その酔っ払い、女王につき 下

 繁華街の上空を行く紅き影が速さを増す。しかし、黒き影もまたその速さを増していく。

 今は距離が離れてはいるが、その差は確実に詰められていた。

 

「おい、このままだと追いつかれるぞ!」

「分かってるわよ! けど、誰かさんのせいで最高速が出せないの! それともあなたじゃ耐えられないだろうけど最高速、味わってみる?」

「そりゃ悪かったな! お気遣い痛み入りますよ全く!」


 いがみ合いながらも、速度を落とす事無く進むティアは考える。


 速さで差をつけられるならば、もう戦ってしまおうか。いや、それは下策だ。アイツの今の実力を良く知らないまま戦うのは危険過ぎる。

 何より、オミッドを抱えたまま、それも守りながら戦うのは余りにも大きなハンデだった。


 ……というか、何をしようにもこの抱えている男のせいで制限される。

 そうなると、考えてしまう。

 何故、自分はこの男を助けてしまったのか。

 置いていってやっても良かった所を、わざわざ助けてやったのに、感謝の一つすら言わないこの男を。

 それどころか、うるさいだけ。


(もう、振り落としてやろうか……)


「おい、ティア!」


 オミッドの声で、ティアは思考の沼から引っ張り出される。

 気づけば繁華街は遠く、今は人通りの無い冷たさを感じるレンガ造りの住宅が立ち並ぶ街並みの空を跳んでいた。


「何、オミッド?」

「やっぱ聞いてなかったか、もう一回言うぞ! この辺の住宅街は入り組んでるし、幸いこの辺は知ってる土地だ!

 俺に一つ作戦がある。それで何とか撒けないか?」

 

 そんな事を言い出したオミッドの顔を、目を点にして見つめるティア。

 どうやら、無力な人間な割にどうにか役に立とうとしてくれているらしい。

 

「ぷっ、何それ! アハハ!」


 ティア自身何故笑ったのか分からない。敵に追われているというのに、不思議と笑いが込み上げてくる。

 

(久々に人と話したからかしら? 何だかくすぐったいわ。

 でもこの感覚、懐かしいわ)


 気づけば、彼女の胸の内を覆う悪感情は消え去っていた。


「何だよ、ぼうっとしてたと思ったらいきなり笑い出して」

「いいえ、何でも無いわ! やりましょう、それ!」

「じゃ、作戦を言うぞ! 耳を貸してくれ!」

「ふんふん。……うん、分かった! じゃ、降下するね! しっかり掴まってて!」


 そう言うと、ティアは地上へと急降下を開始。そのまま綺麗に着地して駆け出す。

 影もまた急降下し、ティア達を追っていく。


「で、そこを右! 次は左だ !」


 しかしここダミアの住宅街は、まるで迷路のように入り組んでいる。初めてここに来た者は、案内や地図でも無ければ確実に迷ってしまう、というくらいだ。


 しかし、オミッドの指示に従って動いているティアは迷い無く進む事が出来た。


「何ここ、ちょっとした迷路みたいで面白いわね! オミッド? 次はどっち?」

「あの狭い道に逃げてくれ! で、俺が合図したら例の場所に入ってくれ!」

「なるほどね! 分かった!」


 そしてティアは、オミッドに指示された狭い路地へと向かって行く。

 それを見た影は、空高く跳んだ。

 

「今だ! あそこに突っ込め!」


 オミッドの合図を聞いたティアは、すぐさま路地脇にあったマンションの玄関先へと駆け込む。

 オミッドは一階の部屋の扉の鍵を急いで外し、中へと入って施錠した。


「……見られてないよな? とりあえず撒けたか?」

「多分ね。ここ、あなたの部屋なの?」

「じゃなかったら、開けれてないよ」

「へぇ、変わったとこに住んでるのね」


 などと言いながら、オミッドはソファに寄り掛かる。


「にしてもやるじゃない。追いかけ回されて痺れを切らせた相手が、高所からの追跡に切り替えた一瞬の不意を突いて隠れる。

 咄嗟の作戦にしては、まあまあの策だったんじゃない?」

「そりゃどうも、ティア……さん」


 ふと冷静になり口調を変えたオミッドだったが、ティアはそれを面白がる。


「アハハ、今更ね! 良いわよティアで。あと敬語もいらないわ、協力した仲だし。

 私もそうしてるし、私だけこれじゃ可笑しいじゃない。

 ね、良いでしょ?」

「分かったよ、ティア。あと……」

「あと、何?」

「あの時助けてくれてありがとう。置いてかれてたら、俺死んでたろうから」


 内心期待していなかった言葉を不意打ちで聞かされたティアは、一瞬驚いたものの無邪気な笑顔と共に「どーいたしまして!」と返した。


「ところで、これからどうするんだ? ここがバレたらお終いだぞ」

「それについては大丈夫」


 ティアの人差し指から一滴の血が落ちる。

 雫が床についた瞬間、背景は赤い血の色に染められ、また元の色に戻っていった。


「な、何だ今の!? へ、部屋が一瞬赤く!?」

「アハハ、予想通りの反応ね! これは血族魔法って言って、私みたいな高位の血族が使える異能よ。で、今のが血界偽装。これで、ここに居ればアイツは私達を感知出来なくなったはずよ。

 後は夜明けまで引き篭もってたら、とりあえず今夜は何とかなるわ。

 明るくなったら、アイツも諦めるだろうし」

「そ、そうか、良かった。でも、その次はどうするんだ? いつまでも逃げてばっかりじゃ、いずれ……」

「そりゃ私が殺すに決まってるじゃない。安心して! ざっと三日あれば、あんなザコ、ボッコボコにしてやるんだから!」

「呑気か!? というか、そんな自信あるなら何で戦わないで逃げたんだよ?」


 オミッドがそうツッコむと、ティアはさっきまでの威勢は何処へ行ったのか。

 痛いところを突かれたようで、仕方なかったのよ、と理由を話し始めた。


「今の私は完全じゃないの。長いこと休眠してるせいで感覚が鈍っちゃて……。でも、三日あれば倒せるのは絶対よ! 

 そこで、相談なんだけど」

「何だよ、相談って?」

「ここに三日だけ居させてくれない?」

「はあ?」


 その一言は、ティアの相談内容を聞いたオミッドの感想そのものだった。


「金はあるんだろ? ホテルでも何でも借りればいいじゃないか。それなのに何で俺の家なんだ?」

「いや、それはそうなんだけど。

 ホテルに血界偽装巡らせて維持させるなんて今の私の体じゃ無理だし、もし何かの拍子で見つかってホテルにアイツが来たら、後々連盟やら教会やらが面倒だし。

 とまあ、諸々の事情があるんですよオミッドさん」

「いきなり下手に出るなよ、気色が悪い」


 ともかく今回の同居申請は、ティアなりの事情がある上での申し出というのはオミッドも理解した。

 それに悪い話ではない。彼女がアイツを倒してくれるなら、これ以上被害者が出なくて済む。このダミアに起こる、惨劇を終わらせる事が出来るのだ。

 

「分かった分かった、三日だけ置いてやる」

「わぁ、本当? ありがとう!」

「ただ一つ、約束してくれないか? 必ず、あの怪物を倒してくれよ」

「それはもちろん! だって私がここにいるのも、アイツ殺す為なんだし」


 オミッドの頼みを、ティアは快諾してくれた。

 しかし、彼は嬉しさを感じる一方で疑問を感じていた。ティアの殺意が強すぎるのだ。

 

「ああそりゃ良かった。……あのさ、ティア。一つ聞いてもいいか?」

「ん、何、オミッド? まだ何か約束でも?」

「いや、何でそんなにアイツに殺意を持ってるんだ? だって、確か同じ血族って奴なんだろ?」

「んー、それについては色々説明しなきゃなんだけど。まあもう知っててもらった方がいいか。

 じゃあまずは初級編ね。血族とは何か、そこから教えてあげるわ!」

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