって腹だ。
すっかり俺達を利用する気でいやがる。
「もしもの時、俺達が近くにいる保証なんてありませんよ」
「当然だな。
そんなことまで期待はせんよ。
もちろん、野営時に君らがどこでどのように寝るとしても、私は関知しないとも」
はいはい、そりゃどうも。
なんて言い返してやろうかと考えてたら、レイルが口を挟んできた。
「途中、セシリアと相談したりは?」
「君らの現場の判断で必要と思ったのなら構わんさ。
現場の判断とは、えてしてそういうものだからな」
ったく、レイルの野郎。
「わかりました。
とりあえず、明日からまた調査に行きましょう」
しゃあない。
行くとするか。
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