遡った以前のこと

 住宅街を歩いていると、ブロック塀に『猫に餌をやるな!』と書かれた張り紙が目に入った。雨風に風化してボロボロになっている上に、乱暴に書かれた手書きの字が滲んでホラーみたいだ。よほど猫が嫌いか、野良猫のせいで被害を被っているのか、猫への強い恨みを感じた。

 そこに、渦中の猫が塀の上を素知らぬ顔をして歩いていった。白と黒の混ざり合った猫だ。さっきまで僕を見て、尻尾を立てて毛先だけをゆっくり左右に揺らして様子を窺っていた。僕が張り紙を気にしたもんだから、まるで分かったかのように静かに去っていった。

 動物は好きだけど、まだ責任がもてない中学生の僕では世話をきっちりすることはできないと思う。でも側に寄り添ってくれる動物がいればいいなとは思うけど、ペット不可のアパートでは絶対に不可能だ。

 犬が見たければ、桜ヶ丘公園で散歩すればいい。あそこは犬を連れた人たちが、よく散歩している。猫も時々こんな風に見かけるし、今は見ているだけで満足だ。それで時々、学校の帰りに街を探索して色んなところをあちこち見て、動物に出会うのを楽しみとしている。ちょっとした癒しを与えてくれたから。

 この町に引っ越してきたのは中学三年になる前の春休みの時。父と母が離婚して、ひとりっ子の僕は母についてきた。ほんの二ヶ月前のことだ。

 高校までエスカレーター式に上がれる私立校に入ったけど、授業料の問題もあって高校は公立に行く予定だ。中学までは父が授業料の面倒みてくれるから、少し通学が不便になったけど、しっかりと通っている。でも後で、近くの公立中学に転校してもよかったかもしれないと、時間が経ってから思ってしまった。

 空を見上げればどんよりとした曇り空だ。そろそろ梅雨の季節でもある。それにふさわしく、ある家の玄関先で紫陽花が咲き始めていていた。心は荒んでても素直にきれいだなって思った。

 この町に慣れようとあちこち歩いているけれど、すぐ家に戻りたくない気持ちのいいわけだ。突然変わってしまった身の回り。父と母の相容れない二人の間の事情が僕の人生を左右する。親権は母が取ったけど、父が取ったとしても僕は母と暮らしていた。マザコン気味なところもあるけど、やはり離婚した後の母のダメージは父よりも強いと思ったし、僕は母の力になりたいと思った。

 なぜこうなってしまったのかと考えたけど、そこはいくら血の繋がった親でも、与り知らないところで、息子の僕にはどうすることもできない問題があったとしか言えない。僕のために親たちが我慢して暮らしてほしいなんていってそうなったとしても、虚しさはいつも付きまとうだろう。

 頭では割り切って大人になるべきだと強がっているのだけども、心の中ではもやもやとしてしまう。

 両親の不仲が分かるまでは、普通に楽しく学校生活を送っていた。なよなよしている僕だけど、それを個性と受け止めて仲良くしてくれる友達にも恵まれた。クラスのみんなもいい人たちが多くて、いつも和気藹々としているような学校だった。

 中学受験は大変だったけど、入ったあとはこのまま高校も安泰だってそう思っていた。それがあっさりと崩れた中学二年の三学期。自分が見ていたものが色あせて、急に心が寒々としていった。

「隼八、どうした、元気ないぞ」

 ある日、登校して席に座ると、後ろから肩をポンと叩かれた。僕と仲がいい倉方哲くらかたてつだ。面倒見がいいやつで、クラスでもリーダーシップをとって、みんなからも慕われている。家もかなりの金持ちだと噂されていた。

「まあな。そんな日もあるんだ。ハハハ」

 僕はなんでもないと装う。

「悩みがあるならいつでも聞くぞ」

「悩んでるって程でもないんだ」

 その言葉の裏で嘘つけと自分を罵った。

「そっか。どうせ隼八のことだ、夜更かしして眠たいとか、朝飯食えなかったとか、そんなことだろ」

 この時僕は、正直イラッとした。でもそれを隠してヘラヘラと作り笑顔で誤魔化す。

 この時点で哲とは違う世界にいるんだと思ってしまった。

 哲と仲いい奴はいっぱいいるし、僕はその中でも特に親しい関係だと思っていたけど、僕の心の変化が不条理に哲を遠ざけていく。哲は絵に描いたようなクラスの中心人物で人望も厚く、性格もいいから人気者だ。それが八方美人的なものに見えてしまい、突然鬱陶しくなった。

 哲には関係ないのに、自分の不幸な状況が全てを歪ませてしまった。それでも僕はいつも通りの僕を演じる。

 両親が離婚したことは誰にも言ってないし、僕の心が荒んでいるなんてことも誰も気づいてないと思う。ひたすら全てを覆い隠し、残りの中学生活を無事に終えることだけを願っていた。

 ある程度の成績がなければ、いくらエスカレーター式の私立中学であっても高校へすんなりと進級できない。でも受験をする必要がないので、みんなはいつも通りに学校内で行われるテスト勉強だけはしっかりと対策していた。

 僕だけが高校受験を視野に入れていた。そのことも先生だけに伝えただけで、まだクラスの誰も知らなかった。

 表面上は何も変わっていない。僕の中だけが、色んな思いで渦を巻いていた。僕はそんなに強くないから、強い者に巻かれて適当に過ごす癖がついている。己を控えめにして最後はうまくブレンドして可もなく不可もなくといった具合に。

 自分を主張するのが恥ずかしいという気持ちが今まであったけど、何も恐れる事がない不安がなかったために、以前はのうのうとしていられた。

 少し心の中が不自由を感じた時、それを表に出せず、顔では笑っている態度が自分自身腹立たしい。

 心の中は冷めて、周りがわざとらしい茶番に感じて物事を見てしまっていた。周りがあまりにも幸せそうで、僕はそれに嫉妬していたんだと思う。

 その反面、そんなことない、僕はそんな風に人を羨ましがるような人間ではないではないか、と叫びたくなる自分もいた。

 過去の自分は本当に純粋に真面目だったから、今の状況についていけなくて、どうしても負の部分を認めたくなかった。

 無理にいい子ぶるけど、それが思った以上にとても疲れる。以前はふりなんかしなくてもいつも自然体でそうだったのに。

 母の前でも何でもないことのように振る舞い、僕はいつも通りのスタイルを崩さないようにしていた。

 別に悪い事をしているわけではないのに、それがどうしてもずるいと思えてしまう。そう感じるのも、僕は心の片隅で周りのみんなと一緒にいる事を訳もなく嫌がっていたからだと思う。

 ため息をつき、足元を見ながら歩いていた時、ふと声が耳に入った。

「そうそう、あいつキモいよね」

 その言葉が自分に向けられたものと思い、僕ははっとして顔を上げた。

 そこにはセーラー服を着た地元の三人の女子中学生が横並びで歩いている。ひとりが後ろを向いて「そうそう」って相槌を打ったので、どうやらぼくの事を言っているのではなさそうだ。僕が前から歩いていても、その三人には周りの事が眼中に入ってない。

 すれ違う時、気を遣って道を譲るのだけども、横に並んで広がっていた三人はフォーメーションを崩すことなく、当たり前のように堂々と横並びで僕とすれ違っていった。

 自転車も車も通る住宅街の道を遠慮もなく広がって歩き、前から来る人がいても道を譲るそぶりもなく『お前がどけ』と粋がっている。

 見ていて不快だし、こういう女子とは絶対に関わりたくない、いかにも嫌いなタイプだった。

 すれ違った後、キャッキャと調子にのってバカ騒ぎしている声が肩越しに聞こえてきた。

 その三人のあとから少し離れて、髪の色が茶色い女の子がゆっくりと俯き加減で歩いていた。この子がさっきの三人にキモいといわれていたのだろう。

 その女の子も心に何かを秘めたように、暗さが僕の目に映った。

 彼女との距離が近まり無意識に僕が端に寄ると、彼女は顔を上げ僕と目が合った。一瞬軽くお辞儀をしたように微妙な頭の動きを感じた。それが道を譲った時の気配りに対するお礼のように思えた。恥ずかしい気持ちが混じって堂々と出来ないながらも、常識を踏まえて礼儀を重んじようと精一杯に表わしたそれは、確実に僕に伝わった。そんな些細な事が、その時の僕には衝撃的で心をじんわりと温かくした。思わず喉の奥から息が漏れるように「あっ」と小さく出たのだけれど、彼女はそのまますれ違っていった。

 顔を見たのは一瞬だったけど、目だけは鋭かった。何かに耐えてる無表情さもどこか暗かった。だけど笑ったら絶対にかわいい子だと僕は確信する。事情があるからそんな態度になっているだけだ。それは僕にはよく理解できる。

 先ほどの言動から前を先に歩いていたあの三人の女子が学校で彼女をいじめているのかもしれない。僕はその時、彼女に対して頑張れって声を掛けたくなった。でもそんなこと僕に出来るはずがなかった。

 振り返って、その女の子の後姿を暫く目で追っていた。そのまままっすぐ歩くと思っていたら、急に立ち止まって辺りをキョロキョロしだした。何かを探している様子だ。

 すると、低木の集まる垣根から猫が顔を出し、女の子の足元へと寄っていった。さっき見かけた白と黒の猫だ。猫は尻尾を立てて、女の子の足元にまとわりついて甘え出した。

「○○ちゃん」

 女の子が猫の名前を呼んだけど、はっきりと聞き取れなかった。

 名前を呼び、懐いている猫の様子から、今日初めて会った仲ではないのだろう。

 女の子はしゃがんで猫を撫で始めた。次に肩に掛けていた鞄から何かを取り出して、その猫に見せると、猫は前足を女の子に向けて二本足で立ち上がった。うるさくニャーニャーと催促の声が聞こえた。

「今、あげるからね」

 スティック状のものを手に持って先端をやぶる。猫は待ちきれないのか、女の子の手に前足を掛けて、自分に引き寄せようとする。

 女の子は先ほどと違って満面の笑みを浮かべていた。猫の強引な催促を楽しんでいる。こちらも見ていて癒された。猫にあそこまで慕われている女の子が羨ましいと笑いながら思っていた。

 あの子と知り合いになりたい。一緒に猫に餌をあげたい。

 そんな感情を抱いたとき、あの女の子が気になって仕方がなくなった。

 猫を前にすると本来の素直な表情が出る。やはり僕が思った通り、笑うとあの鋭い眼光がマイルドに優しくなってかわいい。

 なぜあの三人の女子から虐められているのかわからないけど、女の子は虐めに負けるような感じがしなかった。静かに過ぎ去るのを我慢強く待っているのか、自分に降りかかる災難を気にしないようにしようと自分をまだ見失ってない。少なくとも僕にはそう感じられた。

 僕はできるだけ道の端に寄ってさりげなくスマートフォンを操作しているふりをする。電柱があったし、新緑で青々とした葉っぱで覆われた木々もあったから、自然と景色に溶け込んでいたはずだ。

 ああ、あの女の子が気になる。ちらっちらっと視線を向けながら、こっそりと盗み見をする。

 すれ違ったときの些細な気配りと、そして猫に向けたあの屈託のない笑顔がとても素敵だったから、あの女の子に心掴まれてしまった。

「それじゃ、またね。バイバイ」

 餌やりが終わった様子だ。女の子は立ち上がり、猫に振り返りながら去っていく。

 猫はついていきたそうに、またはもう少し餌が欲しいとねだりながら、尻尾をピーンと立てて女の子に向かってニャーオと一声鳴いていた。僕と同じように女の子が去っていくのを目で追って名残惜しそうにしていた。

 女の子が遠く離れていくと、猫は座って顔を洗い出した。丁寧に何度も前足を舐めては顔を擦っている。美味しいものを貰って満足なのだろう。

 僕はそっとその猫に近づいていく。

 猫は動きを止めて、僕をじっと見ていたけど、僕が何も危害を与えないと分かると、優雅に足を開いてお腹を舐め始めた。

「なあ、猫、あの女の子は誰なの?」

 猫は僕のことなどお構いなしに、毛づくろいに励んでいた。訊いても無駄なのは分かってたけど、訪ねたくなってしまった。

 猫は動きを止め、女の子が去っていった方向を見つめる。その後に、僕を見た。

 そして立ち上がって、のっそりと歩いたあと、後ろ足の瞬発力でコンクリート塀を駆け登っていった。

 もう一度僕に振り返ってから塀を伝って歩いていった。

 お前も餌をもってこいと思っていたかもしれない。張り紙には猫に餌を与えるなとはあったけど、あんなに喜んで懐いている姿を見ると、餌をあげたくなってしまう。

 それが迷惑行為だとしても、ばれなければいいんじゃないだろうかと思ってしまった。

 女の子だって、あの張り紙の存在を知っているだろう。それでも餌を与えるのは彼女にとって猫は友達なんだと思う。自分に寄って来てくれる者を無視するのは難しいもんだ。

 今度またいつあの女の子に会えるだろう。そう思ったとき、僕ははっとして走り出していた。

 名前も知らない、学校も違う、接点が何もない、すれ違ったあの子。

 偶然今日は出会えたけど、いつもその偶然が続くとは限らない。今、彼女がどの辺に住んでいるのか知らなければ、探しようもないだろう。

 今なら彼女に追いつけるかもしれない。すでに姿は見えなくなったけど、勘を頼りに僕は彼女の通学路を推測する。

 これは運命の出会い。人を避けていた僕が、興味を持ったのは彼女に何かをピピピと感じたからだ。彼女と今日出会ったのが僕にとっての必然性なら、僕は彼女とどこかで何かの縁があるに違いない。説明がつかない感覚を体で感じ取った。

 その時、目の前の景色が二重に見えたかと思うと、波打つようにまた一つになったように見えた。体から僕の波長が波紋のように広がってそれにまるで反応したかのようだった。直感が目に見えて、不思議な力をやどったようだ。こっちを進めばきっと彼女がいる。そう強く思ったらほんとにそうなった。

「あっ、いた」

 僕は彼女を見つけられた。その瞬間、ドキドキと心臓が高鳴った。

 車が激しく通る道で信号待ちをしていた彼女。人通りもあるし、道路を渡ろうとしている人にまぎれて僕が近づいても不自然じゃない。

 でもそのあとをどうすればいいのだろう。いきなり声なんて掛けられないし、掛けたとしてもその後何を話していいのかわからない。彼女の後姿を見ながらドキドキとしていた。

 そして信号が青に変わり、彼女は堂々と横断歩道を渡っていく。

 彼女に知られず、後をつけようと、一瞬僕の足も同じ方向を向いたけど、僕は中途半端に足を上げただけでやめてしまった。声を掛ける勇気もないのに、後をつけたらただのストーカーだ。そんな行為をしているのが彼女にばれたら、もう弁解の余地がない。

 なんで彼女は猫に餌を与えている時、鞄から他のものを落とさなかったんだ。落し物があったら、どんなによかったか。

 さりげなく追いかけて、これ落としたよって声を掛けられたのに。

 そんな事を考えながら、信号の青が点滅し赤に変わっていた。

 彼女は僕の存在を知らず、道路を渡りきって先を歩いていく。次また会えるだろうか。見かけても声をかける事は僕には出来そうもない。でもまた彼女に会いたい。

 そう思ったとき、僕は今からその口実を作ろうと猫の餌を買いに行く。

 あの白と黒の猫に餌をあげたら、あの女の子の方から僕に声を掛けてくれるチャンスがあるかもしれない。猫がきっかけで仲良くなれるのではないだろうか。

 いい事を思いついて顔がにやけて、それでいて上手く行くと思うと胸が高鳴って心地いい。

 どんよりとしていたはずの曇り空が、この時西の方で切れ目が出て光が差し込んだ。それが尾を引いて光の筋が見えた。なんて神々しい。

 大げさだけど、僕の心の中を見ているようでもあった。

 これってもしかして初恋なのかな?

 久しぶりに、自分におかしくなって笑いそうになる。それをぐっと堪えてていると肩が震えた。初恋の味を知った僕はふわふわした足取りでスーパーに向かった。

 猫の餌なんて何を買えばいいのか悩んだけど、じっくりと色んなものを見てから、あの女の子が持っていたスティック状のおやつと、パックに入ったシールをはがすだけのウェットタイプのものを買った。それを学生鞄に入れて毎日持ち歩く。ただそれだけで、楽しみができて荒んだ心が和らいでいた。

 誰かを好きになることが、こんなにも力を与えてくれるなんて思ってもみなかった。恋の力ってすごい。彼女の通う中学に今からでも転校したいとまで思う始末。あまりの心の変わりように、自分でもあきれてくるのだけども、久々に周りの色がはっきりと見えて違う世界に来たみたいだ。こうやって物事は意識の変化でいつも違ったものになれるのかもしれない。

 それでも表向きはいつもの僕だから、心の変化がコロコロ変わっているなんて誰も気がついてないだろう。僕だけがひとり一喜一憂していただけだ。

 意味もなく卑屈になっていた事が今となっては恥ずかしい。まあ、いっか。学校の友達はいつものように僕と接してくれるし、僕だけの隠れた問題だったのだから。


「あれ、隼八、なんかいい事あったのか? 今日はなんかよく笑うな」

 休み時間みんなと固まって話していると哲が言った。

「そうかな」

 僕は何気なさを装う。

「お前のことだ、なんか美味しいものでも食べたんだろ。それとも誰かに恋をしたか?」

「えっ、そ、そんなこと……」一度は嘘をつこうと思ったが、「あったりしてな。ハハハ」と答えていた。

「おい、おい、まさか隼八が、嘘だろ」

 哲も周りのみんなもびっくりしてたけど、その話題で話が盛り上がって僕中心にもてはやされた。自然体でいつも僕に付き合ってくれるくったくのない哲の笑顔に、僕は心の中でごめんと謝った。やっぱり哲はいい奴だ。

 自分で処理できない感情を抱いたとき、周りがよく見えなくなって卑屈になってしまう。一度ネガティブになってしまうと、ずるずると全てに影響して、何をしても否定的に面白くなくなってしまうのが人間の弱い心だ。

 精神のバランスが崩れるのは心の病気だ。僕はそれを患っていたんだ。その負に陥っていく過程を僕は身をもって学んだと思う。

 それも人生の一部なんだと、今なら受けいれられる。

「なあ、哲、数学の宿題ちょっと見せてよ」

「やだよ」

「ケチ」

「分かったよ、じゃあ後でなんか奢れよ」

「ああ、いいよ」

 それで全てがチャラになるのなら、何だって奢るよ。

 僕は宿題をきっちりしていたにも関わらず哲からノートを受け取った。罪滅ぼしのきっかけがほしかっただけだ。

 あの女の子は今学校でどう過ごしているだろう。虐めにあって、今は辛い思いをしているのかもしれない。僕がそれを変えてあげられたらどんなにいいだろう。

 勇気を出して声を掛けてみようか。だけど、もし嫌がられたり嫌われたらどうしようか。

 今度は恋に悩む者になってしまった。僕は自分の事をまだよくわかってない。分かってないから、ころころと気持ちが変化して、それに戸惑っては嫌気がさしたり、恥ずかしがったり、そして粋がったりと、本当にめまぐるしい。

 一言で言えば思春期。

 なんて便利な言葉だろう。こんな状態を簡単に言い表せるなんて。実際はとっても心苦しくてたいへんなのに。

 でもまだ僕はこの先にもっと試練があるなんて想像もつかなかった。

 ひとつが片付いて、ひとつがまたやってくる。そんな状態が繰り返されるとは漠然に思っても、衝撃になってどーんとやってくるなんて思わなかった。

 これは僕が悪いんだろうか。

 着々とそこに向け、物事が動いていった。

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