血族狩り、始動 中

 ティアの話では、元凶は表に出る事は無く、部下が血肉を集めて力の増強を図るとの事だった。

 では、何故昨夜デーヴは自ら襲って来たのだろう。

 オミッドには、それが疑問だった。


「多分、奴の索敵範囲に入っちゃったからじゃない?」

「索敵? でも、奴は寝てるんだろ?」

「寝てるって言っても、ずっと寝てる訳じゃないわ。腹を空かせて目が覚めちゃって、新鮮な血肉が欲しくなれば、棺のある範囲を徘徊する事だってあるわ。

 そんな状況で絶好の獲物が手に届く範囲にあったら、誰だって手を伸ばす以外の選択肢を取らないでしょう?」


 血を貰っただけで強くなれるならば、その血肉を喰らえばそれ以上の力が手に入る、という事らしい。なんとも血生臭い理屈だなとオミッドは思う。


 しかしデーヴにしてみれば、これ以上の好機はない。目を覚ましてふと横を向いたら、食べたら都合よく強くなれる獲物がそこにいたのだから。


 そう解釈すると、あの殺気を理解出来る気がする。あれは殺害という悪意とはまた違う、食欲を満たしたいという欲求だったのかもしれない。


「本当はあの日にもデーヴを仕留めたかったんだけど、アイツ昔より強くなってるし、そもそも貴方がいて戦うなんて選択取れないし……。

 ああ、なんかムカついてきた……!」

「まあまあ……というかお前、デーヴの場所分かるのか!?」


 ティアを宥める途中でサラッと出た重要情報にオミッドは驚く。

 もし居場所が分かるのなら、オミッドの思惑が前提から崩れてしまうからだ。


「え、ええ、大まかにだけどね。私が寝てる間に急速に力をつけたようだけど、魔法の方はまだまだなってないのよアイツ」


 オミッドの食い付き振りに若干引きながらティアがそう答えたのを聞いて、彼は安堵して更に確認を取る。 


「じゃあ確実にデーヴはあの辺にいるんだな?」

「多分ね。寝ぐらはあの辺のどっかにはあると思うけど……何でそんな事聞くの?」


 「その前にもう一つ」、と前置きしてオミッドはある質問をした。


「もし、今お前がデーヴに挑みかかったとして、その時の勝率はどれくらいだ?」


 ここからが本題だと直感したティアは、少し考える素振りを見せて言う。


「んー。身体はなんとなく慣れてきたけど、アイツなんか強くなってるし……。

 で、戦いやすい広場に誘い出して、血界偽装を張り巡らせないとだから……六割あるか無いかくらい?」


 ティアはそう言うが、彼女の渋り具合を見るに、きっと本当はもう少し勝算は低いのだろう。

 変な見栄を張るなぁ、と思いつつも大方オミッドの予想通りの返答だった。


「じゃあ、もし戦う舞台が最初からあって、そこで迎え撃つのならどうだ?」

「それなら下準備に使う力をかなり抑えられるから、あと一、二割くらい上がるかな……あっ!」


 そこまで言って、ティアはオミッドの言う策を理解した。


「なるほどね。その舞台を、貴方が整えてくれるって訳ね」

「厳密には、私と先輩が、ですよ。グータラ女王」


 薄ら頬を緩ませて艶やかに笑うティアに、何故か居るカーティが答えた。


「居たのかカーティ!? 車で待ってるはずじゃ……」

「あんまり遅いから、あの血族が先輩に何かしたんじゃ、と不安になったのでつい。

 それより何ですか、この立地最悪物件! 少し迷いましたよ私!」


 そんなに待たせていたのかと腕時計をチラッと見る。どうやら、話始めて十五分は過ぎている。

 たかが五分遅れたくらいで心配し過ぎだな、と思ったがすぐに考えを改める。


 十分程度で終わるとだけカーティに言い残しはしたが、相手は友好的とはいえ血族、人外の怪物だ。加えて女王とくれば、血族をよく知る彼女らプロにとって、その五分は心配させるのに十分な時間に違いない。


 そして、そんな配慮に欠けた自身のせいでオミッドは、顔合わせをさせたくなかった二人がかち合う事態を作り出した事実に気づき、焦っていた。


「ひどい物言いね。この人は私の狩りの協力者よ? アナタには私が、自分の手足を意味無く食べる愚者に見えるわけ?」

「え? 違うんですか?」


 驚いた、とでも言いたげな顔でカーティは答える。

 あーあ、やっぱり始まった。と、オミッドは半ば呆れていた。

 

「自分の手足のコントロールも出来ないんですから、自分の尻尾を追いかける猫みたくパクッとやりそうだなと思ってましたが。

 違うんですか、そうですか」

「なぁーんですってぇ〜???」

「なぁーんでーすかぁ〜???」

 

 毛を逆立てて威嚇する猫のように怒るティアと、あの輪を両手に五つずつ構え臨戦態勢をとるカーティ。二人の実力を鑑みるに、この後起こる事は想像に難くない。


 とりあえず、この建物は無事で済まないのは間違いない。そうなればさよなら敷金どころの話ではない。


「待て待て待ってくれ二人とも!!!」


 火の中に突っ込む覚悟で、オミッドは必死の思いで間に割って入る。


「オミッドそこどいて! じゃないとソイツ殺せない!」

「それはこっちのセリフです! 邪悪なる異端め!」

「あーもう! 物騒な事言うな! あとカーティ、お前も言い過ぎだ!」


 これからこの街に巣食う怪物を狩るというのに、重要な役目を担う二人の相性は見ての通りだ。


 しかし、この幸先の悪い作戦の成功の是非は、猫の喧嘩のように唸りながら互いを睨むティアとカーティ、この二人に掛かっている。何としてでも、二人には協力体制をとってもらわねばならないのだ。


「今こんなとこで喧嘩してどうする!? 俺達の敵は同じだろ! ここで争う力があるんなら使うべき時までとっといてくれ!」

「……分かったわよ! とんでもなく腹立たしいけど、今回はオミッドに免じて堪えてあげる。命拾いしたわね、小娘」

「そっちこそ覚悟しなさい。次こそ我が聖輪を以って貴方を轢き殺します」

 

 最早悲鳴に近い懇願が伝わったのか、睨み合いは続けてはいるが渋々ながら二人は臨戦態勢を解いてくれた。

 やはり、狩り合う関係にある二人の相性は絶望的だ。


「ところで、何処ぞの無礼者のせいで脱線したけど、オミッドの策って何?」

「ええ。私も何処ぞの馬鹿のせいで脱線した先輩の策、詳しく聞きたいです!」

「話すから二人とも罵り合うのをやめてくれ!」


 人外の身体能力と異能を持つティア。不思議な投擲武器を用い、軽い身のこなしで敵を討つカーティ。


 二人とも強力な戦力だが、二人に共闘を提案したところでその結果はレストランの時点で予見出来ていた。


 だからオミッドは、二人が顔を合わせずとも共闘の形を取れる策を考えた。

 

「まずデーヴが寝ている間、とりあえず零時をタイムリミットとする。それまでに決戦の地を選定し、周囲に気づかれないような細工を張り巡らせる。

 ここまでを俺とカーティが担当する。

 そして、決戦の地で待機するティアの所まで俺が誘い出す。

 これが俺の策だ」

「ふーん。なんか連盟みたいなやり方ね。でも、それ貴方も危険じゃない? そんなの、そこの執行官にでも任せれば良いのに」

「馬鹿ですか貴方は? 昼間の一件で敵はもう私の正体に気づいています。それに、向こうは女王の居場所を知る先輩を狙っているのです。私じゃありません。

 正直あまり気は進みませんが、ここは先輩に頑張ってもらう他ありません」


 申し訳なさそうに言うカーティだが、そこはオミッドも覚悟の上だ。むしろ、相手が自分を狙っているという事、この局面において自分という駒の価値を教えてくれたカーティには感謝してもしきれない。


「言ったろ。俺も命を賭けるって。ティアが戦ってくれるなら、俺も俺に出来る精一杯の協力をする」

「……不思議ね。貴方のその覚悟、何処から来るのかしら?

 今この街には執行官に連盟、それにこの私までいるのよ? あなたが命なんか賭けなくても、約束通り私がこの惨劇に幕を降ろして見せるわ。

 なのに何故、貴方は自ら危険に歩み寄ろうとするの?」


 ティアはベッドから立ち上がり、オミッドの前に立つ。


「教えて。貴方をそこまで駆り立てるものは何?」

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