敵地侵入 中
先行したカーティが結界を構築している間に、残る二人はロッドを抱えて廃工場に侵入する。
長く放置されているのか、ポールに色褪せたプラスチック製の鎖がかかっているだけで、敷地に入るのは簡単だった。
「とりあえずこの辺に寝かすか。ゆっくり降ろせよ」
ロッドを屋根のある適当な場所に安静にさせ、トレントはドカッとその場に座り込む。
「ところで、トレントさんは何でこんな所に?」
「あの後思いの他早く仕事が片付いてな。ロッドにメシ奢ってやったんだよ。で、酔っ払ったあいつがおススメの店があるから紹介するってんで段々裏路地に入っていてこれだ。
店聞いても聞いたことねえし、調べてもでてこねえ。こいつを信用して道案内させたが、酔っ払いなんざ信用するもんじゃねぇな」
ロッドが無事だったからか、いつも通りの調子を取り戻したトレントが愚痴る。
なんて不運な、と思いつつオミッドは苦笑で返した。
「せんぱーい」
「うおっ、お前今上から降ってこなかったか!?」
「突貫工事ではありますが、結界構築完了しました。これで外の血族は入ってこれないかと」
「うん、ご苦労さま」
動揺するトレントを完全に無視して、カーティは結界の構築が終わった事を報告した。
「では、超特急で行ってきます。私が帰ってくるまでどうか結界から出ないで下さい」
「ああ。カーティも無事に帰って来いよ」
それを聞いて、カーティは目を丸くしながらも、すぐにいつも通りの優しい笑顔で応えて見せた。
「フフッ、分かりました」
「何で笑うんだ?」
「いえ、父や我が師以外にそんな事言われるの、あんまり無いものですから。何だかくすぐったくて」
「そんな殺伐としてるのか、聖輪隊って……怖いとこだな」
「ええ。本当に、怖いところです。最近、それに気づけたんです。……では、ご無事で」
ロッドを背に、カーティは跳躍して廃屋の屋根を伝って高速で最寄りの病院へと駆けて行った。
「何だあのバカみてぇな身のこなし。人間か、アレ?」
「人間ですよ。紛れもなく」
「……ふーん。へっ。そうかい、そうかい」
にやにやとオミッドを冷やかすように笑うトレントに、オミッドはムッとする。
「何ですか、そのニヤニヤ顔は」
「何でも良いじゃねぇか、何でも。にしても暇だな」
「外には出ないで下さいよ」
「わーってらぁ。わざわざ危険なとこになんざ行かねぇよ。
とはいえ冷えるな。この年だと体に堪える寒さだ」
「中、入れそうなら入って待ちます?」
「そーすっか」
流石に工場内部に入るための搬入口は金属製の鎖と錠で施錠され開きそうにない。二人は諦めて事務所らしき場所の方の扉を調べる。
「あ、開いてる」
「ありがてぇ。ちっとばかし寒さ凌がせてもらうか」
やってる事は違法だが、そも工場に入った時点で不法侵入を犯しているし、何よりじっとしているには外は冷え込み始めた。
仕方なく、オミッドはトレントの後に続いた。
一階は物が積み置きされており、何故崩れないのか疑問なほど絶妙な配置で現状を維持していた。
「外の資材もこんな感じに積まれてたな。ったく、昔とはいえ、ここじゃこれが原因で死人が出たんだぞ。
つっても、もう文句言う会社がねぇんじゃどうしようもねぇか」
「ここは危険ですね」
「だな。二階に行ってみるか」
外付けされた錆びた鉄階段を上っていく。コツンコツンと上がる音が静かな夜に響く。
ふとその音が途切れる。先にいるトレントが立ち止まったから、後ろにいるオミッドも止まるしかない。
「どうしたんですか、いきなり止まって」
「いや……昔を思い出しちまってな」
トレントの視線の先には、古びたアパートがあった。
「ボロボロのアパートに何か思い出でも?」
「あそこはな、ダグと当たった最後の事件の犯人が住んでたとこなんだよ。
……ちっとばかし、昔話に付き合ってもらっていいか?」
オミッドが静かに頷いたのを確認して、トレントは語り始めた。
「十四年前、一件の殺人事件が起きた。と言っても害者は一人。今起きてるアレよりはマシだがな」
「それでも、殺人は殺人。立派な犯罪です」
「へっ、確かにその通りだ。だからこそ、俺もダグも犯人を捕まえるのに必死になった。
今みたいに科学捜査は進歩してねぇし情報もポンポン出てこねぇからよ、俺達捜査員は足で稼ぐ他無かった。
ま、努力は実を結んでな。証拠が何個か挙がって犯人の目星もついた」
「それが、テッド……」
トレントが黙って頷く。
「で、ようやく逮捕状が出て俺とダグは朝イチで逮捕に向かったんだ。
が、それを察知したのかテッドの野郎裏口から逃げやがったんだ」
「それで逃げ込んだのが、この廃工場……」
「そうだ。で、その後の顛末はお前がよく知る通り。俺とテッドが取っ組みあった拍子に、崩れた資材から俺と奴を庇ってダグは死んじまった。
だからここはな、きっと俺達が
「それは、どういう意味ですか?」
「……語り過ぎちまったな。あー寒い寒い。移動するぞ」
問いに答える事無くトレントは階段を上がって二階に入っていった。
オミッドもそれに続くが、トレントが一瞬見せた後悔のような表情が妙に引っかかった。
「ここもとっ散らかってますけど下よりはマシですね、トレントさん」
しかし、オミッドの言葉に応える事は無く、ただ何かを嘆くように上を向く。
そうしてトレントは両手を目に当て、深い溜息を吐いて言う。
「……お前に目ェつけてて良かったぜ。
なあオミッド。正義って、何だろうなぁ!」
「え……っ!?」
ゆっくりと振り返ったトレントが、突然オミッド目掛けて拳を繰り出した。
瞬間、オミッドの本能が警告する。
アレを喰らえば間違いなく死ぬ、と。
身体は本能的に回避行動に移り、拳が頬を掠る。
掠った部分の皮膚は裂け、血がゆっくりと流れ出した。
「まっ、このくらい躱してもらわねぇと困るからな。だが、盗聴器に気づかなかったのは減点だ。
仕掛けられた段階で気づけってんだよ、たくっ」
「違って欲しかったんですけどね! やっぱり貴方が!?」
「ああ、その通り。俺は血族だ、デーヴ・スティルマンのな。
で、階梯ってのは子爵だそうだ」
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