El Dragón Malo 〜悪龍〜

平中なごん

Ⅰ 悪ガキの船出

 聖暦1560年代中頃……。


 エウロパ大陸の北東に浮かぶ島国・アルビトン連合王国。それを構成する王国の一つアングラントの貧しい農家にフランクリン・ドラコは生まれた。12人兄弟の長男だ。


 しかし、10歳になった年のこと……。


「――ケッ! 誰が貧乏百姓になんかなるかよ!」


「コラ待て! この不良息子がっ!」


 叱る父親を殴り倒し、家を飛び出した少年ドラコは、そのままもう家へ帰ることはなかった。


 幼少時からヤンチャであった彼は平凡な農民として生きることが気に入らず、こうして家出をするとその足で最寄りの大きな港町へと向かい、そこで老船乗りショーン・ポプキンソンの船へ乗り込んで働き始めた。


 このショーン、自前のキャラック船で大海を渡り、遥か海の向こうに大国エルドラニアが発見した新大陸――〝新天地〟までも行って貿易をするけっこうなやり手であり、そんな彼の下で成功を収め、海の男として一旗上げようというのだ。


「――おい、フランクリン! 荷下ろしの順番巡って、うちのヤツらが他の船と揉めてるらしい。ちょっと行って加勢してやれ」


 掃除当番のドラコが船のデッキをブラシで磨いていると、船長のショーンが慌てて声をかけてくる。


押忍オス! 船長」


 間髪入れずにそれに答えると、ドラコはブラシを放り投げ、いつものように仲間達の喧嘩の加勢へと向かった。


「オラぁっ! このフランクリンさまが相手だ! コラっ!」


「なんだ? このガキは…うごはっ!」


「てめえ、このやろ…ぐへっ!」


 船縁から飛び降り、波止場で揉み合いになっている水夫達の群の中へ乱入すると、有無を言わさずケンカ相手達を次々と殴り倒してゆく……。


「相変わらずナイスパンチだな、クリン坊!」


「いやあ助かったぜ。さすがはクリン坊だ!」


 あっという間に相手を叩きのめし、見事、争いを収めたドラコ少年に、仲間達は賞賛の言葉を口々に送る。


 ちなみに〝クリン坊〟というのはドラコの仇名だ。〝フランクリン〟という本名を略したのと、坊主頭にしているのが〝毬栗いがぐり〟に似ているところからきている。


 子供ながらに身体が大きく、度胸もいいし腕っぷしも強いドラコは、こうして仲間達から頼りにされ、重宝がられていた。


 しかし、ヤンチャに過ぎるドラコが、一介の船乗りなどで満足するようなタマであるはずがない。


 ドラコが15歳になった頃のこと。ショーンのキャラック船は〝新天地〟の入口に位置するエルドラーニャ島の、エルドラニアが最初に作った植民都市サント・ミゲルを訪れていた……。


「――おお! かっきいい! 最新式じゃねえか!」


 その美しい流線形のフォルムを目にし、ドラコは思わず興奮した声をあげてしまう。


 休憩時間、波止場をぶらぶらしていたドラコは、偶然、桟橋に泊められていた真新しい一艘の三角帆ラテンセイル付き小舟ボートを見つけた。


 エルドラニア領オランジュラント地方で発明された〝ヤットスリップ〟と呼ばれるもので、かなりのスピードが出る高速艇だ。サント・ミゲルに住むエルドラニア人貴族か金持ちの商人が道楽で買ったものだろうか?


 その小舟ボートを見た瞬間、ドラコはそれが欲しくなった……だから、その夜、彼はそれを盗むことにしたのだった。


「――よし。うまいこと誰もいねえぜ……」


 深夜、ショーンの船をこっそり抜け出したドラコは、その〝ヤットスリップ〟の泊まる淋しい波止場の外れへと再び向かう。場所も大きな船が泊まるメインの桟橋ではないし、さすがにこの時間帯だと周囲に人影はなく、船を盗んだとて見咎められることはない。


「こんなもんじゃ俺様を止められねえぜ……オラよっと!」


 それでも、さすがに防犯のために桟橋の支柱と小舟ボートは南京錠付きの鎖で繋がれていたが、ドラコは持ってきた斧を振り上げると、それも一撃で叩き切ってしまう。


「さあ、俺様の新たな船出だ! この船を手始めに天下取ってやるぜ!」


 無人の小舟ボートへ乗り込んだドラコは一本マストの三角帆ラテンセイルを開げ、オールを漕いで徐々に桟橋から離れてゆく……やがて、蒼い月明かりに照らされた沖合へと出ると、風に乗ってどんどんと速度を上げていった。


「スゲえ! スゲえ速さだ! 俺様のヤットスリップはバリバリだぜえっ!」


 波頭を切り裂き、高速で夜の海を走り出した小舟ボートの上で、デッカイ夢を抱くドラコ少年は意気揚々と歓喜の雄叫びを響かせる。


 盗んだ小舟ボートで彼が向かうのは、エルドラーニャ島の北に浮かぶトリニティーガーという小さな島だ。


 そこは海賊達が占拠する悪党達の巣窟であり、島全体を要塞化しているためにエルドラニアの艦隊でもおいそれとは手が出せない状況となっている。


 真っ当な水夫としての暮らしでは物足らず、ショーンの船を出奔したドラコは、その島に渡って海賊になろうというのである。


 世話になったショーンや仲間に対してなんとも不義理なことではあるが、一応、「海賊の頭に、俺はなる!」と書かれた、言葉足らずな置き手紙は一応残してきている。


 ともかくも、こうしてトリニティーガー島へと渡ったドラコの、海賊としての人生の第一歩が始まった……。

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