150 - 「勝敗の行方」
光源のない地下通路で、ローズヘイム最大の暗殺ギルド――
だが、それは避けようのない事故でもあった。
地下通路に低級モンスターであるゴブリンが湧いていれば、力ある者なら討伐を優先するだろう。
それが王国の地下通路であれば尚更だ。
流石にゴブリンが
一方で、ゴブリンとはいえ、自身の配下となる構成員がやられた
その仲間意識による復讐心と、舐められたらギルドとして成り立たなくなる暗殺ギルドとしての矜持が、
結局のところ、相手が
ローズヘイムでは互いに干渉することを避けていた新旧二つの暗殺ギルドが、ふとしたことがきっかけで、殺し合いへと発展しようとしていた。
そして、現在。
先に仕掛けたのは、意外にも
引く姿勢を微塵も感じさせない強気な
オーチェの言葉を合図に、
だが、距離を詰める
人狼のガウルが両手に持った片手斧を交差させて防ぎ、
だが、
その他にも、数人が鞭の餌食になり、地面へと転がる。
「ほほぅ。それが噂に聞く
オーチェが笑う。
対する
黒いローブの背中に、赤い模様の入った
「聞こえなかったのか? お前達が殺したゴブリン一匹につき、白金貨20枚だ」
相手を見下すように言い放つ
その言葉に、場が凍りつく。
「クックック、そこまで言うのであれば仕方がない。払ってやろう」
オーチェが、ゆっくりと顔を上げながら一人歩き始める。
「お 前 達 の 命 で な」
そう告げたオーチェの口は耳まで裂けていた。
口には人の歯とは思えぬほど鋭利な黒い牙がみっしりと二重に並び、まるで生き物のように不規則に蠢いている。
「
だが、オーチェの動きは、その
瞬時に四つん這いの体勢になると、目にも留まらぬ速さで
顔が見えなくなるほどに大口を開け――
「ぐっ!?」
皮がブチブチィイと引き千切られ、肉片とともに鮮血が舞い散る。
オーチェの口からは大量の血が零れ落ち、
顔を歪めながらも、
「
生のない
肉体は既に死んでおり、破壊したところで闇の力で修繕されるだけだ。
それ故に、咄嗟に光魔法で対抗しようとした
だが、少人数での接近戦において、
「馬鹿な!?」
まさか魔法を打ち消されるとは思ってもいなかったのだ。
通常、詠唱のない魔法は威力が落ちるか、不発になる確率が格段にあがる。
だが、[
そして、詠唱がないということは、魔法の行使に合わせた
予備動作がなければ、魔法行使に合わせて妨害などできない。
だが、打ち消された。
打ち消されてしまった。
それが
「クックク、ハハハッ!!」
耳元で、ジュルジュルクチャクチャと血を啜り、肉を咀嚼する音が響く。
オーチェを引き剥がそうにも、上手く身体に力が入らない。
「くっ……
自力での脱出が困難だと判断した
すると、
だが、オーチェはそれを逸早く察知。
そして、四つん這いの姿勢のまま、天上を這うようにして素早く動き回り、
身体が天地逆さまになりつつも、首だけが180度回転して地を向くと、その奇怪な体勢のまま、黒い牙を剥き出しにして笑いながら、噛み切られた首元を抑える
「生きたまま食される気分はどうだ? ククク、お前が提示した額の倍払えば、見逃してやってもいいぞ? どうする?」
ケタケタと笑うオーチェ。
「……気が変わった。貴様ら
掌にいくつもの光の線が走ると、その光は一本の短剣へと形を変えた。
その刀身は、白く、淡い聖なる光に包まれている。
「クククッ、光の加護をもつ短剣か。だが、その傷でどう…… 何?」
そう話したオーチェの瞳が見開かれる。
その視線の先、噛みちぎったはずの
「傷がどうした。まさか首に噛み付いただけで勝ったとでも思ったのか?」
表情を変えず、淡々と告げる
そして――
「奴らの息の根を止めろ。総員、かかれ」
◇◇◇
踠き苦しむテナーズに、マリンが解毒薬を乱暴に浴びせながら声を荒げる。
「ダッサ!
「…それは偏見だ。全ての
「泣き言はいいから早く弓であいつの頭を射抜きなさいよ! いつまで大して上手くもない短剣握ってる訳!? 戦い舐めてんの!? ねぇ! 死ぬの? 死にたいの!? ねぇってば!!」
「…言われなくとも分かってる。前衛は任せた」
「はぁ!? 調合師のアタシが前衛できる訳ねぇーだろ鱗野郎! 殺すぞっ!!」
「…はぁ ……来るぞ」
テナーズが素早く弓を構えると同時に、鞭のように伸びる白い骨の剣を袖から出した
更にその背後から、十数匹のゴブリンが続く。
「クソクソクソが! あーイライラする! これでも喰らいやがれぇっ!!」
マリンが緑色の液体が入った瓶を投擲すると、すかさずテナーズが矢でそれを射抜く。
瓶は破裂し、
迫る毒煙を確認した
桃色の液体は、マリンの調合毒を中和する解毒剤だ。
これで、敵は解毒剤なく毒煙の中で戦わなければいけなくなった。
相手が引かなければ、この場での戦いは有利になるだろう。
――いや、そのはずだった。
「残念ながらあちらに引く気はないようです。皆さん来ますよ!」
ヴァゾルが警戒を促し、
直後、数人が毒煙から飛び出し、
すぐ様、
最前衛にいたヴァゾルには二人、他の
「そうきましたか。私達に連携をさせないつもりですね。個々の実力を見定めて、勝てる戦力を適切に割り当てる。良い判断です」
ヴァゾルが敵を称賛しながらも、
オーチェには三人の
天井やら壁を、重力を無視して這いながら素早く移動するオーチェ。
「ククク、キィハハ!」
返り血を浴びながら、オーチェの甲高い笑い声が響く。
だが、そこへ眩いばかりの閃光が走った。
「ギィッ!?」
その閃光に、オーチェが怯み、動きが一瞬止まる。
「チッ、煙のせいで効果が落ちたか。貴様の声は耳障りだ、今すぐに消し去ってやる」
先程の光は、
動きを止められたオーチェが
「カジート!
「この状況じゃ無理だ! 誰かこの骨鞭女を止めてくれ!」
カジートが、サーベルの仕込まれた杖で、
近接戦が多少できるとは言え、
それどころか、
カジートにとっては、近接戦の間合いでの戦闘を挑まれること自体不本意だったが、他の
ヴァゾルが
「珍しく劣勢です。予想外に、あちらの個々の能力が高い。流石、ローズヘイムで最も規模の大きい暗殺ギルドなだけはあるようですね。オーチェ、どうしますか? このままではこちらの被害も大きくなりそうですよ」
「クククッ、暫く腑抜けた戦いばかりだっただろう? 鈍った身体を鍛え直す良い機会だとは思わないか?」
オーチェの言葉に、ヴァゾルがやれやれと頭を左右に振った。
その間も、
「後で辛い後遺症に苦しむので、この力はなるべく解放したくないのですが…… 仕方ありませんね。仲間の為です」
そう一人呟くと、ヴァゾルは右手側にいた
ヴァゾルに隙が生じる。
その隙を、左手側にいた
白い剣線が、ヴァゾルへと迫る。
ヴァゾルをもってしても躱すことが困難なタイミングでのカウンター。
だが、ヴァゾルはあたかもそれが狙いだったかのように、振り下ろされる剣諸共
ザリュッと剣が肉を引き裂く音が響き、剣先が途中で止まる。
「――ッ!?」
「貴方の血は、私の中で新たな血となります。決して無駄にはしませんよ」
直後、
それまで必死にもがいていた
ローブから覗いた手がみるみるうちに痩せ細っていく。
一方で、ヴァゾルの腕や身体はみるみるうちに太く、大きくなり、ついにはその背中から大きな黒い翼が生え始めた。
「ご馳走様でした。良い喉越しでした」
ヴァゾルが顔を上げ、皮と骨だけになった
先程とは存在感が段違いに跳ね上がったヴァゾルに、オーチェの動きに集中していた
「
「剥製ですか。それはあまりお勧めできませんね。
「そうか。ならば私の奴隷にしてやる。最高の身代わりになりそうだ」
「左様ですか。妄想するのは自由です。貴方のように、私の力を手に入れようとする者は珍しくありませんし。その欲の強さが、人族の強さの秘訣でもあるのでしょう。ですが、貴方はもう少し相手の力量を見極める力が必要なようですね」
そう告げたヴァゾルが目の前から消える。
次の瞬間、
「グフッ……」
「オーチェの動きについてこれなかったあなたに、私を捉えることはできません」
「チィッ!!」
胸に赤黒い剣を生やしたまま、強引に振り向き、背後へ斬りかかる
だが、既にヴァゾルの姿はなかった。
どこからか声が聞こえる。
「貴方達の反撃もここまでです。御覧なさい。貴方と
「………………」
毒により動きの鈍くなったゴブリン達が、一匹、また一匹と討ち取られていく。
「勝負がつきましたね」
いつの間にか、ヴァゾルが再び目の前に現れ、腕を広げるように立っている。
そしてまた喋り始めた。
「どういう原理か分かりませんが、貴方は首の動脈を噛みちぎられても、心臓をこの呪剣で貫かれても平気なようだ。傷が広がるどころか、すぐ消えてなくなってしまう。本当に不思議です。ですが、同情しますよ。貴方のその体質に、オーチェが強い興味を持ってしまったようですので」
ヴァゾルの横へ、黒い影が落ちる。
手足を地面へ着けていたその影は、ゆっくりと立ち上がると、血で染まった手の甲を長い舌で舐め回しながらケタケタと笑った。
「ククク、強力な再生の加護か? それとも不死の加護か? どちらにせよ、良いおもちゃになりそうだ。暫く退屈せずに済む」
「
ヴァゾルは、少し目を見開き「私がママですか? せめてパパの間違いでは?」と首を傾げたが、
「ほほぅ? まだ諦めていないのか。威勢が良いのは良いことだ。その顔が絶望に変わる瞬間が、より愛おしく感じられるようになる。さて、お前はどんな顔を見せてくれるのかな?」
オーチェとヴァゾルが動く気配を見せる。
「
そして、まだ息のあるゴブリンが吠えた。
――ガアアァァ!!
ゴブリンが再び
咄嗟に
だが、
「絶望するのは貴様の方だ!」
それを見たオーチェとヴァゾルが目を大きく開き――叫んだ。
「「カジート!!」」
オーチェとヴァゾルの声が重なる。
だが、そのカジートは、複数のゴブリンと対峙しており、即座に対応できる状況ではなかった。
「無理だ! 間に合わない!!」
「ヴァゾル!」
「仕方ありませんね!」
オーチェとヴァゾルが目にも留まらぬ速さで
だが――
「ギィッ!?」
「ぐっ…… これは!?」
二人を何かが阻んだ。
オーチェとヴァゾルの足を止めさせたのは、地面に突き刺さった一本の短剣から発生した光の壁と、
「小賢しい真似を!」
「やられましたね」
顔を歪めて立ち止まるオーチェとヴァゾルへ、
「いい表情だ。愛おしくなど到底思えないがな」
光球の回転が加速度的に速くなり、瞬く間に光の輪へと変化すると、その光の輪から大量の光線が前方へと放たれた。
狭い通路が眩い光で白色に染まる。
白に埋め尽くされた視界の先で、何かが爆発し、地面が揺れた。
「チッ…… 逃したか」
そこに
あるのは複数の死体と、通路の壁に開けられた大穴のみ。
丁度その時、ゴブリンの女王であり、マサトから召喚された仲間でもあるシュビラから念話が届いた。
『随分、派手に暴れておるようだの。援軍が必要か?』
『必要ない。敵は逃げた。だが、予想外に
『ほぅ、それほどの相手か』
『暗殺ギルドの
『ふっふっふ。歓迎の準備をしないといけないようだの。丁度、旦那さまからゴブリンの増援が到着する予定なのだ。戦力の補強はできよう』
『そっちは任せた』
『くふふ。任されたのだ。そなたも危険を感じたら、無理せずすぐに戻ってくるのだぞ?』
『ああ、分かっている。無理はしない』
『よろしい。そなたの身体は、もうそなただけの身体ではないのだからの』
クスクスという笑い声とともに、シュビラとの念話が途切れる。
「はぁ……」
目の前に転がっている無数の死体を見て溜息を吐く。
「連れてきたゴブリンは全滅か……」
最終的に、
連戦となれば、また勝てるとは言えない相手であることは間違いない。
辛勝とも言い難い結果に、再び溜息が出そうになるのをぐっと堪える。
今まで連勝を重ね、敵なしともいえる強力な力を手に入れた
来た道を引き返しながら、
「援軍は必要ないと言ったが、咄嗟に断らず、素直に増援を寄越してもらうべきだったか」
――――――――――――――――――――
▼おまけ
[C]
[装備補正+1/+0]
[装備コスト(3)]
[装備解除:一時的に光の障壁Lv1を発生させる]
[耐久Lv2]
「発動さえできれば、大抵のものを弾ける光の障壁を展開できる。問題があるとすれば、これを再び装備するのに数年かかるということだけだな」――
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