第5話 優希 登場
次の日の朝、真一は目を覚ますと布団を片付けて着替え始めた。
「うっ、寒い。」
吐く息が白くなる。真一は身体を震わせながら、朝のランニングに出かける。その日もいつも変わらないコースをその日も走った。
ところで昨日のその後のことを話そう。じいちゃんたちが無事ダンジョンの間引きを終わらせた後、俺たちは約束通り一緒に夕飯を食べた。そのとき、情報交換が行われたが特に新たな進展は得られなかった。
テレビやラジオでいっさい話題に上がってこない。そんな中、唯一ダンジョンらしきものがでてきたニュースがあった。それは、富士山の麓に複数の穴ができたというニュースである。その番組では、地震による影響でできたもので、見つけても近づかないように呼びかけていた。
本当にダンジョンか分からないが、今はそのくらいしか情報がない。地上にでてきた魔物についてもそもそも数が少なく、また死体が残らないため噂として広まっているだけだった。その噂も嘘と混じってイタズラとみんなに判断されている。
「まぁ、わしらも注意しておるから真一は学校に行きなさい。明後日は卒業式だろ。くれぐれも気を付けてな。」
「うん。分かったよ。」
「あと、あのナイフは持ったか?」
「えっ?もしかして、ゴブリンから奪ったナイフのこと?」
「そうじゃ。念のため持っていきなさい。ダンジョンから出る魔物には、ダンジョンから手に入れた物で攻撃した方が効果が高いからのぉ。流石にお主も素手で戦いたくないじゃろ。」
「でも、バレたらやばすぎるでしょ!」
「そこは、まぁ頑張りなさい。」
頑張れと言われても。
不安な要素を抱えて学校に行く気がしなかったが、しぶしぶナイフを布で包んで鞄に隠して家を出た。
そして、家の近くのバス停からバスに乗り、20分ほど揺られて学校へ向かった。
・・・・・・・
ここは、青木おおぎ市立若葉わかば中学校。
町の中心にあるこの学校には、市内から多くの生徒が通ってくる。その生徒の多くは学校の近くに住んでおり、真一のようにバスで通っている生徒はほとんどいない。
春の訪れを感じさせる桜の蕾を見ながら、俺はバス停から学校へ歩く。辺りには、同じ学校の生徒たちが友達と仲良く歩いているのが見えた。
1人寂しく歩く真一は、いつもの時間に学校に着いた。すると、突然後ろの方から誰かに背中を叩かれた。
「うぇ⁉︎」
思わず、飛び跳ね距離をとった。
昨日の体験のせいだろうか、つい反射的に腕を構えてしまった。
「ぷっ。そんなにビックリしなくても良いじゃないか。おはよう、真一。」
どうやら肩を叩いたのは、直江 優希なおえ ゆうきだった。彼は、俺の幼馴染であり親友悪友でもある。
「おっ、おはよう。優希。」
優希は、黒髪である俺と違って茶髪のインテリイケメンキャラである。クラスだけでなく学校中の人気者である。現在は、2年生に引き継いたが過去に生徒会長をやっていた。
なんでこんなやつが俺の親友なのだろうか。みんな、こいつが本当は腹黒なの知らないだけじゃないか?
「なんか今、僕のことバカにしなかった?」
「べっ、べつにしてないよ。気のせいじゃない?」
優希は、本当に相手の心を読むのが上手い。俺はこいつ追及をかわすのに毎度毎度苦労している。
「ふーん、そう?ならいいけど。」
「ほっ。優希、頼むから挨拶くらい普通にしてくれ。」
「いや、なんか真一が俺に何か隠してるみたいだからさ。思わずね。」
何でこいつはすぐに分かるんだ。ダンジョンのこともナイフこともこいつは知らないはずなのに、今はとにかく話題をそらさないと。
「そっ、そう言えば、昨日の地震大丈夫だった?」
「急に話題変えるね。まぁ、いいよ。うん、昨日は大変だったよ。僕一人に部屋の片付けと掃除を押しつけて、親が仕事に行ったからね。それに寝起きにあの地震だから驚いて、精神的に疲れたよ。」
「そうだったんだ。俺の方は、ランニング中に揺れたね。その後、じいちゃんと2人で部屋を片付けたけど、物が多くて昼過ぎまでかかったね。」
「それは、お互い大変だったね。」
そんなことを話しながら、教室へ向かう。同じクラスである2人は、3年1組の教室の前まできた。すると、教室の中から何やら話し合う声が響いてきた。
教室に入ると、普段と違いクラスメイトは興奮した様子で話し合っていた。どうやら、昨日世界中で災害が起きた原因について話しているようである。その原因は、預言の終末説や、ある国の科学実験説、果てには宇宙人によるものである説まで出てきていた。
俺は、おそらくダンジョンが原因だろうと知っていたから
余計なことは言わずに黙って話しを聞いていた。
しばらくすると、予鈴がなり先生が入ってきた。クラスメイトは、話しをやめて席に着く。
・・・・・・・・
その後は、みんな一通り話し合ったことで落ち着いたのか普段と変わらない様子だった。明日の卒業式に向けて最後の練習も終わり、帰りのホームルームになった。
「卒業式が明日だからといって今日怪我したり、風邪ひいたりしないように十分気をつけろよ。それに卒業してからひまだからって悪さして高校の合格取り消しとかにならないよう注意しろよ。」
そう先生は言うと教室を出て行った。
クラスのみんなは、明日の卒業式後のパーティーの話しで盛り上がっている。
騒ぐクラスメイトをおいて俺は、静かに教室をあとにした。真一は、早く家に帰ってダンジョンに入りたかったのだ。そんな彼に声をかける者がいた。そう、優希である。
「やぁ。そんなに急いでどうしたんだい?」
「いっ、いや〜。ただ家の用事で早く帰りたいだけだよ。」
「本当に?」
これ以上、探られると完全にダンジョンのことがバレかねない。こうなったら、逃げるしかない!
「あばよ。」
そう言い放つと、俺は走り出し学校を飛び出す。そして、全速力で町の路地に入った。何度も角を曲がり完全に優希をまいた。限界まで走って逃げた俺は、とりあえず上がった息を整えることにした。ベンチに座りしばらく休憩した。
その後、まだ優希が俺を探しているかもしれないと思った俺はいつも乗るバス停より1つだけ家に近いところでバスを待った。周りには、誰もいない。本当に優希をまけたのだった。
良かったと安心していると、運が良いことにそこまで待たずにバスが来た。それに乗り、席に座る。
「助かったぁ。」
思わず安心して声が出た。すると、
「何が助かったんだ。」
「ヒッ⁉︎」
俺は後ろから聞こえるはずのない声に驚いて叫び声をあげた。
確かに俺は優希の追跡をまいたはずだ。どうして?
そんな俺の疑問に優希が答えた。
「真一、君の疑問に答えてあげよう。それはね、僕が君の動きをよんだからだよ。君が走り出した時点で、まず路地に入って僕をまくことは予想していた。さらに君が学校の近くのバス停ではなく、別のバス停から乗ることもね。だから、僕は普通に学校近くのバス停からバスに乗って君が乗ってくるのを待ったという訳さ。」
マジでなんなんだこいつは?普通そこまでよむか?
昨日、俺が警戒心マックスの状態でゴブリンと戦闘できたのは、少なからずこいつの影響があると思う。
「全くなんで逃げ出したんだ。別に言いたくないわけじゃないんだろう?言いたくないなら、『嫌だ』って言えば僕がそれ以上聞かないことは知ってるくせに。」
確かにその通りである。優希は、相手の心読むのが上手い。だからこそ、俺たちはこれまで多く喧嘩してきた。
あるとき、俺たちは喧嘩をして仲直りする際にこれ以上喧嘩しなくて済むように2人である約束をした。それは、何かを聞かれた際に『嫌だ』と言ったら例え気になっていることでもお互いに追及しないことである。
やはり、なんだかんだあっても2人は親友なのである。
「はぁ、仕方がないな。じいちゃんに聞いてみないと分からないけど、どうする?」
「それなら、ぜひお邪魔しようかな。」
こうして、真一は優希を連れて家に帰るのだった。
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