298 - 「黄金のガチョウのダンジョン12―世界主」


「お前ら何もすんじゃねぇーぞ!」


「彼からは交戦の意思が感じられんが、さて」



 ジャコが部下に釘を差し、タコスが腕を組んだ仁王立ち姿で、炎の翼を生やした男の接近を待った。



(事前情報にはなかった冒険者か。祝福された庭師ブレスト・ガーデナーとの関係も気になるところですな……)



 そう思案していたタコスが、遠方からこちらの様子を伺っている祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのふたりに一瞬視線を移すと、背後から部下たちの囁き声が聞こえてきた。



「炎の翼か。ケイ、お前と同じ火の加護持ちか?」

「俺ならわざわざ翼を具現化しなくても飛べる。別の加護じゃねぇか? 少なくとも火の加護の下位互換だな」

「そうか。なら、あの悪魔デーモンたちはなんだ? 上級悪魔ハイ・デーモンもいるぞ」

「俺が知るかよ。どちらかといえばメストの領分だろ?」

「いや、分からないから聞いたんだが」

「メスト、ケイ、うるせーぞ! 黙って待機してろ!」

「ユージの声が一番大きい」

「あ? サヤ何か言ったか?」

「なにも。カシの寝言じゃないかしら」

「え? もしかして俺、気付かないうちに寝てた? 寝てなかったよね?」



 タコスがやれやれと軽く溜息を吐く。


 軍人のように規律のある動きをするのは、それが効率的であり、その様が美しいというだけで、彼らは軍人というわけではない。


 もちろん、軍人以上の過酷なタコス式訓練を乗り越えてきた猛者たちではあるが、組合の首領であるタコスに忠誠を誓った信頼のおける部下たちでもあり、趣味や目的を同じくする芸術仲間であるという側面も強い。


 ロンサム・ジョージや上級悪魔ハイ・デーモンを目の前にしても動じていないのは、それだけの実力があるからだ。


 ヴィリングハウゼン組合の隊長クラスにもなれば、その実力は祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのマーティン・ガーデナーや、腐敗の運び手ロット・ライダーのジャコ・シャ・コらAAランカーとも引けを取らない。


 しかし、仮にも上級悪魔ハイ・デーモンを従えているように見える勢力を相手に、些か緊張感がなさすぎるのも問題だとタコスは感じていた。



(そろそろ強き者と対峙する良い機会だと思ってはおったが、先に今の境地を超えさせておくべきだったかもしれんな)



 炎の翼を広げた男から微かに感じる身に覚えのある気配・・・・・・・・・に、タコスが「うーむ」と唸る。


 今回の任務は、タコスが忠誠を誓う主から直々に下された指令であり、ヴィリングハウゼン組合の実力者たちを総動員して当たる最重要任務であったが、その男に関する情報は何一つなかった。


 それが気がかりだった。



(ルートヴィッヒ様はあの男のことを認知された上で、些末なことだとお教えくださらなかったのか、それとも……)



 男が降り立ち、炎の翼を消すと、タコスへ向けて自己紹介を始めた。



「俺はセラフ。あの悪魔デーモンたちはこちらの使役モンスターだ。このダンジョンへ潜ったのは偶々だが、いくつか聞きたいことがある」


「ほう、セラフ殿とな? 我輩はヴィリングハウゼンのタコスである。この特殊なフロアに偶々招かれたのであれば、これも何かの縁ですな。聞きましょう。その代わり、我輩からも質問よろしいですかな?」


「ああ、構わない」



 お互いに頷き、セラフと名乗った男が先に口を開いた。



「あなたが、フログガーデン大陸に昔に存在していた王族、ギガンティアの末裔という噂を聞いた。それは事実か?」


「ほう?」



 その質問に、タコスが鋭い視線に変わり、ヴィリングハウゼン組合の隊長たちが剣呑な雰囲気を纏う。


 フログガーデン大陸と戦争状態にあるワンダーガーデン大陸において、その話題は禁忌とされていたからだ。



「答える前に、その質問の意図を聞いてもよろしいかな?」



 少しの沈黙があり、セラフの視線が横にそれる。


 その意図にタコスが気付く。



「ふむ、少々周りの目が気になりますな」



 タコスが指を鳴らすと、地面に青白く光る魔法陣が出現した。



「警戒は不要ですぞ。これは外との音を遮断する簡単な魔法陣ゆえ」



 魔法陣の外枠から光が発生し、魔法陣を囲うように半円の膜ができる。


 すると、何か意を決したのか、男が重い口を開いた。



「俺はフログガーデン大陸から来た。ギガンティアの唯一の生き残りと聞かされていた、ベル……ベルポルテュ・ローズ・ギガンティアとは友人関係だった。だから、その噂が気になっただけだ」


「なんと……」



 タコスの目が大きく見開かれる。



(ローズの隠し子の名を、なぜこの者が知っておるのか)



 目の前に立っている男の真意を見極めようと、タコスの視線が再び鋭いものに変わる。



「もし、我輩が事実無根だと言えば、セラフ殿はその言葉を信じるつもりですかな?」


「信じる」


「ほぅ、初対面の者の言葉を信じると?」


「ああ、信じる。その上で、俺はこの後の行動を決める」


「うーむ」



(嘘を言っているようには見えんが、真意が読めんのう。ギガンティアの話題を出すということは、その血を求めているか、根絶やしにしようと考えているかのどちらかだとは思うが)



 タコスが口髭を触りながら、どう答えたものかと考えていると、セラフが話を続けた。



「答えられないなら、答えなくてもいい。初対面の者に問われて答えるような軽い話ではないのは承知している。ただ、15年前のあなたはどこでどうしていたのかだけは教えてほしい」


「15年前ですと……」



 再びタコスの目が大きく見開かれる。


 15年前といえば、タコスにかかっていた呪いが解かれた時期と一致する。


 そしてそれは、タコス自身しか知り得ない情報でもあった。



「フゥ……偶然の一致として片付けるには難しい質問ですな。いいでしょう。信じるか信じないかはセラフ殿の勝手ではあるが……」



 そう前置きした後、ひとつ咳払いを挟み、話を続けた。



「如何にも、我輩はギガンティアの末裔である。15年前は訳合って別の場所で保護されておった」


「別の場所とは?」


「この世界とは異なる空間、といえば分かりやすいですかな?」


「つまり、ギガンティアの末裔を縛っていた、戒めの像の呪いが届かない空間にいたと?」


「そうなりますな」


「そうか……」



 セラフが視線を下げると、何か腑に落ちた様子で、肩の力を抜くように息を吐いた。


 そしてすぐ視線をあげる。


 先程とは違い、その瞳には懇願するような雰囲気があった。



「もし、15年前にあなたと会うには、どこへ行けばいい?」


「15年前に? 不思議なことを聞きますな」


「この世界に戻った最初の場所でも、その周辺の名でもいい。教えてほしい」


「ふむ、まぁいいでしょう。確かその時は、ワンダーガーデン大陸の東部、クローバー領にある、とある貴族の別荘にいたと思いますぞ」


「その貴族の名は?」



 その質問に、タコスの目つきが変わる。


 自身の関係者、つまりは主の情報を探ろうとしているのかと、訝しんだからだ。



「……その質問に答える前に、我輩からもいくつか質問よろしいですかな?」


「ああ、すまない。なんでも聞いてくれ」


「セラフ殿からは、世界主ワールド・ロードに似た気配を感じる。どの世界主ワールド・ロードに仕えておるのだ?」


世界主ワールド・ロード? それは……なんだ?」


「しらを切っても無駄ですぞ。世界主ワールド・ロードの眷属である我輩には、気配で分かるゆえ」



 重要な情報だが、世界主ワールド・ロードと関わりがない者からすれば価値のない情報でもある。


 世界主ワールド・ロードの眷属同士であれば、お互いが気配で分かるため、その事実を隠すことはできない。


 だが、セラフは本当に知らないように見えた。



「俺は自分で気付いていないだけで、もしや誰かの眷属なのか……?」



 そう疑い始めたセラフに、タコスも困惑する。



(どういうことだ? 本当に世界主ワールド・ロードの眷属ではないのか? 確かに、少し違う気もするが……眷属の気配というよりは、我が主に近い気配が……)



 すると、その男が意外なことを口にした。



「ロード違いかもしれないが、闇の支配者ザ・ダーク・ロードという称号は持っている。それが関係しているのか?」


「い、今なんと……?」


「以前、闇の化身を倒したときに、闇の支配者ザ・ダーク・ロードの称号と、その力を得たことがある」



 闇の支配者ザ・ダーク・ロードとは、無限に広がる闇の空間を支配している者たちのことであり、次元に存在している数多の世界を管理している世界主ワールド・ロードとは、似た存在である。


 その差は、次元に存在している世界か、闇に存在している世界かの違いでしかない。



(もしや……そんなまさか……だが、確かにこの気配であれば信憑性が……)



 タコスの中で、違和感を感じていた正体が明らかになり、その理由がパズルのようにハマっていく。



「なるほど! だから上級悪魔ハイ・デーモンを従えていたわけか!」



 正確には上級悪魔ハイ・デーモン闇の支配者ザ・ダーク・ロードは関係ないが、セラフは黙っていた。



(となると、我が主はまだこの男の存在に気付いていない可能性も出てきましたな。ここは穏便に済ませた上で、後ほど主に判断を委ねるが正解ですかな)



 タコスがセラフへ答える。



「セラフ殿が闇の支配者ザ・ダーク・ロードであるなら、我が主もさぞ興味をもつことでしょうな」


「その主というのは、誰なんだ?」


「ふむ、ロードであることを打ち明けていただいたことですし、いいでしょう。協力の証として、お教えしますぞ」



 タコスは勿体ぶるように少し間をおいて、ゆっくりと口を開いた。


 単純に、それほど重要な情報というのもあるが、何よりこれを打ち明けてもいい状況など滅多に訪れないため、興が乗っただけである。



「我が主であり、我輩を死の淵から救ってくださったのは、最高芸術卿として帝国でも歴史に名を連ねるルートヴィッヒ・エミール・グリム様、その人ですぞ!」


「グリム……か。なるほど」



 驚きも少なく、なぜか納得した様子のセラフに、タコスが少し不満げに話す。



「あまり驚いていないようですな」


「その人が誰なのか知らないだけで、他意はない。ただ、グリムという名に聞き覚えがあるだけだ」


「ほほう、その名を知っているということは、やはりこの世界の管理者のこともご存知だということですな?」


「まさか……グリム兄弟か?」


「やはりご存知のようで。左様、この世界――グリムの童話世界グリム・ワールド世界主ワールド・ロードは、グリム兄弟ですぞ。そして、ルートヴィッヒ様は、その末弟ですな」



 タコスのその言葉に、セラフは目を大きく見開き、驚きを顕にした。


 その反応を見たタコスが満足する。


 興が乗ったときに、つい余計なことまで口を滑らせてしまうのは、タコスの悪い癖でもあった。



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▼おまけ


【UR】 悲哀のメスト、4/1、(黒×2)(2)、「モンスター ― 人族」、[鬼神化Lv3(能力補正+3/+3、無差別攻撃化)] [闇魔法攻撃Lv3] [即死回避1]

「ヴィリングハウゼン組合の頼れる斬り込み隊長であり、第二班隊長。普段は沈着冷静だが、一度スイッチが入ると手が付けられない鬼神と化す。本人はそのことを気にしており、大暴れした後はいつも自己嫌悪に陥るため、部下から悲哀のメストと呼ばれるようになった。偶に空気の読めない発言で、場を氷らせることもあり、それも気にしている――冒険者ギルド受付嬢オミオの手帳」




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