その後 上
底知れぬ闇が、自身を飲み込んでゆく。
いや、これは沈んでいると言った方が正しい。
地面や天井といったものは無く。
まるで深海を漂っているかのように、浮力のようなものに身を委ねている感覚に近い。
これが、死というものなのだろうか。はたまた、ただの夢なのか。
どちらにせよ、死にゆく身の自分にとっては些事であった。
欲を言えば、もう少し生きて、警官として平和を守っていたかった。それが、オミッドの本音だ。
しかし、彼はあの時終わりを受け入れた。
師であったトレントや、今回の騒動の原因であるデーヴ……。血族となった者達の末路を見てきたからこそ、オミッドはティアの手を取らなかった。
ただ、血族になるのが怖かったのだ。
身に余るほどの強大過ぎる力というものは人を化け物に変質させ、その化け物は誰彼構わずに不幸を撒き散らす。
この狩りを通じて、オミッドはそれを確信した。
手を取らなかったのは、その力に溺れる事を恐れたが故の結果だった。
「でも。やっぱり、ごめんなさい」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
覚悟と共に少しの迷いが入り混じった、悲痛な声。
自分が聞く、最後の言葉になるはずだった声を。
「ティア!」
自身に命をくれた者の名前をようやく思い出したオミッドは、そこで目を覚ました。
ベッドから飛び起きると、そこは知らない場所。
隣には高い背格好によく似合った黒スーツ姿の人物と、女性物の黒スーツを着た黒髪の少女がいた。
「ここは……」
「はじめまして、オミッド君。
ここは病院だよ、僕達連盟に協力的なね」
高身長の方の黒スーツがそう答えるが、尚もオミッドの疑問は尽きない。
色んな疑問が湧いてくるが、特に疑問なのはこの状況だ。
目が覚めたら隣に知らないイケメンが居て、そのイケメンは自分の名前を知っているのだ。
現状を把握出来ていないオミッドだが、混乱しながらも先ずは一つずつ疑問を消していく事にした。
「……すいませんが、どちら様で?」
「おっとすまない。
僕はリア。リア・H・サリヴァン。我が義弟、ズィルヴァレトと同じく連盟に属する者でね。報告の為キングスヤードに帰還した義弟に代わり、君が起きるのを待っていたよ」
「それは、すいませんでした……」
起きたばかりで冴えない頭は、何と返すのが正しいのか分からず、とりあえず謝罪の言葉を出力する。
そんな事を知ってか知らずか、リアは苦笑しながら本題に乗り出した。
「ハハッ、構わないよ。
さて。早速で悪いが、君に話をして欲しい方が居るんだ。
病み上がりのところ申し訳ないが、お願い出来るかな?」
「は……はあ」
「感謝する。ヘレン、繋いでくれ」
「うぃー、了解でーす」
あからさまに元気の無い返事を返して、ヘレンと呼ばれた少女が操作した端末をサイドテーブルに置く。
規則性のある電子音が二、三回ほど鳴ったところで、端末を通してしわがれた老婆の声が聞こえた。
『はじめまして、オミッド・ミンゲラさん』
「あの……この人は……」
その質問にはリアが答えた。
「紹介しよう。
このお方は王立機関・対化け物対策秘密組織アルストル狩猟連盟現連盟長、オーランド・p・ハウル公爵。
言わば、僕達狩人を率いる総大将だ」
「そ、総大将!? そんな人が、俺に何の用が……」
『自己紹介はリアがしてくれたので省きます。
……まずは、現状説明といきましょう。
驚かず聞いて下さい。死にゆく運命にあった貴方は、女王の手により真祖になりました』
「は? あっ、すいません!」
唐突の貴方は真祖です宣言に頭が真っ白になり、オミッドは思った言葉をそのまま吐き出してしまい、即座に謝罪する。
『その反応をするのも無理はありません。
私もズィルヴァに報告を貰った時、同じような反応をしましたよ』
「ですが、嘘偽りの無い事実です。連盟長殿」
端末を見つめ、真剣にリアが言う。
その纏う雰囲気は、自身が真祖になった事実とその重大さをオミッドに直感させるには十分なものだった。
『分かっています。現に張本人から頼まれましたからね。「あの人を助けてあげて」と』
「そうだ……ティアやカーティは、どうなったんですか!?」
『ご安心を。今からお教えしましょう。
今回の功労者達の、その後を』
そう前置きして、オーランドは話を始めた。
『まずはカーティさんですが、貴方と同じ病院に居ますよ』
「現在は集中治療の病室にいるが、医者が驚いていたよ。曰く、常軌を逸した回復力だとね。
あと三日もあれば退院出来るそうだ」
「本当ですか! 良かった……」
短い期間とはいえ、カーティは間違い無くオミッドの相棒だった。
無茶を通して格上と戦い続けたカーティを案じていたオミッドだが、彼女の生存を知り一安心する。
『お次は女王ですが。
あれは狩りが終わった後、私に会いに来ました。
これだけでも、連盟としては非常事態です。
しかしそれより驚いたのは、あの女王が私に頭を下げて頼み込んだ事です。
あんなに必死になるとは……貴方を真祖にしてしまった責任を、かなり感じているのでしょうかね」
そこで気付く。
自分はティアに血族になるのは嫌だ、と伝えた。それを彼女は覚えていてくれたのだ。
それでも、彼女はそれを承知で自分を生かしたのだと。
「……それで、ティアは?」
『恐らく夢を見る事をやめたのでしょう。それだけ言ったら消えてしまいました』
「夢を見る? それは、どういう……?」
夢を見る事をやめた。その言葉の意味を理解出来ていないオミッドに、オーランドが意外げに言う。
『ああ、知らないのですか。
……時に、オミッドさん。貴方は、女王の事をどこまで知っておられますか?』
「真祖っていうのくらい、ですね……」
自分はティアの事を多くは知らない。なんたって一日程度の付き合いなのだから。
『なるほど……。
オミッドさん……少し脱線してしまいますが、かの女王について知りたいですか?』
ティアの身の上話を聞く事は、その一日の中には無かった。あったとして、そんなものを聞いている余裕はあの時のオミッドには無い。
だから、知りたいと思った。
今回の狩りに、自分を巻き込んだお騒がせな女の事を。
自分に命をくれた、強引で、優しい女王の事を。
「はい」
『分かりました。
では、少し長くなりますが、お教えしましょう。
何せ我々が知るかの女王の歴史は、我が連盟設立に深く関わる事ですから』
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