第9話 タップしてガチャを回すだけ


 ニート生活一日目。

 今日の予定は特にない。

 昨日当たった宝くじの換金は銀行に行かないとできないのだが、今日と明日はそもそも休みなので、最速でも明後日に換金することになる。いや、換金自体はさらに時間がかかるらしいから、正式に億万長者になるのは、来週以降ということになるな。


 とにかく今日は予定もなく暇なので、とりあえずガチャ分のポイントを貯めるため、俺は今スマホを高速タップしている。

 仕事を辞めた俺の今の仕事はスマホをタップすることだとも言えるかもしれない。


 仕事にしては楽すぎるか? それに報酬が当たりが良ければお金で買えない価値のものが沢山ある。というかこの世界で俺だけが手に入れられるものだってたくさんだ。ファンタジー世界定番のスキルやポーションなんてまさにそれ。

 このタップガチャアプリを俺以外に持ってる人がいれば、話は別だが、それを調べる手段なんてないから気にしても意味がない。


 いずれ所有者同士でのバトル展開もあるのかな? なんてありえない馬鹿なことを考えつつタップし続けてなんとか一時間かからないくらいでポイントを貯め終えることができた。

 体術スキルを手に入れたため、平均タップ数が上昇したのか、いつもより結構早く終わった。

 これは体術スキルにスキル強化チケットを使うことも視野に入れておかなければならないな。


 それはそうと、仕事がなくなったというのに結局早起きしてしまったため、やることがない。

 朝飯もガチャポイント集めの最低ノルマも達成してしまったし、何をしようか。


「今の自分の限界を知っておくか?」


 身体強化や体術のスキルで、俺の運動能力や身体操作技術は以前とは比べ物にならないほど強化されている。

 いまだそれがどの程度であるか把握できていないので、この余った時間でできる限り確認しておくのも悪くない。


 そう思いつくと、すぐに実行。

 ということで早速ジャージに着替えて外に出た。


 太っているというわけではないが、腹筋が割れているといった筋肉質体型でもないので、この際肉体改造に取り組んで細マッチョを目指すのもありかもしれない。

 ゴリゴリのマッチョは見る分には凄いと思うが、自分がなりたいとは思わない。しかし細マッチョなら全然ありだ。女性受けも悪くないだろうし。

 そんなことを考えながらまずは、軽くランニングから始める。もちろんスキルはオン状態。


 近場に一周1キロ程度のランニングコースがあるので、まずは軽く一周してみた。


 結果は、ほとんど全力疾走だったのにも関わらず、息切れすらしていない。


 これまで力仕事こそ派遣バイトの引越しなどでこなしていたが、特に走ったり鍛えたりは一切していない。


 学生の時はずっと帰宅部だったし、全力疾走なんて100メートルでもきつかったんだがな……。


 引越しバイトなどで学生の時よりも少し体力が増え、さらにそれをスキルで四倍にした結果がこれということか。


 正直、ここまで速く走れて体力はまだまだ余裕があるとなると、嫌いだった運動も好きになれそうだ。


 その後もう一周同じように全力疾走をしたら、最初から無理をしすぎた結果久しぶりに横腹の痛みを体験する羽目になった。身体強化があるとはいえ、準備体操となしに無理しすぎたみたいだ。


「少し浮かれすぎていたな」


 身体能力が四倍になっているとはいえ、素の肉体は鍛えられていないのだから、準備運動もせずに急に走れば当然の報いである。


「そういえば、初級ポーションなるファンタジーアイテムがあったよな」


 効果は体力や怪我の回復ということだったが、横腹の痛みにも効果はあるのだろうか?

 まだ一つしか出ていないが、そうは言っても所詮はコモン枠、もっとも排出率が高いのだから、沢山ガチャを引いていけばまた当たるはずだ。

 そう信じて、俺は周囲に人の目がないことを確認してからポーションを実体化させ使ってみることにした。


 実体化させたポーションは、栄養ドリンク剤が入っている瓶よりも更に一回り小さい代物で、色は青色。

 正直、あまり気は進まないが、効果を確認するという名目もあるので、覚悟を決めて一気に飲み干した。


「苦めのお茶って感じだな……悪くない」


 味は、市販でも売ってる苦みが強い健康に良さそうなお茶に似た感じ。栄養ドリンクっぽい見た目に反した味わいであった。

 嫌いではないが、苦手な人にはきついだろう。なんというか老人が好きそうな味だな。偏見だが。

 ただ、今のところ使うのは俺くらいなのだから俺が大丈夫なら気にすることはない。


 そして、効果の程は……。



「痛みがスッと引いた。うん、流石ポーション、ファンタジーパワー最強だ」


 一瞬で感じていた横腹の痛みを治し、それどころか体力も全快に回復させてくれていた。


 ファンタジーの回復薬は、凄い。これにつきる。


 そしてそれを現実で使えるようにさせてくれるタップガチャはもっと凄い。


 そんなことを思いつつ、今度は先程のように横腹の痛みを感じないよう、ストレッチと軽い柔軟を行ってからゆっくりとしたペースでランニングを再開する。


 結局、一時間で20キロくらいのペースで走っても少し疲れる程度だとわかったところでランニングを終える。

 以前では考えられないような速さと体力があるとわかっただけで確認には十分であると走り回っている途中に気づいた。

 別にトップアスリートを目指すわけでもないのだから、これだけ走れて体力もまだまだ余裕があると知れれば現状確認出来たと判断していいはず。

 これからトレーニングしていけば素の肉体も強化されるし、身体強化スキルを強化すれば、限界は更に向こうに伸び伸びと成長することだろう。

 ならば現状確認に関しては大体どれくらいできるのかわかっているくらいで問題ない。

 限界はスキルの位階がマックスになってから確認しても遅くないしな。


 急な全力疾走でもしなければ、トレーニングには十分すぎるくらい走れるとわかったし、次は筋トレでもしてみよう。


 家に帰ってしてもいいのだが、今この場には俺以外の利用者がいないので、一応ランニングコース外に移動して腕立てから始める。


「1、2……」


 ゆっくりと一回一回数えて腕立てを始め連続で百回出来たところで一旦終了する。


「うーん、これもまだまだいけそうだけど、やりすぎてゴリマッチョになるのもやだし、この程度ですませておこうか」


 どれほど筋トレをすれば、ボディービルダーのような筋肉の固まりボディーになるのかは知らないが、この程度なら心配する必要すらないだろう。

 そう考えて腹筋やスクワットなども同じく百回程度で抑えて、この日の筋トレは終了した。


 終わってみれば、今まで感じた運動後のキツさはまったくなく、それどころか適度に身体を動かせてむしろスッキリしているくらいだった。

 運動好きとかいうやつの気持ちが少しだけわかったような気もする。


 これを知れたのが今回一番の収穫だな。


 これでキツさしか感じていなければ、きっと今後肉体トレーニングなんて続けようとすら思わなかっただろう。


 タップガチャを手に入れてから、俺の人生はいいこと尽くめだ。


 そんな現状がいつまで続くのか、少し不安に思う……なんてことはない。


 俺の人生が今後どうなるかなんてわかるわけがないからだ。


 これまでパッとしない人生が続き、生きるのが苦痛とは言わないがかといって幸福も感じていなかった。きっとこんな状況がいつまでも続くのだろうと思っていた。

 だが、そんな俺の人生は一気に逆転して、今は幸福しか感じていないと言っても過言ではない。


 タップガチャを手に入れたことで俺は、人生なんていつ何が起こるかわからないということを学んだ。


 明日起きればタップガチャがなくなっていてもおかしくない。

 それどころか今俺の経験しているものは全て夢で、実は現実では事故かなんかで意識不明の重体に陥っているなんて可能性もゼロではない。


 だが、それならそれでいいじゃないか。


 今俺に起きていることが全て夢幻でも、今が楽しくて幸せなら俺はそれでいい。満足していると自信を持って言える。


 少なくとも、タップガチャに出会うまでは俺の人生に良いことなんてほとんどなかったからこれから先の目標を掲げることすら考えもしなかった。


 それが今、最高に楽しい日々を送れていて、夢や目標も出来、そしてそれを実行できるだけの力もある。


 仮にもしも明日この力がなくなるのなら、俺は今この力を精一杯悔いのないように使いまくる。



 今が楽しければ俺はそれでいい。



 それすらも望めなかった前の自分と比べれば、それで十分だ。



 明日のことなんて気にしない。



 明日不幸でも、今日幸福ならプライマイゼロ。


 今後の人生が不幸でも、この数日で世界中の誰よりも俺が幸福だと思っていたからプラマイゼロ。



 結果、俺は今幸せ。それがわかっていればいいし、明日は明日の俺に任せて今したいことをするんだ。


 で、何をするかと言うと……一つしかないよな?


「タップしてガチャを回すだけ……」



 スマホを起動してタップして貯めておいたガチャポイントを消費して、ガチャを引く。



 さて、今回は何が出るか。



【アイテム:C.初級ポーションを獲得しました】


 結果は先程使ってなくなっていたファンタジーアイテムの初級ポーション。


「うん、悪くない」


 俺は今、最高にハッピーである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る