Ⅲ 不良の矜持
それより数日後のこと……。
「た、大変だ! ば、バージルが…バージルがバルトロメウスのヤツらにやられた!」
ドラコ一味がいつも屯している教会裏の古い墓地に、そう叫びながら手下の一人が駆け込んで来た。
「んだと!? バージルが!?」
その急報に朽ちた墓石から腰を浮かすと、ドラコは思わず驚きの声をあげる。
バージルは、チーム・ドラコ結成当初からいる初期メンバーの一人で、ドラコにとっては
「一人で飯食ってる所を集団で襲われたらしい……生きてはいるようだけど、目撃者の話じゃ、そのままヤツらのアジトへ拉致られたって……」
「俺達を誘き出すための罠だな……どうする? ドラコ」
続く詳しい状況を聞くと、傍らに立つうなじを刈り上げにし、残る金髪を三つ編みにした背の高い男がドラコに尋ねる。やはり初期からのメンバーである、副船長のトミー・ダーティーだ。
「どうするだあ? そりゃあ、決まってんだろう……オイ! 野郎どもちょっと聞けやコラっ!」
問われたドラコは怒りに満ちた顔でそう答えると、大声を張り上げてメンバー全員の注目を集める。
「今、仲間が袋叩きにあってバルトロメウスの連中に捕まってる! 助けに行けば、間違いなく大きな抗争になんだろう……んでも、ダチのバージルやられてひよってるヤツいるか!? いねえーよなあ!?」
「うぉぉぉぉーッ!」
「やってやるぜコラぁーっ!」
そして、チームの頭として演説を一発ぶちかますと、仲間達も思いは同じだったらしく、うら淋しい教会裏の墓場は彼らの雄叫びで一気に湧き上がった。
「おーし! バルトロメウスぶっつぶすぞっ!」
「オォォォーッ!」
怒れるドラコとその一味は、そのままバルトロメウスの根城とする船の墓場へと全員で直行する……かくして、チーム・ドラコVSバルトロメウス団の一大抗争が勃発した。
「――ケケケ…逃げずに来たことだけは褒めてやるぜ。ま、来たことをすぐに後悔するだろうがな」
南洋の太陽がギラギラと照りつける昼下がり……船の墓場へ駆けつけると、案の定、バルトロメウスのゴロツキ達は闘う気満々で待ち構えていた。
皆、釘を打ちつけた棍棒やらナイフやらカットラス(※海賊が好む短いサーベル)やらを手に、殺し合う気も満々である。
「…う…うぅ……」
また、頭のオーサンの足下には、血塗れで意識も朦朧としたバージルが小太りの身体を横たえている。
「バージル……てめえ、俺のダチに手ぇ出して、覚悟はできてんだろうなあ?」
ボロ雑巾のようにされた仲間を目の当たりにし、ドラコはこめかみをピクピクと痙攣させながら、オーサンにガンをつけてメイスを握る腕をわなわなと震わす。
「おいおい、そう早まんなよドラコぉ。こう見えて俺は平和主義者なんだ。ここは一つ、正々堂々、頭同士で、武器は使わず素手でのタイマン勝負といこうじゃねえか」
対してオーサンは悪どい笑みをその下品な顔に浮かべると、冗談めかした口調でそんな提案を持ちかけてくる。
「あん? ダチ拉致っといてなにが正々堂々だコラ…」
「おっと! そのお友達がどうなってもいいのかぁ? 生きたまま返してほしかったら素直にタイマン勝負受けろや。それとも、俺と素手でやり合う勇気はチキンなドラコくんにはないのかなあ?」
ふざけた物言いにますます怒りを募らせるドラコだが、手下に命じてバージルの首元へナイフを突きつけさせると、さらにお茶らけてオーサンはドラコを挑発する。
「てめえ……ああ、わあったよ。てめえ如き相手にメイスなんかいらねえ。お望み通り素手で勝負してやらあ!」
人質をとられては致し方なく、また、煽られて頭に血が上ったドラコは、メイスを投げ捨てると一対一の、素手でのタイマン勝負で勝敗を決める案を受け入れることにした。
「よーし、そうこなくっちゃな。んじゃ、さっそくおっ始めるとすっか……さあ、かかってきな」
「言われなくてもすぐにぶちのめしてやるぜっ!」
返事を聞き、ニヤリと笑って手招きをするオーサンに、待ちかねていた様子で速攻、ドラコは殴りかかる。
「…チッ……クソっ! ちょこまか動きやがって!」
だが、オーサンはピョンピョンと小刻みに跳ねながら、軽快なフットワークでドラコのパンチを軽々と避けてしまう。
「…クソがっ! てめえ、ボクシングやってやがんな!?」
「ああ。ガキの頃、アングラントの秘密クラブで賭け拳闘試合に出てたんでな……てめえのパンチなんざ、目を瞑ってたって避けられるぜ!」
何度もパンチを避けられ、苛立つドラコはそのことに気づく。
「さあ、そろそろこっちからいくぜえっ! シュっ! シュ…!」
「…うぐっ……がはっ…!」
反面、オーサンの繰り出す洗練された素早いパンチは全弾、ドラコの顔にヒットする。
「オラ、オラどうした? まだまだこれからだぜえっ! …シュ…シュ……シュ…シュ…シュ…」
「…ぐっ……ごふ……クソ……ごはっ…」
避けることも防ぐこともできず、なすがままに殴られるドラコは、あっという間に十数発も食らわされてしまう。
足をフラフラにしながらもなんとか堪えてはいるが、常人ならばすでに倒れていてもおかしくはないレベルのダメージである。
すべては、オーサンの作戦であった……人質をとって誘い出すと自身の得意な素手でのタイマン勝負へと持ち込み、あわよくば仲間達の前でドラコを打ちのめし、彼の名誉を失墜させた上でチームを乗っとろうと考えたのである。
「ぜんぜん相手になんねえな……シュ…シュ……仲間見捨ててメイス拾ってもいいんだぜ? …シュ…シュ…」
なんとか腕を上げてガードをするも、防戦一方で殴られ続けるドラコに対し、余裕綽々のオーサンはそんなことを言っておちょくってくる。
「…ぐふっ……ヘン。誰が…ごはっ……ダチを見捨てるかよ…うぐ……うがっ……」
鼻からも口からも血を流し、左目に真っ黒なあざを作りながらも、オーサンの言葉に乗せられることなく、ドラコはパンチの連打に堪え続ける。
「ケケケ…いつまでそんな痩せ我慢してられっかな……シュ…シュ…」
「…ごほっ……それに……てめえは誤解してやがる…うぐっ……俺がメイスを使ってんのは……素手に自信がねえからじゃねえ…ぐがっ……メイスの方が…くっ……手っ取り早えからだ……」
なおもパンチを食らいながら、どうにも負け惜しみにしか聞こえないような台詞をドラコが口にしたその時。
「な、なんだてめえら…うぎゃっ!」
「し、しまった…ぐへえっ!」
突然、オーサンの背後に並ぶバルトロメウス団の陣営から下卑た叫び声が上がる。
「なんだ? ……な、なに!?」
訝しげにオーサンがそちらを振り返ると、そこにはチーム・ドラコの副船長トミー・ダーティー以下十数名のメンバー達がどこからともなく現れ、バルトロメウス団の幾人かを殴り倒すと、捕らえられていたバージルを抱きかかえて確保している。
じつはドラコ、密かにトミー率いる別働隊をバルトロメウス団の背後に回り込ませ、奇襲による人質の奪還を狙っていたのである。
一見、腕力だけのただのバカに見えて、意外やドラコも頭を使っているのだ。
「ドラコ! バージルは助けた! あとは気にせず思う存分やっちまえ!」
バルトロメウス一味との小競り合いを続けながら、バージルを肩に担いだトミーがドラコに叫ぶ。
「ケッ! 人質を取り返したところで状況は変わらねえよ。んなボロボロの身体で…シュ…シュ……何ができる?」
裏をかかれたオーサンは、内心、わずかに焦りを覚えながらも、その焦りを隠してトミーの言葉に反論するのだったが。
「…うぐっ……ぐがっ……そうか……なら、安心だぜ……オラぁっ!」
腕のガードを外し、真正面からオーサンのパンチを受け止めたドラコは、切れた口元に不敵な笑みを浮かべ、瞬間、腫れ上がったその目の奥に異様な殺気を宿らせる。
「ごはぁっ…!」
刹那、振り上げたドラコの右脚が、強烈な回し蹴りをオーサンの頭部に叩き込んでいた。密かな焦りが、つけ入る隙を彼に生じさせたのである……。
「………………」
そのたった一撃で、オーサンは白眼を剥くと倒れ伏し、そのまま泡を吹いて気絶してしまう。
「出た! 兄貴の幻の足技〝
見事に決まった上段回し蹴りに、メンバーの一人が中二病的なネーミングセンスで歓喜の声をあげている。
「…プッ……おっとすまねえ。素
対してドラコ本人は、口内に溜まった血を吐き出すと、そんな冗談とともに沈黙したオーサンを侮蔑するような眼差しで見下す。
「さあて、あとはザコどもの落とし前だ……野郎ども! この際、どっちが上かってのをよーくわからせてやれえっ!」
「オォォォーっ…!」
そして、メイスを拾い上げるとそれを振りかざし、背後に控えるメンバーともども、バルトロメウスの一団へと勢い勇んで殴り込んで行った――。
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