60 -「異世界13日目:土蛙人の住処」

 ネスの里では、シュビラ主導による洞窟採掘作業が行われていた。もちろん、作業者は全員ゴブリンである。


 ゴブリンは元々、鉱山の坑道や洞窟といった地下に住処を作る傾向があり、彼らは日中より夜目の方がきく。長年光の届かない暗闇を住処としていたというのもあるが、単純にゴブリンは太陽の光を嫌う傾向もある。従来のゴブリンほどではないが、召喚されたシュビラ含めゴブリン達も同様の傾向があった。


 ゴブリンが召喚され続け、これからどんどん窮屈になるであろう里に大きな洞窟があれば、そこを掘り進めて住処にしようというのは自然の流れだったのかもしれない。ネスもこの計画には賛同していたが、唯一の失敗は、ガルドラ連山の地下に、別の生物の住処があるということを考慮していなかったことだろう。


 シュビラは、洞窟から出てきたゴブリンから報告を聞いていた。目の前には落盤に巻き込まれて死んだ土蛙人ゲノーモス・トードの死体がある。



土蛙人ゲノーモス・トードか。それにしてもくちゃいのぉ。鼻が曲がりそうだ」



 シュビラは直ちに全ゴブリンに思念を送り、土蛙人ゲノーモス・トードの襲撃に備えるよう集合をかける。



「旦那さまが召喚されたゴブリン種と、くちゃくて汚いトード種。どちらが種族として優れているか力試しといこうかの」



 外部からの敵に備えて、里には木の柵で防壁を築いてある。しかし、里の中にある洞窟からの襲撃は想定外だった。


 だが、シュビラには負ける気などさらさらない。


 もし相手が地中に8万もの大群を住まわせている大勢力だと事前に知っていれば、もしかしたらその自信も揺らいだかもしれない。しかし、地上からでは相手の規模を測ることはできなかった。


 報告を受けたネスは、洞窟付近の荷物を撤去し、即席のバリケード構築を進める。



「地中に土蛙人ゲノーモス・トードが巣を作っていたとは…… しかもこんな近くに。私の隠匿魔法も地中への効果は薄まりますからね。盲点でした」


「ほぅ。そなたはもっと驚くと思っていたが、随分余裕だの」


「まだ敵の脅威がどれほどのものか分からないですからね。それにマサト君がこちらに向かっているのであれば心配はいらないでしょう。敵がどんなに大軍で攻めてこようとも、マサト君が到着するまで耐えればどうにかなりそうな気がするのですよ」


「ふっふっふっ、そなたも分かってきたようだの」



 ネスとの会話中、シュビラはゴブリンとの繋がりが1つ消えるのを感じ、口元に歪な笑みを作った。



「どうやら敵もやる気を出したようだの。1体やられたぞ」


「なるほど。では、私の方でも襲撃に備えておきましょう」


「蛙共の応戦はわれに任せよ」


「任せました。ですが何かあれば言ってください。相手が土蛙人ゲノーモス・トードであれば多少は協力できるはずですから」




 ◇◇◇




 一方、土蛙人ゲノーモス・トード側は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。



「なぁあにぃ!? ゴブリンが攻めてぎゅたぁ!?」



 土蛙王は報告を聞いて焦るが、すぐに大した脅威ではないと考え直した。


 ゴブリンの繁殖力はとても強い。それは土蛙人ゲノーモス・トードを軽く上回るほどだ。なので、報告を聞いた直後はゴブリンの大軍が攻め込んできたのかと勘違いしたのだが、それはありえないと思い直したのだ。


 このガルドラの地で、ひ弱なゴブリンが地上に住処を作り繁殖できるとは考えにくい。となれば、住処は地中だろう。だが、自分達土蛙人ゲノーモス・トードがここまで住処を拡大しても遭遇しなかったとなれば、その住処は自分達よりも遥かに小さい規模だと考えられる。であれば何を恐れる必要があるのか。そこまで考えると、むしろゴブリン達が滑稽にさえ思えてくる。



「ぎゅぎゅぎゅ…… 気晴らしにゴブリンを食べるのもいいぎゅな。よし、モストンを向かわぎゅろ」


「ゲロ、ギュー!」



 土蛙王の命令を受けた土蛙人ゲノーモス・トードが走り去ると、丁度入れ替わるように、東へと偵察に向かわせていた者が報告に戻ってきたところだった。



「王よ。ただ今戻りまぎゅた」


「よぎゅ戻った。で、東の様子は?」


「森を抜けた先に、人間の村がありまぎゅた。武ぎゅを持った人間なし。すぎゅ攻め滅ぼせまぎゅ」


「ぎゅぎゅぎゅ、愚かな人間だぎゅな。東にはトードンを向かわぎゅろ。制あぎゅしたら計画通り進めよ」


「ゲロ、ギュー!」


「ぎゅぎゅふ…… ぎゅぎゅぎゅぎゅ……」



 ゴブリンに人間。


 土蛙王が自らの種族より劣ると考えている種族。


 それを自らの手で制圧する。


 その行為に土蛙王は酔い始めていた。


 自分が神にでもなったかのような全能感。


 暫くの間、部屋には土蛙王の不気味な鳴き声がこだましていた。




 ◇◇◇




 ゴブリンとの繋がりが消えたことは、マサトも当然気付いていた。



「まずいぞ…… 集落で何か起きてる。ゴブリンが1体死んだ」


「里で? それは本当か!?」



 俺の発言を理解したレイアが焦り始める。



「いや、まだ殺られたのは1体だけだから、もしかしたら事故か何かかもしれない」


「そ、そうか……」


「レイアの心配も分かるよ。俺も心配だから先に里へ向かおうと思う。俺一人なら1日足らずで着けるだろうし」


「だが、マサトだけでは里の場所が分からないんじゃないのか?」


「それについてはちょっと案があってね」



 俺はそう言うと火傷蜂ヤケドバチを1体召喚してみせた。


 突然光と共に現れた火傷蜂ヤケドバチに、レイア以外の全員が驚いた。犬っころに関してはワンワンと吠えて正直うるさい。



火傷蜂ヤケドバチ? こいつに案内させるのか?」


「そっ。実は召喚するまでは出来るか分からなかったんだけど、どうやら大丈夫っぽい」


「……どういうことだ?」


「既に集落へ向かわせてあるシュビラ達の集団に、火傷蜂ヤケドバチも1匹向かわせてあったんだよ。もしかしたら火傷蜂ヤケドバチの習性かなんかで仲間の位置が分かったりしないかなぁと」



 計画性があるのかないのか酷く曖昧なマサトに、レイアは感心していいのか呆れていいのか分からず微妙な顔をした。


 するとベルが……



「ふふっ、なんだかマサトらしいね」



 フォローになっていないフォローを入れてきた。まぁ褒め言葉として受け取っておこう。



「ベル、スネークがいるから大丈夫だろうけど、念のためこれを持っておいて。緊急時に遠慮せずに使うんだよ。ゴブリンが5匹召喚できるはずだから」



 そう言って、俺はゴブリン呼びの笛を召喚し、ベルに手渡す。



「うん、分かった! プーアとウィークのことは任せて! あとミアのことも!」



 ベルは力強く頷くと、ゴブリン呼びの笛を胸に抱えた。



「じゃ先に行ってくる!」


「ああ、頼んだぞ!」「行ってらっしゃい!」



 レイアとベルの言葉を背に受けて、俺は召喚した火傷蜂ヤケドバチの後を追って駆け出した。

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