143 - 「満月の夜」


「とにかく、二人とも無事で何よりだ」



 オーリアが腕を組みながらそう話す。



「私が酒を探し回ってるほんの少しの間に、また揉め事に巻き込まれるとは…… マサトは本当にトラブルメーカーなのだな」


「オーリアがそれを言うのか……」



 とはいえ、何も言い返せないところが歯痒い。


 オーリアは、いつも言われている言葉を言ってやったかのように満足気だ。


 すると、民族衣装に着替えたノクトが、湿った髪を揺らしながら風呂場から出てきた。



「陛下、オーリア様、お先に失礼しました。お湯は張り替えておきましたので、どうぞお入り下さい」


「あいよー。じゃあオーリア先にいいよ」


「わ、私は最後でよい。血生臭いマサトが先に入るべきだ」


「あ、ごめん。血生臭かったか。自分では気が付かなかった。じゃあ先に入ってくるか」


「ああ、そうしろ」



 風呂場といっても、桶にお湯を張ってあるだけの流し場だ。


 入浴というより、行水。


 身体と髪を洗って汚れを落とすだけ。


 このサーズの地では、それが普通らしい。


 水が貴重なのだろう。


 ローズヘイムでは、魔導具アーティファクトを使った湯沸かし器やシャワーが使用されていたのに対し、サーズでは生活を楽にする魔導具アーティファクトが普及していない。


 というより、魔導具アーティファクトをほとんど見かけなかった。



「はぁ…… 不便だ…… 湯船に浸かりたい……」



 桶に入ったお湯で身体を流し、泡立ちの悪い濁った色の石鹸で頭と身体を洗う。


 すると、背後からノクトの声がした。



「陛下、お背中お流します」


「えっ…… ええっ!?」



 咄嗟に内股になり、背中を丸めて息子を隠す。


 情け無いが、仕方ない。


 風呂場に突然年頃の女性が乱入してくる経験など無い。


 別に見られても減るもんじゃないが――いや、自慢できるほどのモノを持っていないので、普通に見られたら恥ずかしい。


 それが年頃の、さらに言えば好みのタイプの女の子となれば――



「だ、大丈夫だから。自分でできるよ」


「いいえ。お手伝いさせてください。少しでも陛下に恩返ししたいです」



 この会話の間、俺は全裸だ。


 全裸で、風呂場においてあった木でできた小さな腰掛けに座っている。


 そして入口は俺の背後にあり、ノクトは入口から話しかけてきているため、向こうからは俺の背中と尻の割れ目が少し見えているはず。


 それでも動揺せずに入ってくるということは、その手のことに恥じらいはないのかも知れない。


 グーノムの奴も堂々と乳揉んでたし。


 いやいや、そんな馬鹿な話が――



「よ、嫁入り前の娘がそんなことをしたら――」


「お嫁にはいきません。いいえ、私はもうお嫁にいけません」



 それがどういう意味か、正確には分からなかったが、聞くのもはばかられた。



「だ、だとしても、大丈夫だから」



 俺が尚も拒むも、なぜか今回のノクトは引かなかった。



「いいえ。陛下は一般的な生活魔法が使えないとお聞きしました。そうであれば、桶に入れてあるお湯だけでは足りないはずです。私がお手伝いします」


「え、あ、いや……」



 俺の返事を待たずして側まで近付いてくると、石鹸を手に取り、背中を洗い始めた。


 ノクトの温かい両手が、背中を撫でるように上下する。



「陛下の背中、大きいです」


「あ、え、そ、そう?」


「はい」


「あ、ありがとう」


「はい」



 暫しの間、黙って背中を洗われる。



「陛下が初めて冒険者ギルドにいらした時のこと、覚えていますか?」


「あ、ああ。覚えてるよ。ノクトさんに受付してもらったからね。ノクトさんも覚えてるの?」


「はい。サーズ出身だと記入していたので、気になっていました」


「あれね…… 身元を偽るために書いたのに、受付嬢がサーズ出身者だったとは。すぐ嘘がバレていた訳だ」


「はい。でも、出身を偽る人は少なくないので…… でも、サーズ出身でないのであれば、陛下は、本当はどこから……」


「うーん、そうだね……」


「あ、すみません…… 答え難いようであれば……」


「あー、そういう訳じゃないんだ。何て説明したらいいのか迷ってただけ。まぁ分かりやすく説明するなら、皆の知らない世界からってことかな」


「知らない世界…… フログガーデン出身でもないのですか?」


「違うよ」


「そうですか。では、陛下は、私の父がなぜ男爵になったのか、その経緯を知らないのですね」


「そうだね。知らない」


「……きっと真実を知ったら、幻滅されるかしれませんね」


「そうかな? それはないと思うけど……」



 本心だ。


 今更何を言われても揺るがないとは思う。




「陛下には…… 知っておいてほしいです。真実を」



 そう告げると、ノクトは弱々しい声で話し始めた。



「私の父は、サーズで族長をする傍ら、副業で雇われ盗賊の頭目をしていたそうです」


「雇われ盗賊……?」


「はい。金を貰って強盗に見せかけた殺しを行う盗賊のことを指します」


「ま、まさかノクトさんもその一員!?」


「いいえ。私がまだ幼い頃の話ですので……」


「そ、そか。ど、どうぞ話を続けて」


「はい」



 ノクトの父は、部族のはみ出し者を集めて、雇われの盗賊稼業をしていた。


 サーズの特産品では外貨を稼げないため、苦渋の選択だったのかもしれない。


 山賊に扮して要人の馬車を襲撃することも多々あった。


 そんな中、付け上がった仲間の数人が、分け前を増やせと態度を急変させる問題が起きた。


 その者達の意見は、次第に他の者へも伝播していき、ついには雇い主に直談判するとまで言い出した。


 頭目であるノクトの父は、その者達を必死に宥めたが、集まった者達は皆、何かしら問題があって部族から追い出されたはみ出し者の寄せ集めだ。


 説得だけで聞くような輩ではなかった。


 懐に余裕が出来たことで、危機感が薄れたのだろう。


 頭目の意見よりも、自分の欲を優先し始めた。


 そして、ついには雇い主を強請ろうとする者まで現れ――


 情報漏洩を恐れた頭目は、雇い主と結託し、仲間を一連の襲撃の賊に見立て、闇へと葬った。


 口封じのために、仲間を皆殺しにしたのだ。


 雇い主は、頭目をその功労者として公表し、結果、頭目が爵位を得るに至る。


 雇い主も、頭目に爵位を与えることで口封じしたに過ぎない。


 以降、頭目は雇い主の絶対服従者となる。



「へぇー。そんなことがあったんだね」


「それだけ…… ですか?」


「え? ああ、うん。良くありそうな話だなぁくらいの感想は抱いたけど」


「そう…… ですか」


「まぁノクトさんがその一件に噛んでないなら、ノクトさんが責任を感じる必要はないと思うよ」


「私は、知ってて、知らない振りをしました」


「あー、まぁ、親は生活の為にしたのだろうし、生きる為の選択肢なら理解はできる訳で…… 子供がそれを指摘しろってのも難しいだろうからなぁ。まぁ、うん、難しい問題だとは思うけど、親の罪は親の罪、子供まで親の罪を背負う必要はないっていうので話は終わりかな?」


「……陛下の考えは、変わってます」


「そうかな? うーん、そうなのかな? 自分では分からないや」


「……はい」



 日本でも、親や子供が殺人を犯せば、親族にその責任の矛先が向く。


 世間は、容疑者が断罪されるだけでは許してはくれない。


 被害者の気持ちになって考えれば、それも理解できる。


 でも、ここは異世界だ。


 法などない、武力と権力が正義の世界。


 権力者であれば、殺しをしても罪に問われない世界。


 そんな暴力的な世界で、道徳的にどうあるべきかなど問えないだろう。


 それ以前の、法による善悪の基準がないのだから。



「でも、なぜ私を救ってくれたのですか?」


「それは……」



 何て答えればいいのか。


 改めて本人から問われると、何て答えればいいのか分からなくなる。


 まぁ変に隠すこともないだろうし、正直に答えよう。



「泣いていたから」


「……泣いていたから?」


「我慢するのは辛いって、泣いてたから」


「……それだけですか?」


「まぁ、それだけ、かな」


「陛下は、私が泣いてお願いすれば、助けてくれるのですか? 誰でも殺してくれるのですか?」


「い、いや、そういう訳じゃなくて」


「では、どういうことですか?」



 な、なぜ俺は問い詰められているのか……


 どこかで選択肢を間違えたのだろうか?


 ど、どうしよう……


 分からん!


 正解が分からん!


 ええい! ままよ!



「ノクトさん、だったから、かな」


「私…… だったから?」


「勿論、グーノムがクズ野郎だったっていうのも大きな要因だけどね」


「……グーノム」


「そう、グーノム。奴は俺の警告を無視して、大切な仲間を傷つけた。それが許せなかっただけだよ。個人的な理由だし、ただの気紛れかもしれない。そんな理由でグーノムを殺した。それでノクトさんが解放されると思い込んで、一方的にね。どう? 軽蔑するかい?」



 返事はない。


 水が排水溝を流れる音だけが聞こえる。


 背中を洗ってくれていたノクトの手は、いつの間にか、完全に止まっていた。


 どうしようかと迷っていると、少ししてノクトが口を開いた。



「いいえ。軽蔑なんてしません。そんなこと、できません」


「そっか。良かった」


「……一つだけ。一つだけ、お聞きしてもよろしいですか?」


「いいよ。なんだい?」


「私は、陛下の大切な人ですか?」


「そう、勝手に思ってるよ」


「陛下……」



 背中に重さを感じる。


 ノクトが背中に寄りかかってきたようだった。



「このご恩、一生忘れません」


「あいよ」


「お背中、流しますね」


「あ、うん。お願い」


「陛下、もう一つお願いがあります」


「なんだい?」


「私のことは、ノクトと呼び捨てにしてください」


「あー、分かった。次からそうするよ、ノクト」


「はい。ありがとうございます」



 結局、これで良かったのだろうか?


 俺の要領を得ない回答でノクトが満足できたのかは分からないが、風呂場を後にするノクトの足取りは軽くなっていたように思えた。



「なんか、完全に身体冷えちゃったな…… はぁ、本当、湯船が恋しい……」




◇◇◇




「随分、時間がかかったな。待ちくたびれたぞ」



 部屋へと戻ると、オーリアが腕を組みながら仁王立ちしていた。


 幾分か顔が赤い。


 すると、オーリアが近寄り、顔を近づけて俺にだけ聞こえるように話しかけてきた。



「……ノクト殿と何をしていた?」


「何って…… 背中流してもらっただけだけど」


「そ、それなら良い」



 如何わしいことしてたんじゃないかと疑われたのかと、オーリアを見返したが、視線を逸らされた。



「私もさっさと汗を流してくる。酒はテーブルに置いてある。先に始めていていいぞ」


「お、それは助かる。身体が温まる飲み物が丁度欲しかったんだよ」



 オーリアが返事もせずにそそくさと風呂場へ消える。


 オーリアの挙動不審さは今に始まったことではないので、気にしないことにした。



「会合の時みたいにまっずい酒じゃなきゃいいけど」


「はい。会合の時に出たお酒は、空を喰らう大木ドオバブの花で作った特別な物でしたが、これは普通のお酒だと思います」


「普通のお酒ねぇ。因みに原料は?」


「はい。空を喰らう大木ドオバブの実だと思います」


「花と実の違いが分からないから、その差も想像できないな。まぁ飲んでみれば分かるでしょ。前回のは毒入りだったから比べ物にはならないかもしれないけど」


「はい。そうですね」



 そう相槌を打ったノクトは、手で口を隠すようにして控えめに笑っていた。



(ノクトが普通に笑ってる…… めっちゃ可愛いんですけど……)



 少し見惚れてしまう。



「陛下、どうしましたか?」


「あ、ああ、いや、何でもない。また毒が入ってるといけないから、先に俺が毒味するね」


「はい。本当は私が毒味しないといけない側なのに、これでは立場が逆ですね」



 そう言ってまたクスクスと笑う。



「そ、そうだね。まぁ適材適所ってことで」



(や、やばいやばい。ドキドキしてきた。何だこの感覚。高校の時の修学旅行で、女子が部屋に乱入してきた時以来だ)



 小ダルを傾け、木でできたコップへと注ぐ。


 灰白色かいはくしょくの液体が、シュワシュワと小気味良い音を上げた。



「うおー、凄く美味しそうな音! 微炭酸くらいかな? 匂いも悪くないし、これは期待できそうじゃない?」


「はい。サーズのお酒は数少ない特産品の一つですから。期待して良いと思います。私は好きです」


「マジ? じゃあさっそく――」



 少し口に含むと、炭酸のシュワシュワとした刺激が、甘い香りとともに口の中に広がった。



「美味い!」



 喉越し最高!


 勿論、不穏なシステムメッセージもない。



「問題なさそうだ。先に口を付けちゃったけど、オーリア来る前に乾杯しちゃおっか」


「はい!」



 ノクトのはにかんだ笑顔に胸がドクンと波打つ。



(この感覚…… これは恋なのか……)



 甘酸っぱい気持ちに胸を締め付けられながらも、目の前の美少女と乾杯し合う。



「乾杯!」


「はい! 乾杯!」



 酒が美味い!


 ノクトも笑顔でお酒を煽っている。


 すると、急に猛烈な睡魔に襲われた。



「おっと…… もう酔いが回った?」


「はい。陛下は眠そうな顔をしています。私のことは気にせず、そのまま横になってください」


「そ、そう? じゃあお言葉に甘えて少し…… だけ……」



 瞼を閉じると、一瞬で深い眠りへと意識が落ちていった。




◇◇◇




「オーリア様、陛下がお眠りになりました」


「そうか。早かったな」


「はい。念のため、眠った状態のまま小ダルの半分くらいを飲ませたので、大丈夫だとは思います」


「ノクト殿は見かけによらず容赦ないな…… いや、いいのだ。抜かりはないなら、それに越したことはない。よ、よし。で、では、やるか」


「はい」



 ノクト殿と頷き合う。


 そう、この極秘任務は、ノクト殿との共同任務だったのだ。


 その事実が判明したのは、つい先程。


 マサトが風呂に入っているときに、ノクト殿に打ち明けられた。


 勿論、レティセの策だ。


 私が無事に任務を遂行できるよう、ノクト殿にも手を回していたに過ぎない。


 その時に、ノクト殿の父が男爵位を授かった経緯も簡単に聞いた。


 レティセはノクト殿の素性も知っていたのだろう。


 ブライ大臣が雇い主であり、アール男爵に爵位を与えるよう進言した首謀者の一人と聞かされた時にはかなり驚いたが――


 あの狸であれば、子飼いの盗賊くらいいてもおかしくはない。


 盗賊の頭目を男爵位に仕立て上げるとは、到底許せるものではないが、王国がなくなった今ではどうでもいいことだ。


 それよりも、今は目の前のことの方が重要だ。


 マサトを抱きかかえ上げ、ベッドへと移す。


 そして衣類を全て脱がせ――



「ま、待て。す、少し待ってくれ」


「はい。どうされました?」


「の、喉が渇いた。睡眠薬の入っていない酒を」


「はい。あの棚に置いてあります」


「ノ、ノクト殿は飲まないか?」



 ノクト殿が少し考えた後、軽く頷いた。



「はい。私も少し頂きます」


「そ、そうか。では、乾杯だ」


「はい。乾杯」



 お互いに酒をあおる。


 私の顔は酒を飲む前から烈火の如く真っ赤だろう。


 それは自分でも把握している。


 心臓も先程から張り裂けそうなくらいにバクンバクンと波打っている。


 一方で、ノクト殿は冷静だ。


 頬が幾分か朱色に染まっているくらいで、動揺は見て取れない。


 もしや経験者だろうか?


 だとすれば心強いのだが――



「ノ、ノクト殿は、その、初めてではないのか?」


「は、はい?」



 問われたノクト殿が瞳を大きく見開いて驚いた声をあげた。


 私も同様に、何を恥ずかしいことを聞いているのだと動揺したが、既に錯乱状態にあったせいで歯止めが利かず、そのまま聞き直してしまう。



「その、男性との行為は、初めてではないかと聞いている」


「は、はい。初めて、だと、思います」


「だと思う? 自分の事なのにはっきりと分からないのか?」


「はい…… 途中から記憶が、曖昧で…… すみません……」


「そ、そうか。そ、それは、し、仕方ないな」



 ど、どういうことだ!?


 レティセには、行為で意識が飛ぶこともあると聞いたが、もしやそのせいで記憶も飛ぶことがあるのか!?


 わ、私はどうなってしまうのだ!?


 こ、怖い……



「オーリア様?」


「あ、ああ、だ、大丈夫だ。問題ない」



 顔が無意識に引き攣ってしまっていたのだろう。


 ノクト殿に心配そうな顔をされてしまった。


 駄目だ駄目だ!


 ここで弱気になってどうする!


 レティセには初めてでも痛くならない裏技を教えてもらったから大丈夫なはずだ!


 痛みなど怖くはないが、できれば痛くない方が嬉しい。


 ちゃんと回復薬ポーションも持参してある!


 準備は万端なのだ!


 あと一歩。


 あと一歩だ!


 あと一歩で夢が叶う!


 女を見せろ!


 私は残りの酒を一気に飲み干した。



「ぷはぁ〜! よ、よーし! い、いざ戦場へ!!」


「プッ……」


「な、なな…… 何を笑っている!?」


「い、いいえ…… オーリア様が、笑わせるから……」


「わ、私はそんなつもりは……」



 マサトとの行為を、戦場と例えたことが可笑しかったのか、ノクト殿はプフフと腹を抱えて静かに笑っている。



「も、もたもたしていると、マサトの子種をすべて私が貰ってしまうぞ!?」



 自分の発言に再び後悔する。


 私の言葉を聞いて、ノクトが目尻に溜めた涙を拭いながら謝罪を述べた。



「す、すみません。それは、困ります。私にも、チャンスをください」



 この娘も、大人しそうに見えて、権力を得るためには子供をも利用するという強かさを持っているのだろう。


 それが世の常ではあるので、とやかく言うつもりはない。


 そういう私も、マサトとのこの行為で、自分の願いを叶えようとしているのだから。


 自身の服を脱ぎ捨てる。


 訓練の時には邪魔でしかなかった胸の駄肉も、これからは必要になるかもしれないと思うと、胸がキュンと締め付けられた。



「オーリア様、凄く綺麗です」



 隣を見ると、ノクト殿も服を脱ぎ捨て、全裸でこちらを見ていた。


 私とは対照的に、華奢で、肌が透き通るように白い。


 胸も小ぶりだが形の良いものがついており、とても柔らかそうだった。


 その身体を見て、私の鼓動は更に高まった。


 マサトの事で頭がいっぱいで忘れていたが、私は元々同性愛者なのだ。


 男との経験はないが、女との経験ならある。


 それに、ノクト殿のような体型は、まさに私好みの体型でもあった。



「ノクト殿も、綺麗だぞ」


「あ、ありがとうございます。あ、あの……」



 そう言いながらも、私は自身の行動が制御できなかった。


 酒と過度の緊張で、理性は消え、野獣の如き性欲が身体を支配していた。


 マサトの前に、準備運動が必要だ。


 私は目の前の娘を抱き締める。


 ノクト殿は最初こそ少し抵抗を見せていたが、次第に抵抗もなくなり、自ら部屋の明かりを消すと、そのままマサトのいるベッドへと場所を移したのだった。




◇◇◇




 頭の中でガンガンと鐘が鳴らされている。


 ガンガンと頭が痛い。


 ガンガンと耳にまで響く頭痛が煩い。


 最悪の目覚めだ。


 おまけに金縛り。


 両手両足が何かに捕まえられているかのように動かず、身体が重い。


 更には少し息苦しい。


 目の前に何かが乗っかっている。


 金縛りは、思春期によくなっていたので、対処法は知っている。


 金縛りでやってはいけないのは、怖いと思うこと。


 白装束で髪の長い女が這ってきたり、窓から頭部だけの女が覗いていたりと、兎に角、怖いことを想像してしまうことはタブーだ。


 なぜなら、怖いと思って想像することが現実に起きているように見える夢、それが金縛りだというのが俺の結論だからだ。


 つまり、金縛りの対処法というのは、想像したことが現実で起きているかのような夢を見ることなので、それを逆手にとってしまえばいいと言うことである。


 そう、現実に起きてほしいことを想像するだけでいい。


 だが、現実はそう簡単なものじゃない。


 というのも、金縛りに合う状況がそもそも怖いのだ。


 その状況下で、その恐怖を超えることのできるものとなると、男であれば一つしかないだろう。


 そう、エロだ。


 金縛りになったら、とにかくエロいことを考える。


 俺はそうやって金縛りを克服してきた。


 エロは恐怖に勝る。


 だから、俺はいつものようにエロいことを考えて、恐怖を相殺しようとした。



(おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおつ)



 そしてゆっくりと目を開ける。


 目の前に巨大なおっぱい。



(すげぇぜ…… このおっぱい)



 丁度、その先端が目と鼻の先にある。



 この距離なら――



 それからのことはよく覚えていない。

 

 だが、それが金縛りと夢ではないと気付いたのは、全て終わった後のことだった。


 目の前に息絶え絶えに横たわる二人の美女を眺めながら、一向に冷めない夢に、まるで津波の前の引き波かのように、一気に血の気が引いた。


 そして、シーツには所々に赤い……



 最悪だ。


 俺は最低なことをした。


 してしまった。


 嘘だと言ってくれ。


 だ、誰か嘘だと。


 金縛りだと思ったんだ。


 ゆ、夢だと。


 ば、馬鹿か。


 そんな馬鹿な理由で、この惨状。


 よ、より駄目だろ。


 クズ男の典型的な言い訳じゃないか!


 あ、ああ!


 リセットしたい!


 この現実、リセットしたいよぉおおお!!



 頭痛は鳴り止み、代わりにモーニングコールかのように、シュビラからの念話が届いた。



『旦那様、昨日はお楽しみだったようだの』



 俺はそっと意識を手離した。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


[SR] 二人の秘め事ハニートラップ  (白)(青)(赤)

 [罪悪感Lv3:マジックイーター]


効果:

対象のマジックイーターは、3ターンの間、攻撃できなくなる。


フレーバーテキスト:

「旦那様、昨日はお楽しみだったようだの」――ほくそ笑むシュビラ

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