220 - 「ララとキング」
まだ微かに焦げた臭いが残る船内の一室で、看守服をラフに着崩した金髪無精髭の男――キングが、机に並べられた料理を貪っている。
その様子を白けた様子で見つめながら、白いティーカップに口を付け、ちょびちょびと白湯で喉を潤しているのは、
二人は、マサトが巨大奴隷船オサガメを制圧した後、部屋主がいなくなった個室に集まり、休憩という名の密談を交わしていた。
「丸焦げになった人の死体を嫌という程見た後で、よくもまぁそんなに肉をガッつけるかしら」
「んなこと言ったって、牢獄の飯はクソ不味い上に少なかったんだからしょーがねぇーだろ。腹減ってちゃ、出る力も出ねぇよ」
「結局、今回は何もできなかった奴がよく言うかしら」
「いやいやいや、ちょい待て待て。俺は上手く誘導させた方だと思うぜ? 現に生きてるだろ?」
「究極の結果論かしら。もう少しで死ぬところだった事実は変わらないのよ」
「元はと言えば、ララがあんなの買ったのが原因じゃねぇーか。自業自得だ。諦めろ」
「チッ、あれ程までに力が強いとは思わなかったかしら。想定外のその上を軽く飛び越えていったのよ」
「バハッ、だから白湯なんて味のねぇーのさっきからちびちびやってんのか?」
「誰がチビかしら!」
「そのチビじゃねぇーよ!」
「そんなの分かってるかしら! ララもそこまで馬鹿じゃないのよ。馬鹿キング」
「あーはいはい。そーでございますかー。心配してやって損したぜー」
「プンッ! キングに心配される程、落ちこぼれてないかしら」
「はいはい。でも、相当辛ぇーから
キングの鋭い指摘に、ララが言葉を詰まらせる。
「……こういう時の観察眼だけは鋭いかしら。そうなのよ。ララは相当無理したのに、あいつはどこ吹く風だったかしら」
「俺もそこは想定外だったな。まぁお陰ですぐプランBに移行できたが」
「キングは諦めが早すぎるかしら! 薄情者と罵られてもおかしくないくらいの潔さなのよ!」
「いやいやいや! そこは冷静に状況を判断したと褒めるとこだろ! なんだその薄情者って!」
「一回くらいダメ元でぶつかるくらいするかしら! キングはそれが出来るだけの力はあるはずなのよ!」
「馬鹿! それやったらそれこそ取り返しつかなくなってただろ! 計画がご破算になるどころか、今頃皆魚の餌か灰のどっちかだ!」
「キングだけ灰にされてれば良かったかしら!」
「もはや意味が分からねぇ! ただの八つ当たりだろそれ!」
「死ね馬鹿キング!」
「死ねとはなんだチビ!」
「チビじゃないかしら! この姿は
「はいはい、余程悔しかったんだな。可哀想に」
「チッ」
毎度不毛な言い合いに発展して話が逸れた後、話を戻すのはキングの役割だった。
疲れた様子で肩を落としたキングが「はぁ……」と溜息を吐いた後、気怠そうに肉を頬張りながら半目で仕切り直した。
「で、何か分かったのか? あいつの事」
「古代人であることは間違いないかしら。あれを買うとき、加護調べの水晶が古代語で表示されたのも、きっと故障なんかじゃないのよ。目を覚ましたら問いただそうと思っていたのに、馬鹿みたいに寝起きの悪い奴だったかしら」
「バハハッ、違いねぇ。起きて早々看守ぶっ殺して、船を乗っ取ると言い出した時は内心焦ったぜ。でもやっぱりか。じゃああいつが例の?」
「そこまでは分からないのよ。でも、噂の人物像と一致する部分が多いかしら」
「そうか…… あいつが、突然姿を消したフログガーデンの英雄様か」
「キングはなぜ毎回そっちの二つ名の方を口にするのかしら。ワンダーガーデンでは、
「バハッ! そんなプロパガンダに惑わされてちゃ世話ねぇーぜ。ララも知ってんだろ? ヴァルト帝国の本質をな」
「それは聞かない約束かしら。ララは好きな事を好きなだけ出来れば、誰が統治者でも関係ないのよ。ララ以外の誰かが不幸になっても、ララには興味がないかしら」
「ひっでぇ。血も涙もない鬼畜発言だな」
「偽善や生温い正義感より数億倍マシなのよ」
「それは本心だな」
「それ以上、ララを観察したら殺すかしら」
「無理無理、やめとけ。本調子でも無理なのに、今のララじゃどう足掻いても無理だろ」
「チッ、ムカつくかしら。本調子なら負けないのよ。キングなんてけちょんけちょんのぺっちょんぺっちょんの、あそこちょっきんかしら」
「最後だけエゲツなっ! 冗談だとしてもやめろ恐ろしい! で、どうする? 南部に着いて、何もなく中央へ行けるとは思えないぜ?」
「確実に
「奴隷軍船アカガメの船長か。確か、鳥人族のいけ好かねぇ野郎だったよな。それこそ、人をゴミのように扱う鬼畜野郎だ」
「奴隷商ギルドにまともな人間なんていないかしら。まともな人間なら奴隷商なんてやってないのよ」
「まぁそうだな。んで、潰すのか?」
「そう仕向けるしかないかしら」
「結局はそうなるか。まぁこうなっちゃ穏便にやり過ごすのは無理だし仕方ねぇか」
「そういう事かしら。でも、騒ぎが大きくなり過ぎないように気を付けるのよ」
「そりゃ…… 無理だろう」
キングの言葉に、ララもセラフの言動を思い出し、顔を歪める。
「だとしても、南部で大きい騒ぎを先に起こしたら、南部まで来た意味がなくなるかしら。キングのなんちゃって話術でどうにか納得させるのよ」
「なんちゃっては余計だろ」
「必ず納得させるかしら! 大きな騒ぎになれば、必ずアリスが先にやってくるのよ。中央のあれを壊す前に、アリスと戦っても無意味かしら。当初の計画が達成できなくなって困るのは、キングも同じなのよ」
「アリスにはセラフをぶつけて時間稼ぎすれば良いと思ってたが、やっぱり中央のあれを壊さないと駄目なのか?」
「駄目かしら。あの
「ほぉ? そりゃセラフがアリスよりも強いってことか? アリス命のララがそんなことを言うなんて珍しいな」
「あくまで可能性の話をしただけかしら。アリスが最強なのは揺るがないのよ」
「へいへい。しっかし、アリスの洗脳解いてどーするつもりだ? さすがに洗脳解いたアリス一人味方に付けたところで、ヴァルト帝国相手じゃ無理があるだろ? まだ
「アリスが
「それは高尚なお考えで頭が下がるところなんだが、その考えに俺の命を勝手にベットしてんのが、俺としては引っかかんだよな」
「そんな小さいこと気にするなかしら」
「小さいこと!? 俺の命だぜ!?」
「じゃあキングは降りるのかしら。ヴァルト帝国の第一王位継承候補のグリフィス・キング・ヴィ・ヴァルトは」
「はぁ…… だからその名で呼ぶなっつったろ。聞かれたら、聞いたそいつを殺さないといけなくなる」
「じゃあどうするのかしら。男ならはっきりするのよ」
「やるやる。やるよ。ったく。俺が奴らを殺す為には、ララの力が必要だって分かってて言ってやがんなチキショー」
「当たり前かしら。ララとキングの利害は一致してるのよ。今更ごたごた言うなかしら」
「へいへい。まっ、いいか。強力な味方も得た事だしな。結果オーライだ」
「まだ味方だと判断するには早過ぎるかしら」
「あぁん? 大丈夫だろ。心配すんな」
「その根拠は何かしら」
「勘だよ、勘」
「なら信用するかしら」
「バッカ! 俺の勘は良く当たるんだぜ!? 信用して損は…… って、あ? 今なんつった?」
「信用するといったのよ。耳くそ詰まってるんじゃないかしら」
「そ、そうか。なら良いんだ」
その後、二人の会話がピタリと止まり、その沈黙はキングが料理を食べ終わるまで続いた。
暫しの沈黙を経て、白いナプキンで口を乱雑に拭いたキングが、頭をぼりぼりと掻きながら話す。
「思わぬ拾い物をしたことは俺たちにとって幸運だったが、目的は変わらねぇ。俺は帝国を腐らせた元凶――帽子屋と猫野郎を殺し、ララは親友を助ける。俺を血眼で探してる奴らも、まさか
「殺した後はどうするのかしら。キングの方こそ、死ぬ気としか思えないのよ」
「バハッ! 俺がそう易々と死ぬ玉かよ! そんときゃ、親父ぶっ殺してでも王位を奪ってやらぁ!」
「はぁ…… キングは、相変わらず大馬鹿者なのよ」
「まぁ、そう言うなって。ララにとっても悪い話じゃねぇだろ。それとも何だ? 今更俺の事が心配になったのか?」
「プンッ! もう勝手にすれば良いかしら」
「ああ、勝手にするさ。最期までな」
柔らかく微笑みながらそう告げて部屋を出るキングの背中を、ララは口をギュッと閉じて見送る。
「キングは本当に馬鹿かしら。ララの親友はアリスだけじゃないのよ……」
ララの言葉は、キングに届くことはなかった。
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