タップしてガチャを回すだけ

葉素喜

第1話 アプリとの出会い

【タップしてガチャを引くだけで貴方も今日から億万長者? それとも世界最強?】


 なんの変哲もない俺の普通な日常が変化したのは、いつも通りとは言えないが、いたって普通な日常の最中に見たこのアプリ広告が原因だ。



ーーーーーー



 八月二十九日、二十歳の夏の終わり。


 高校卒業後、入社した会社が所謂ブラック企業であった俺は、特に悩むことなくその会社を入社一ヶ月で辞めた。

 忍耐力がないとか最近の若いものはこれだからとか思うかもしれないが、逆に言えば判断力と行動力が高いともいえるはずだ。

 そもそも研修ありで残業なしとか言っていた癖に研修なしで残業ばかり。おまけに辞めると告げれば引き止められることもなく簡単に辞められたのだから、人の出入りが激しいのだろう。

 そんなブラック企業を辞めた後は、再就職することなく人材派遣に登録し、これまで二年間週六で働き続けてきた。

 一日八時間労働で時給は800円。月に大体二十五日で手取り145,000円が俺の月給だ。

 ブラック企業では、入社1ヶ月だったとはいえ一日十三時間、月に二十九日労働で手取り105,000円だったのだから、やはり辞めて正解である。


 そんなわけで高校卒業から二年が経ち、卒業と同時に実家を離れ一人暮らしをして貯金もそこそこ貯まってきた俺は、先々月ついに約二年住んだボロアパートから綺麗なアパートに引っ越すことを決意した。


 そして迎えた引越し当日。元々小さい部屋に住んでいたから私物も少なく部屋への荷物の運搬が終わり、ある程度部屋の片付け作業も終わり、息抜き兼暇つぶしにタップゲーと呼ばれるスマホをタップするだけでそこそこ時間を潰せるアプリをしている最中にその広告が表示された。


 大抵この類のゲームアプリでは、決められた広告がランダムで流れてくるのだが、その時現れたのは、いつもと同じようなゲーム性ではあるが、いつも出てくるものとは違うアプリ広告。


【タップしてガチャを引くだけで貴方も今日から億万長者? それとも世界最強?】


 初めて見ただけで何の変哲もない普通のタップゲーアプリだろうと思ったが、初めてというシチュエーションに何かと弱い日本人の俺は、勢いのまま広告をクリックし、アプリをインストールした。


 アプリ名は、【タップガチャ】。なんの捻りもない広告通りの名前だ。



 インストールが終わるとすぐに起動する。

 真っ黒な画面に白い文字の文章が表示された。


『このアプリは、現実にも影響を及ぼします。本当に起動しますか?』


 態々こんな分かりやすい嘘を最初に出してくるとは、中々に痛いアプリ開発者もいたものだと呑気に考えながら『はい』を選択した。


「うおっ!?」


 選択した瞬間にスマホの画面が今まで見たこともないような光り方をしたため、思わず大声を上げて驚く。


 太陽を直接見たような眩しい光に、数秒間目を眩ませてしまうが、それが治るとスマホの光量もいつも通りに戻っていた。


 一体先程の光は何だったんだと思ったが、理由なんて今し方起動したアプリ以外ありえない。

 先程、現実に影響を及ぼすという文章があったが、それが本当のことなのではないかと少しの期待と好奇心が織り混ざった感情が芽生えてしまう。


 もしもこれで、このアプリのガチャで出たアイテムや何かが本当に現実でも使えたら面白いだろうなと考えながら、改めてスマホ画面を見つめる。


『アプリをインストールしてくれてありがとうございます! 先ずはこのアプリの醍醐味といえるガチャを引いてみましょう』


【無料ガチャチケットを一枚獲得しました】



 画面に文字が出現したと思ったら、次はチケットを獲得しましたと中性的な声の音声が流れた。

 アプリ起動とほぼ同時にチュートリアルが始まるのはどこにでもあるタップゲーと変わらない。


 引かないと始まらないので、俺はすぐさまチケット消費をしてガチャを引く。


【スキル:身体強化 Ⅰを獲得しました】


【身体強化 Ⅰ:身体能力を1.5倍上昇させる】


 そうして得たのはスキル。


『スキル獲得おめでとうございます。早速効果をオンにして身体強化の力を感じましょう』


 画面にそんな文章が現れた後、すぐにスキルのオンオフ画面に誘導される。




 早速オンにしてみたが、これでどうやってスキルの力を感じろと言うのだろうか。

 そもそもゲーム内のスキルに感じるも感じないもないと思う。

 まさか本当に身体能力が1.5倍強化されるわけでもないだろうし……いやまさかね?


 ありえないだろうとは思いつつも、まだ片付けていない漫画本を大量に詰め込んで重たくなったダンボールを持ち上げてみる。

 もし仮に本当に現実に影響を及ぼすのだとすれば、これから持ち上げるダンボールがかなり軽く感じると思うが果たしてその結果は……


「マジで軽くなってるじゃねえかよ」


 人間、驚きすぎると一周回って冷静になるというが、正に今の俺はそれを体現していた。


 嘘みたいな本当の話だ。


 まさか本当に現実の自分がスキルというゲーム等のファンタジー世界の力が扱えるようになるなんてね……


『スキルの効果は確認できましたか? タップガチャではスキルの他にも様々な便利アイテムが受け取れます。では、今度はガチャを引くためのポイントを集めてみましょう』


 もはや疑うことはない。


 ガチャで出たものは現実に影響を及ぼす。


 つまり説明通りならば、ガチャで出たスキルやアイテムは本物で俺の物になるというわけだ。


【タップしてガチャを引くだけで貴方も今日から億万長者? それとも世界最強?】


 さっき見た広告の通り、スキルによっては金を稼いで億万長者を目指したり、戦闘技能を身につけて世界最強になるのも夢ではない。


 別に世界最強なんかは目指してないが、画面をタップしてガチャを回すだけで億万長者になれるかもしれないというのは大いに興味がある。


 クソみたいなブラック企業に就職して得た少ない給料も。

 なんの保証もない派遣のバイトで半日肉体労働に勤しんで得た給料も。


 そして、ガチャを回すだけで楽してこれから稼げるかもしれないお金も。


 全て同じお金。


 ならば、俺の取るべき選択肢は一つ。


 ガチャを回しまくって便利なスキルを手に入れてお金を稼ぐ。


 ただそれだけだ。



 こうして俺のタップガチャ生活はスタートした。



「うぉおおおおおおおお」



 これまで生きてきた人生で一番の気合を込めて、俺は雄叫びを上げながらスマホの画面を人差し指で鬼タップするのであった。


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