Dreaming Queen〜仲間に追放された女王に巻き込まれ、しがない刑事は化け物狩りを決意する〜

宇里シロウ

忘却

地面に出来た赤い水溜りに映し出された月が、暗雲に隠れる。

 今やただの肉塊となってしまった一体の死骸からこの赤一色の光景を作り出した化け物を、彼はただ見る事しか出来なかった。


 外套で全身を覆い、その被りからは鋭い牙を覗かせる。

 その人の形をした化け物は、自らの手に滴る鮮血を美味うまそうに飲んだ。

 あまりにも猟奇的なその光景は、見る者を恐怖の底に捕え、精神を擦り減らしていく。

 

 そんな悍ましいものを、好んで見たい訳がない。だが、眼を逸らそうにも、彼の身体は言う事を聞かない。


 眼を逸らした瞬間、きっと自分は死んでしまう。

 そんな謎の直感が、身体を硬直させる。


 考えろ、でなければ。

 殺されてしまう、あの肉塊のように。


 それは嫌だ、自分はまだ死にたくない。

 あんな風になりたくない。


 逃げろ。自らの本能がそう叫んでいる。


 どうやって? 

 足は凍りついたように動かないのに。


 次は自分だ。化け物は静かに近づいてくる。

 

 ぴしゃり、ぴしゃり。

 血溜まりをゆっくりと歩きながら。


 激しくなる呼吸と心臓の鼓動。

 恐怖が身体を侵食してゆく。

 

 もう逃げられない。もう助からない。


 そう思った。


「此処にいたか!」


 化け物の背後から声が聞こえた。女、それもかなり若い声だった。 


「轢き殺すッッッ!!! せいッ!」

 

 声の主は、掛け声と共に人が投げたとは思えない程の高速で何かを投げた。

 その何かは化け物を正確に捉え、真っ直ぐに飛んでいく。


「!」


 化け物は凄まじい反射神経でそれを弾く。が、弾いた手は無事ではなかったようで、弾いたであろう右手の甲からは黒煙が上がっている。

 分が悪いと判断したのか。化け物は負傷した手を庇いながら、壁を蹴って逃げていった。


「ちっ、逃げられましたか……あれ、驚いた。貴方、生き残りですか? ならば、まずはこちらを優先しましょうか」


 ベール付きの頭巾と暗がりのせいで分からないが、修道服らしきものを着ている。

 彼女は近付いて来て優しく声をかけてくるが、彼は答えようにも声が出なかった。

 

「怪我は……無いようですね。

 声が出ませんか? まあ、仕方ありません。こんな光景を見て恐怖しない方がまともじゃありませんからね。

 ともあれ、偶然とはいえ貴方だけでも救えて良かった……うん?」


 彼女は、何かに気付いたようで彼の近くに落ちていた物を拾う。


「これは、警察手帳? へぇ、貴方刑事さんなんですか」


 警察手帳の顔写真と彼の顔を交互に見ながらそう言うと、彼女は警察手帳を彼の背広のポケットに戻した。


「……丁度いいですね。

 では助けたお礼という事で、少し協力して頂くとしましょう。大丈夫です、危険な事はしませんから」


 彼女は彼の額に優しく手を当てた。

 すると彼の視界は歪み始め、頭の中がぼやけていく。

 底なしの泥沼にでも溺れるかのように、彼の意識は沈んでいった。

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