ファム・ファタールの標本
冴西
Q
「もしも、私が私じゃなくなったら、殺してくれる?」
うつくしい声だった。
夕暮れ時の切なくなるような空気に蜂蜜を一滴たらした、澄んでいるのにとろりと甘い、大好きな声。
永遠に聞いていたいほど愛しいそれで織られた言葉に、あたしは一瞬息を止めた。
夕陽を浴びて赤みを増した、一千万分の一の確率でしか生まれないヴァイオレット・アイに間抜けにもぽかんと口を開けて瞠目した顔が映っている。
聞こえなかったフリはできない。こんなにも静かな二人きりの教室で、そんなごまかしが通用するはずもない。
はく、と一回だけ口を開閉させて、努めて穏やかに笑みを作る。
「――勿論。約束するね。巴チャン」
答えたあたしの声は、震えていなかっただろうか。
震えていたりしたら、この優しい少女はきっと悲しんでしまうだろうから、きれいに取り繕えていればいいと思う。
好きなコの前でくらい、ばっちり決めておきたい乙女心というやつだ。
あたしの答えに巴ちゃんの長い睫毛が震えて、白い頬の上に影が落ちる。血の気のない冷たそうな頬は、それでも触れてしまいたくなるくらいに滑らかだった。蝉がぼたぼた落ちてくるような秋の初めで、まだ少し汗ばんでしまう気温の中でも、彼女はうつくしい。
あたし――
なんて、幸福なことなのだろう。
なんて、得難い奇跡なのだろう。
だから、あたしは約束するのだ。
小指と小指をそっと絡ませて、すべすべとした白い肌を指の腹でなであげて――ヴェールの一つでもあれば完璧だったけれど、放課後の教室で贅沢は言えない。
「巴チャンが誰かの物になっちゃいそうになったら、きれいなまま標本にしてあげる」
誓いの言葉を口にすれば、巴ちゃんが幼い少女のように笑う。
心底安堵して、夢を見るような甘いヴァイオレット・アイがふわりと綻びながらあたしだけを見てくれる瞬間は、何度味わっても毒薬のようにあたしの脳髄をぐずぐずにして止まない。
――ただそれだけのために、最初で最後の恋を捧げた彼女を殺す約束をしたのだ。
殺してしまえば、華奢な肋骨の内側にある心臓を止めてしまえば、もう二度と彼女が笑うことすらできなくなることくらいわかっている。わかっているけれど、止めようがない。
「やくそく、ね」
必ずわたしを殺してね。それまで誰の物にもならないから。
言外にそう言う彼女に逆らえると言える人間がいるならば、出てきてほしい。
誰に愚か者と罵られようと巴ちゃんが最後まで笑ってくれるならそれだけでいい。そんな気持ちが彼女を目の前にすればきっと骨身に染みるはずだから。
***********
谷坂巴はとてもきれいな女の子だ。
想像し得る中で一番うつくしい出来の白雪姫を思い浮かべてほしい。
艶やかな天使の輪をティアラのように飾った黒檀の髪、雪花石膏を思わせる白い肌、血のように紅い唇、一流の芸術家が丁寧に作り上げたに違いない整い切った造形、可憐な声。――そうして組み上げた形の仕上げに、とびきり上等な紫色の宝石を眼窩に嵌めれば彼女の出来上がりだ。
童話の御姫様と違うのは、生に煌めく瞳というよりも死に焦がれる瞳をしているということくらいだろうか。それすらも魅力に変えているのだから、まったく魔性というものは手の付けようがない。
そう、魔性だ。
ただ立ち上がるだけで、ただ佇むだけで、歩むだけで、息をするだけで。ただ、生きているだけで人を魅了する生き物を、魔性以外になんと呼べばいい。
本来のあたしなら、絶対に近寄らないタイプの子だ。頭の足りないギャルとか言われることもあるけれど、少なくともこの少女の危険性ははっきりわかっている。
本人に悪意がなくとも勝手に人が狂っていく。この子のほほえみを、小さな手振りを、あるいは一滴の涙を向けられたいがために、頼みもしないのに彼女の周囲にはいつだって死体が転がっている。血途を勝手に、作られる。
まるでそれこそが彼女に相応しいレッドカーペットだとでもいうように。
誰がやっているのだか――単独犯ではないことだけは確かだ――わからないが、確実に積み上げられていく供物の山の中にいつ自分が埋もれるかわかったものではない。
正常な判断を下すならば、彼女の視界から消え失せて、どこかのだれかからも逃れるべきだ。
わかっている。わかっている、けれど。
それでも今もここに居るのは、彼女のお願いなら何でも叶えてやりたいと思ってしまうくらい首ったけになってしまっているのは――そんな、危険だなんてデメリットで打ち消すことができないくらいに、彼女のことが好きになってしまったからだろう。
誓ってあたしは死体を積み上げたりはしていないけれど、彼だか彼女だか知らない狂信者どもと世間的に見れば同じ部類に仕分けられる愚か者であることは、否めない。
ため息をつけば、思ったよりも熱い吐息となって唇が濡れた。
理性でそれ【脅威】を理解し、本能でそれ【危険】を悟り――愛でそれら【警告】を放棄する。
出会ってしまって、好いてしまったのだから仕方ない。
彼女の黒髪が淡く光を弾いて緑色に光る。艶やかで柔らかそうな唇が赤い。長い睫毛の奥にある瞳が紫色に世界を灯す。決して原色のような派手さはないけれど、彼女の色はあたしを染め上げてしまった。
あたしの、曖昧な灰色の世界を。
瞬いて、記憶を手繰る。
彼女に出会った時のことを一度だって忘れたことなんてないから、記憶の再生は至極スムーズだった。
――あの日は、雨が降っていた。
****
世界に紗幕をかけたような霧雨が降る窓の外から目をはなし、流行りのティントリップで彩った唇をストローに寄せる。
なんか町がモノクロに見えるよね、なんて妙に詩的な表現をする目の前の友人に適当に相槌を打ちながら、そういうものかと認識に書き足す。
太いストローから吸い上げたクリームとコーヒーの混合物はべっとりと甘い――けれど、これが世間的に美味しいらしいから、美味しいねと頷いておく。
流行りのメイク動画のすっぴんと完成後を見比べてもどちらも同じ骨格だなと思う――けれど、メイクの詐術やカラーリングがすごいらしいから、そうだねと肯定しておく。
そんな行為を繰り返しながら、梶原真莉愛と名付けられたあたしはその日も生命活動を続けていた。
(――わからないなあ)
あたしにとって、産声はそのまま断末魔のようなものだった。
色覚に異常があるわけではない。おはじきは言われた通りの色を順に並べることができるし、ニュアンスカラーを取り入れたメイクやコーディネートもお手の物。けれど――それらが心の揺らぎをもたらすことはない。
好意はなく、嫌悪はなく、神経が興奮したり落ち着いたりといった心理的な変化も生じない。
畢竟、あたしにとっての色とはただそこに存在するだけの物であり、生命の維持に役立たないという意味では空気や水といったものよりもずっと下の無意味な存在でしかなかった。
(そんなあたしでもどうにかなっちゃうんだから、世界って適当なんだよなあ)
生まれてこの方、梶原真莉愛は世界に実感を持ったことがない。
強烈なトラウマがあるわけでもなければ、人格形成に難をもたらすような家庭の不和があったわけでもない。ただひたすらに、そういう生き物として生まれついている。
胎内記憶を持つ子供であったから、確かなことだ。
少なくとも、この瞬間、この時までは――あたしと世界は、分断されていた。
そう。
――さあさあと、あめがふる。
少なくとも、
――ぱしゃん、と小さな足が水たまりの上を駆けた音がする。
この瞬間、
――窓の外だ。聞こえるはずがない。それでも、たしかに聞こえた。
この時まで。
――幻聴かもしれない。それでもいい。
すなわち。
――その音のおかげで、焦点すら定まってなかった目玉をそちらに向けることができたのだから。
灰色の紗幕を背にして、世にも美しいものがこの世界に現れる、その瞬間までは。
雨で濡れた黒髪がぺっとりと白く細い首に張り付いて、妙に色っぽい。
血の気のない頬の白さが鮮やかな唇の赤色と引き立て合っていてとても綺麗。
細くて折れそうな足首も、柳腰も、どれも完璧な比率でそこにおさまっている。
どんな名工でも再現できないほど繊細な造りの横顔に、どうか顔をあげてこちらを見てくれないかと期待が募る。
悍ましいほどの欲望が鎌首をもたげ、舌なめずりをする。
「……きれい」
陶然と呟いたのは、あたしではなかった。
いや、こう言うべきだろう――コーヒーショップの店内にいたあたし以外の全員が、一様にそう呟いたのだ。
異常だった。
誰も彼もがガラスの向こうに立つ線の細い少女を見つめている。彼女の一挙一動、瞬きの小さな震えさえ見逃してなるかと、じっと、息をひそめている。
極上の獲物を見つけた獣、あるいは――祭り上げるべき神に出会ってしまった、人間のように。正気の窮まった、狂気を帯びている。
(なに、これ)
自分も見蕩れはした。あらゆる色彩に動かされたことのない心臓が、彼女の赤い唇一つに盛大に高鳴ったことも認めよう。
けれど、生来の熱の薄さが幸いしたのか、残された一かけの理性があたしをその奇妙な群衆の一人にしなかった。
間違いなく魅入られているが、狂ってはいない。
誰も彼もがその美しい生物の向こう側に自分の求める夢をみているような、とろりとした目を向けている中で――ただ一人、あたしだけが実像を見据えていた。
だからと言って、冷静だったわけではない。
周囲の異様さに常ならば財布を掴んで大急ぎでその場から立ち去ることを選ぶ無味乾燥の感性は今、生まれて初めて感情の嵐の中にいた。
――周囲を陶酔や偶像崇拝というならば、対して恋とでも名付けられるような、強烈な感情の中に。
耳の奥から大きな心臓の音が爆音で鳴り響いている。体内で嵐でも起きているかのような轟音にあおられてクラクラとめまいがする。ひどい風邪でもひいたみたいだ。
(こんな、)
ごくりと唾を飲み下した音に反応するように、うつくしいひとがこちらを向いた。
(――なんて、あざやかな)
紫色が、プラスマイナスゼロ度を保ち続けた心臓を射抜いた瞬間だった。
この世のどんな宝石だって勝てやしない、鮮烈な紫眼。
魂をまるごと掴まれてしまいそうなほど強いのに、どこか眠たげな香りを帯びているのがこの上なく似合う極上のヴァイオレット・アイ。
奇跡のような色素の比率でのみ成立するその瞳を前に、これまで不動を貫いていた梶原真莉愛の心はあっさりと陥落した。
「名前、教えて」
硝子越しに届くはずもない言葉を零してみるもやはり声は届かなかったようで、ことん、とその小さな頭が横に傾いだ。
うるさい心臓をどうにかなだめすかして、とっさにスマホのメモを起動する。
女子高校生らしく鍛え抜かれた速度で文字を入力して硝子に向ければ、ほう、と赤い唇から白い息が漏れるのが見えた。
【お友達になりたいから、お名前を教えてほしい】
飾り気も何もない文章をにしぱしぱと目を瞬かせた少女は、細長く白い指を顎に当て、ちょっとだけ虚空を悩まし気に見つめる。
きっと一分どころか三十秒も経っていないだろう短い時間の中で、全力で徒競走したみたいに心臓の音だけが鳴っていた。うなじのあたりにチリチリと視線が刺さっているような気もするが、群衆の妬みだろうから、気にしない。
ふいに、顎のあたりにかかっていた指先が動いて、上にずれた。人差し指一本が赤い唇の前で立てられる。
――ないしょ
音もなく伝えられたそれにゾクゾクと背筋が震えた。
それが羞恥でもなければ、憎悪でもなく――いうなれば、歓喜に近い感情であると気づいたのは、店内の異常な静寂がするりと消えて友人の声が鼓膜を揺さぶった時だった。
はっとしていつの間にやらテーブルに落としていた視線を窓の外に戻せば、彼女はもうそこにはいなかった。
真夏の夜の夢のように、世にも美しい少女との邂逅はそうして終わった。
****
次に彼女と出会ったのは、雨の日から二日後の事だった。
最初の雨天とは打って変わって、その日はからりと晴れた青空が印象的だった。
突き刺すような風が、おしゃれに興じる女子高校生の太ももを存分に冷やしていく中、あたしは花屋に赴いていた。
日常から花を飾るような習慣はないけれど、母の誕生日が近かったのでフラワーボックスの一つでも贈ろうかと思いついてもことだった。
世界に何の色も感じられない生物ではあるものの、両親といたって仲が良かった。
父は最優先事項が母であること以外は実に優秀な父親であったし、母は娘が世界をモノクロに見ていると知ってもそれでいいと受容する器の大きな母親であったから、どこか人間の真似をしているだけのような自分にとっても過ごしやすい環境と距離感を維持できていたのだろう。
そんなわけで、親と仲のいい子供らしい行動をとるべく、その日の目的地は花屋になった。
菓子や小物ではなく花にしたのは、あのうつくしい少女の影響だ。
それまで色に価値を見出せなかったから実用性や機能性を優先してモノを選んできたけれど、あの美しい紫色を思い出すと、少しだけ美しさ以外に意味のないものであってもよいのではないかと思うことができた。その変化を喜ぶべきかはまだはかりかねていたけれど、それでも思い返すだけで胸がうずくあの紫色によく似た花があればいいなという小さな期待もあった。
――結果のみ言えば、そこで売られていたどの花もやはり真莉愛の胸を焦がすことはなかった。
代わりに、この世で最も美しい人がそこにいた。
雨中に佇んでいた白雪姫が、やはり眠たげな眼差しで花の中に佇みながら、あの日と同じくことんと首を傾げる。
一拍置いて、形のいい唇が解けるように開いた。
「……あ。この間の」
「……えっ、おぼえ、て?」
まさかあの一瞬の出来事を覚えていてくれるとは露とも思っていなかった、だとか、まさかここで出会うとは、だとか、声まで綺麗なのかこの子は、だとか。一気に増した情報量が頭の中を駆け巡る。ばったり街中で友人にあった際に不審に思われない程度に身綺麗にはしているけれど、この少女の目の前に出るにはあまりにも気を抜いた服装をしているのではないかと途端に全身が熱くなる。
人に合わせるのは得意な方だったはずなのに、まるで回らない口を馬鹿みたいに開閉させている姿のなんてみっともないことだろう。
焦りを覚えたあたしとは正反対に、少女はやはりおっとりとした様子で真莉愛の確認にこくりと首肯した。
「うん。喫茶店にいた子。だよね」
また会えたね。と控えめな声で語り掛けてくる姿に、もはや狂喜に等しい感情がこの身を内側から焼き尽くしてしまいそうになる。
いっそ発狂出来たら楽になれるんだろうな、なんて馬鹿なことを思う。
「そのっ、この間は、ごめんね? その、貴女があんまりキレイだったから、お友達になりたくって、あんな変な聞き方しちゃって」
「……おともだち?」
「えっ、うん」
実際はこの感情が友情ではなく限りなく劣情に近いものであることくらいとうにわかっているが、さすがにほぼ初対面の相手からそんなことを言われたらトラウマものだろう。
そう咄嗟に回転させた頭で取り繕えば、少女はぱちぱちと数回瞬きをして――ふにゃりと、笑った。
赤子のように無垢で、花のように柔らかい、無防備な笑顔。
美術館にあってもおかしくない造形の、ある種人間味のない美貌の持ち主が浮かべるにはあまりにも不釣り合いで――それだけに、魅力的かつ破壊力抜群の笑みだった。
「うふふ、そっかぁ。おともだちかあ」
「――そんなに嬉しい?」
そこで、生来の達観がちりりと違和感を叫んだ。
脳髄まで蕩けて馬鹿なからくり仕掛けみたいにならなかった自分をほめてやりたい。
無垢に、邪気なく、「友達」という言葉に喜びを示す姿は愛らしいけれど――おかしいだろう。
こんなに美しい少女で、愛想だって悪くないというのに、これまで友人がいなかったみたいな反応をするなんて。
疑念は肯定される。
「うん」
静かに、悲観するわけでもなく、ごく当たり前とでもいうような口調で。
「私に近づいてくる人、みんな【友達なんかじゃいやだ】って、言うんだもの。だから、ずうっとおともだち、ほしかったの」
白魚のような指が、その喜びを抱きしめるようにきゅっとあたしの指を掴んだ。
「――私、巴。谷坂巴っていうの。あなたのお名前を教えて?」
まるで、指と耳とに毒でも流し込まれているみたいだった。彼女の触れた場所が、声に撫でられた箇所が、異様に熱い。
操られるみたいに、けれど確かに自分の意志を持って、その指を握り返す。
「梶原真莉愛、だよ。よろしくね。巴チャン」
しっかりと触れ合った指先は、あたたかい。
人形でもなければ、絵画でもなく――人間として、正常なぬくもりを血潮が運んでいる。
当たり前のことだというのに、何故だかとても、涙が出てしまいそうだった。まるで、初めて人間と触れ合ったみたいな気持ちになった。
それからというもの、あたしは足しげく彼女のいる花屋へ通った。
とびきりの遊女に入れ込む馬鹿な客のように、ほとんど毎日店頭を覗き込んでは彼女がいないかを確かめるうちに、彼女は別にこの店で働いているわけではないことを知ることになった。
「お店? ああ、私のおうち。お母さんとお父さんがね、やってるの」
普段はお店に私は出ないようにいわれているから、あの日会えたのは偶然だね。と付け加えながら巴チャンの赤い唇がストローを挟み込む。浮世離れした容姿に似合わず子供っぽいものが好きなようで、半透明の筒の中をオレンジジュースがするするとのぼっていく。
ワンコインあればそこそこお腹を満たせる学生の味方と名高いファミリーレストランでテーブルごしに向かい合い、少しずつ彼女のことを知っていくのは至福の時間と言えた。
あまりに毎日店に通ってきては誰かを探しては肩を落として去っていく女子高校生はそう時間もかからず娘の友人だと店主夫妻には知られたらしく、今では顔を出すだけで自然と彼女が姿を現すようになった。やはり美しい彼女を家の外に出すのは心配事も多いらしく、常に心配そうな表情で送り出すご両親の姿が目に付いた。
「過保護なんだ。昔から……ちょっと、変な人に絡まれやすいから」
困ったように歪む眉とは裏腹に、ご両親からの愛を受け取り育ったとわかる笑みは温かく、あどけない。心なごみそうになったが、聞き逃せない言葉があった。
「変な人、って?」
窓ガラスにスマートフォンを押し付けた自分も相当変人の類ではあるけれど、あの時の余裕そうな表情からするに彼女にとってあの程度は変な人には入らない。つまり、もっと過激で、わかりやすく――害のあるものが、この少女の傍に出没している、ということだろう。適当に頼んだドリンクのストローを握りつぶしたくなる衝動をこらえ、素知らぬ顔で首をかしげてみる。
知り合って間もない相手に正直に話すのは躊躇われるのだろう。もぞりと美しい唇は歪むばかりで、音がこぼれてくることはない。
「ね、教えて。お友達が困っているなら力になりたいよ」
じっ、と見つめながらすべすべとした両手をきゅっと握れば、観念したように薄い肩から力が抜けた。
彼女は存外、【友達】という言葉に弱い。
「あまり、気持ちがいい話じゃないんだけど」
そう前置きをして語り出した内容は、予想の何倍もひどいものだった。
言葉を交わしたことも無いような人間から鉄臭いラブレターが届いた、撮られた覚えのない写真がみっちりとおさめられた上に一枚一枚に虫眼鏡で見ても事足りないほど小さな文字の感想が余白に敷き詰められた箔押しのアルバムがポストに入っていた、友人だと思っていた人が勝手に合い鍵を作って深夜に侵入してベッドの下に潜んでいた、道で双方よそ見をしていたせいでぶつかってしまった人が翌日路地裏で変死体になって発見された犯人は小学校の頃の担任だった、奇妙な服装をした集団が御神体と呼んで誘拐して来ようとした発起人は幼稚園で席が一回だけ隣になったことがある子だった、白い瓶詰が届いた、小指の入った小箱が窓際に置かれていた、エトセトラエトセトラ。
「まってまってもういいから!」
指折り数えながら一般的なストーカー被害から明らかに異様な猟奇殺人まで混ざり合った被害を羅列していく巴の目がどんどん死んでいくのを見て、あたしは咄嗟に静止した。できれば被害一覧を作って関係者全員にお灸をすえてやりたいところだけれど、それが彼女のトラウマを刺激する行為なら実行するわけにはいかない。
一番大事なのは彼女の心身の健康だ。
止められた理由がわからないとでも言うように目を瞬かせた巴の、その瞳の精気のなさと表情のアンバランスさが悲しかった。どれだけ傷つけられてきたのだろう。傷つけられて傷つけられて、もう自分が傷だらけなのすらわかっていないに違いない。
「――あたしが、守ってあげるからね」
ぎゅっと手を握りしめて誓えば、ヴァイオレット・アイの奥底に敷かれていた緊張が緩まった気がした。小さく動いた唇が紡いだ言葉は聞こえなかったけれど、そのほっとしたような表情を見れば、なんとなくなにを言ったのかは想像がつく。
――どういたしまして。と心の中で返せば、ぽっと心臓が温かく波打った気がした。
それからあたしは、彼女の周りを徹底的に警護することに決めた。幸いというべきか、父親がそういった観察網を敷くのが得意な人であったから、片手の指の本数よりもずっと少ない日数で彼女のための警戒網は張り終わった。
最終チェックを終わらせ、あたしはスキップしながら夜の街に躍り出た。
今すぐ彼女を安心させてあげたくて、気が逸っていたのだろう。
明日の朝とか、それこそ電話でもよかったことに気づいたのは、彼女の部屋の窓をノックした瞬間になってからだった。
目を白黒させながらあたしを迎え入れてくれた彼女の手をそっと取る。騎士気取りなんてガラではないけれど、青白い月の下で彼女と話すならばこの角度からその顔を見上げてみたかった。
「もう安心だからね。怖い人はみんな、あたしが片づけてあげるから」
安心させるように笑ってみせる。少しばかり力の入った笑顔になってしまったのか、少し怯えたように彼女の肩が震えていた。ごめんねと謝れば、ふるふると首が横に振られる。
ちいさく涙を浮かべた美貌が月光に映えて、今日も世界で一番谷坂巴は美しかった。
あたしの日課に、ごみ掃除が加わった。
傍にいられない真夜中に侵入者がないように仕掛けたトラップに引っかかった大量の虫を始末する。
命を奪ったりはしない。命を奪う程度で許してあげたりなんか、しない。
くつくつと笑うあたしの頬に、青白い光がかかる。
ふと違和感を感じて振り向けば、そこには身支度の時に使う全身鏡があった。――そこに、あたしは映っていなかった。
あたしだけじゃない、隣にいるはずの巴チャンも映っていない。映る余地がない。
なにせ、全身が映るほど大きなその鏡すべてに、こどもの落書きのようにぐちゃぐちゃとした線でできた手のひらの集合体がみつちりとおさまっている。べたべたと、鏡の内側から手のひらをこちらに向けておしつけて、目玉もないのにじいとこちらをみている。
みられているのが、わかる。
「――ッな。に」
巴チャンは気づいていないのだろうか。咄嗟に強めた腕の中を見下ろして、愕然とする。
「あ、れ?」
確かに抱きしめたはずの巴チャンは、影も形もなく消えていた。どっと汗が噴き出して、背骨に沿って流れていく。周囲を見回せば、そこは彼女の部屋なんかじゃなく、見慣れたあたしの部屋だ。こだわりもなくただそれらしく、年頃の少女ならこのようなものを置くだろうと真似だけをして組み立てた、味気ない部屋。巴チャンと出会うまでの、あたしそのものみたいな空っぽの部屋。
「ゆ、め」
かくん、と首を傾ける。勉強机の上に置いたミラーに首を傾げる影が映る。電気をつけていないから、表情は見えない。
どこからが夢で、どこからが現実なのかがわからない。目を開いているのか閉じているのかわからない。ぐるりぐるりと思考が回り、目が回る。びっしょりと、汗で濡れたせいか妙に肌寒い。いつの間にかがちがちと奥歯が鳴っていた。
それを宥め、もう寝てしまおうとブランケットを引き寄せれば、ふわりと甘い香りがする。
谷坂巴の香りだった。
――あたしは、蕩けるように、夢に飛び込んだ。
翌朝、あたしは鉄砲玉みたいな勢いで家の玄関を飛び出した。父だか母だかの靴をいくらか蹴飛ばした気がするが、そんなことには構っていられない。
確かめなくては気が済まない。
昨夜のあれは、彼女を好きすぎるあまり脳が見せたただの幻覚なのか。それとも本当はきちんと彼女の部屋に行って、あの細い体を抱きしめていたのに何か途方もないものに邪魔されて返されてしまったのか。どちらなのか。
冷静に考えれば幻覚。いや、夢だろう。彼女を想うあたしの夢。あたしを想う彼女のカタチ。そうに違いない。
切れる息の間に、地面を蹴り上げるローファーの音の隙間に、そんな思考を流し込みながら――それでも、背筋を虫が這いまわるような嫌な予感が止まらなかった。
あたしの家から彼女の家まではそこそこの距離がある。目と鼻の先に住めたらよかったし、それで幼馴染なんかになれていたら最高ではあったのだけれど、そうはなっていない。ろくに運動していない太ももが悲鳴をあげるくらいに走って、走って、いくつかの横断歩道と陸橋、曲がり角を超え、花の瑞々しいにおいがするところに、彼女はいる。
今日も麗しい立ち姿。すっきりと伸びた背筋にサラサラの黒髪が流れて、ぞっとするほどきれい。
よかった。やっぱり夢だったんだ。こみ上げる安心感のままに、呼びかける。
いつも通りに振り向いて、あのうつくしいヴァイオレット・アイに魅入られて、やっと日常が戻ってくる。
「――ともえちゃ」
あたしの声を遮るように、彼女の前に立った影があった。
柳のようにひょろりとした、真っ黒な影が起き上がったような男だった。
青白い頬、光の差さない目、巴チャンとはまったく別種の――異様な気配がする凄艶な美貌。
ぞっと、血の気が引いていく。
アレはきっと、ヒトではない。あんなものがヒトであってたまるものか。きっと、あれが昨日あたしとあの子の間を引き裂いた悪魔なのだ。谷坂巴という少女のあまりの美しさに魅入られて、独占しようとしている悪鬼だ。
純粋な巴チャンはそれに気づくこともなく、どこか慕わしいものを見るように高い位置にある男の顔を見上げてころころと笑っている。
あたしに、気づくことなく。
目の前が真っ赤になって、心臓の奥底がぐつぐつと煮えたぎるような熱で満ちる。
ああ、巴チャン。どうか気づいて。貴方の隣にいるのは、ヒトではないことに。貴女を真に愛しているのはあたしなのだと、そいつはあたしたちの仲を引き裂こうとしているの。あたしに成り代わって、信頼を得ようとしているに違いない。だから巴チャンはあたしに気づかないんだ。
そんな、あたしの心の叫びが聞こえたみたいに、男の真っ黒な目がちらりとこちらを見た。
気づかれた。反射的に身をすくめたあたしを見ながら、男は口の端だけで笑った。挑発されているのだとすぐにわかった。
ざり、とローファーの踵が小石を擦る。腰が引けているのだと、一息遅れて自覚する。男に睨まれたからではない。その程度で撤退するほどあたしの想いは軽くない。愛しい少女を救い出すためなら、今すぐにでもあいつの背中に包丁でも突き立ててやれる。けれど――巴チャン自身を人質にとられているのだと気づいてしまったあたしは、撤退せざるを得ないのだ。
白い指がどこか蠱惑的な動きで細い首に絡んだ黒髪を解いていた。無防備に急所をさらけ出した巴チャンの皮膚をわざとらしくなぞって、なにかを吹き込むように男が顔を寄せて、巴チャンに気づかれない角度で――彼女の盆の窪を見せつけるように指さした。
まごうことなき、【下手に騒いだらこの娘を殺す】という脅しだった。
だから、あたしは情けなくも負け犬のように来た道へと踵を返して駆け出すしかなかった。
あいつがわるい
あの、黒くて恐ろしい/うつくしいものがわるい
あたしは、わるくない
ガンガンと痛む頭を抱えながら足を動かす。視界の端がありえないほどびゅんびゅん早く過ぎていくような錯覚に襲われながら帰り着いた自室で、あたしは膝を抱え込んだ。あたしの恋があんなものに負けたことが悔しくて、妬ましくて、狂おしくてしかたがない。巴チャンはあたしのものなのに。
「ごみそうじ、しなきゃ」
あれを片付けなければ。美しい花に降り注いだ汚泥を拭わなくては。あたしのものを守らなくては。策を、練らなくては。
フローリングに立てた爪が、獣のようにガリリと音を立てる。
頭が痛い。吐き気がする。視神経が正常に作動していない。ぐるぐるぐるぐるぐるぐる視界が回る。ごん、とボーリング玉でも落としたみたいな音がする、遅れてぬるりとした感触が唇に触れる。
ぷん、と鉄とヘドロが混ざったようなにおいがして――あたしの意識は暗転した。
視界の端に、なにか、どろりとしたものが入った気がした。
***
目が覚めて、首を傾げる。
――はて、あたしは何に憤っていたんだっけ?
***
昨日はいい日だった。
ちょっとだけ夢見が悪かったけれど、そのあと会いに行った巴チャンと存分にお話ができたし、映画館にも行けた。
お互い気になっていた作品が同じでちょっと運命を感じたことに始まって、チラリと様子が気になって上映中に目を向けたら目が合ってしまって思わずお互い笑ってしまったり、ポップコーンに手を伸ばしたら手が触れあってなんだか照れ臭くなってしまったり。そんな、ちょっと青春っぽいことがたくさん起こった素晴らしい一日だった。
「今日も会えるかな」
約束はしていない。どうせ同じ学校なのだし、教室へ行けば会えるだろう。あたしはそう思いながら通気性が高い夏服に袖を通す。コーディネートにさほど興味のない、というか違いが知識以上にはわからないあたしにとって制服はありがたい存在だけれど、巴チャンにすこしでもよく見られたい乙女心としてはちょっと地味だなとも思う。難しいところだ。
落ちている蝉に気を付けて、自転車のペダルを回す。まだ少し蒸し暑いけれど、速度を出すほどに髪をさらっていく風は心地いい。
今日もいい日になりそうだ。
なりそうだった、のに。
「……は?」
巴チャンの隣に、知らない男がいた。
悔しいことに同じクラスではない上に移動授業も重なって放課後まで彼女に会えなかったフラストレーションを爆発させるように、あたしは放課後のチャイムをヨーイドンのピストルみたいにして教室を飛び出した。向かうは当然、巴チャンの教室だ。驚いてくれるかな、なんて鼻歌でも歌いだしたい気分で彼女の教室をのぞけば、巴チャンは確かにそこにいた。
あたしの知らない奴と、一緒にいた。
いやいや当然だ。巴チャンにだって生活がある。いくら友達が少ないとはいえ、あんないいこがつまはじきにされ続ける道理はないのだ。クラスに親しい友達の一人や二人はできて当然の頃だろう。
でも、距離が近い。友達程度の男女の距離感ではない。まるで何年も連れ添ったような、そんな、あたしでさえたどり着けていない距離感に、ひとがいるなんて。
――「もしも、私が私じゃなくなったら、殺してくれる?」
夕暮れの、中、美しい声がする。
斜陽の中で、世界で一番美しい人が、強請っている。
「もち、ろん。もちろんだよ、やくそ、やくそくするねともえちゃん」
ノイズだらけの頭の中でひとつだけ鮮明に再生されるそれは、いつ聞いたものだっただろうか。
ああ、いや。そんなこと、どうでもいい。
大切なのは、あたしは彼女と約束したという、その事だけでいい。
「巴チャンが誰かの物になっちゃいそうになったら、きれいなまま標本にしてあげる」
誓いの言葉を、再生する。絡めた指の温度を、滑らかさを、彼女のほほえみを、脳裏に描く。
涙で視界が滲む目玉を使って、改めて教室の中をのぞく。もう巴チャンの姿はなかった。あたしがいる側じゃない扉から出たのだろうか。
がちりと奥歯が噛み合わさって、その耳障りさに眉を顰める。
ああ、はやく、はやく。追いかけなくちゃ。
――「やくそく、ね?」
ついさっき聞いたばかりのように鮮明に再生できるこの声が、背中を押してくれるうちに。世界でいちばん大好きなあの子を――殺さなくては。
ヘドロでも纏わりついてるみたいに重い足を動かす。ぐちゃ、と粘り気のある水音が足音に重なって聞こえる気がする。
なんてことのない平日の放課後の静かな廊下は不気味だ。血を零したように真っ赤で、沼の底のように暗くて、奈落の
よう悲しいから、早くここから出なくては。
窓の外で美しい黒髪が風になびくのが見えて、あたしは縋るように飛び出した。
走る、走る、走る。
相変わらず足は重い。心臓だってずきずき言いながら跳ねている。待ってと叫ぶ声も掠れてろくに響きやしない。
まるで人魚姫みたいだ。なんてよぎった例えを破り捨てる。
あたしはあんな、魂を求めて人を好きになって、両想いになれなかったからナイフを突き立てようとするような、あんなものではない。あたしがあの子を殺すのは、あの子に望まれたからだ。
あの子のために、あの子を殺す。頼まれたから。そこに迷いはない。これは愛なのだから。
走る、駆ける、跳躍する。
悲劇ぶった思考を捨てたおかげだろうか。体がどんどん軽くなる。夕景の紫と青と赤を混ぜた空の下、黄金色の街が線となって視界の端を切っていく。風がごうごう耳元を掠って、唸って、あたしを叩く。小さくなった彼女の影をうんと見開いた目で探す。眼球が空気にぴりりと痛んでも、気にしてなんていられない。
「――ともえちゃん!!」
彼女の名前を呼んだはずなのに、うまく聞き取れない。風のせいだろうか。
薄い彼女の肩が跳ねて、風に黒髪が踊る。白い顔がくるりと振り返る。夕焼けの中でもやっぱり、あの紫色の目はきれいだ。
赤い唇が小さく動いて、何かを呟いた。聞こえない。まだ、遠いから聞こえない。彼女の声は大きくないんだ。もっと、近くに行かなくちゃ。
羽でも生えたみたいに、もうあたしの体は重さを感じない。
少し足に力を入れる。手を伸ばす。しかと掴んだ腕は細くて、震えている。
「あたしだよ。安心して巴チャン」
彼女の頬を手で包み、にっこり笑ってみせる。大丈夫。大丈夫。怖いものは全部あたしが片づけてあげる。あなたの望みは全部あたしが叶えてあげる。だから、そんなにびっくりしなくたっていいんだよ。
そんな気持ちを籠めて笑いかけたというのに、巴チャンは言葉も、笑顔も返してくれない。ただ、目を丸くして、唇を戦慄かせている。まるで、普通の女の子みたいだ。
「かわいそうな巴チャン。まっくろおとこに壊されちゃったんだね」
――そう、そうだ。さっき彼女の教室で、彼女と仲睦まじそうにしていたのは、いつだったか見た、巴チャンに憑りついていた、真っ黒なあの男だった。なんで気が付かなかったのだろう。巴チャンはもう、取り返しがつかないところまできてしまっていたのだ。あたしの気づかないうちに、美しい宝石の彼女は砕かれてしまった。なんてことだろう。
赤く、赤く、視界が染まる。ごおごおと音がして、それが早さを増した血流が耳の奥で唸りをあげている音だと気づいたときには、あたしはもう、巴チャンを固い地面に押し倒していた。
真っ白な顔が髪を枕に敷いて、あたしを見上げている。あたしの垂れた髪が囲いになって、きれいなその目にはあたししか見えていない。あたしだけが、この子の世界になれた。
ぞくぞくとこみ上げた感情がぐちゃぐちゃの姿で立ち上がって、あたしの耳元でささやく。
殺すなら、今だ。
あたしはいつでもこの日が来ていいように用意していた包丁をスクールバックから取り出して、しっかりと両手で握りこんだ。大きく頭上へ構えれば、怪物みたいに歪な影があたしと巴チャンの延長線上に長く長く伸びていく。
――仕方ない、仕方ないんだ。だって、頼まれたんだから。くるってしまうまえにあなたを壊せとあなたが言ったのだから。
だから、あたしはわるくない。
ボロボロとこぼれる涙を無視して、うつくしい少女を見下ろす。これで見納めだ。
死への慕情を湛えていたはずの瞳は、もう見る影もなくただの人間のように恐怖に揺れている。
ごめんね、と胸の中で謝罪を口にしては見たものの、それが遅くなったことへの謝罪なのか、それとも手にかけてしまうことへの罪悪感なのかすら、もうあたしにはわからない。早鐘を打つ心臓が、常識も理性も打ち砕いて、血潮のなかに溶かしてしまった。
「だい、じょうぶ。綺麗な標本にできたら、あたしもすぐにあなたを追うから。安心して」
せめて苦しくないように、一撃で殺してあげなくちゃ。意気込んで、わたしは今までで一番きれいな笑顔を彼女に向ける。――ああ、駄目か。あの男に毒されきった彼女は、目を見開いたまま、あたしに笑顔の一つもくれない。
ご褒美をくれない。
ぱっと花が咲くように地面いっぱいに血が咲き誇る様を想像しながら、あたしは冷たい愛の形をヴァイオレット・アイに向けて勢いよく振り下ろした。
「愛してるよ、巴チャン」
紫色の中のあたしの顔は、こんなに近いのに、よく見えなかった。
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