想いはモノに宿る エピローグ

数週間後

久遠は雄大の母が趣味で本格的に経営している喫茶店でコーヒーを淹れていた。

カランカランと音が鳴ると1人の女性がお店にやってきた。

白いワンピースを着て髪の毛を耳下から横流ししている。

「あなたは…」

久遠はその女性を見るなり驚いた。

監禁され、やつれていた川畑瑞穂だったから。

「覚えてくれたんですね。」

川畑は久遠の驚いた声に少し嬉しそうに微笑む。

「川畑さん…元気になられたんですね。

氷室さんのことは…」

久遠の言葉を遮るように川畑は口を挟んだ。

「本当に洋介に会っていたんですね…」

「え?」

「私の願望が見せたモノなのか分からないんですけど…。夢で彼が出てきたんです。

助かってよかった。元気でね。またねって言うだけだったんですけど…」

久遠は淹れてたコーヒーを注いでじっと川畑の話を聞いている。

「なんとなく、永安さんはそういうものが見える人なのかなって。」

久遠は黙って目を逸らした。

「あの、別に怖いとかではないんです!

私もよく経験してるので…。」

「経験?」

「数年ですがこういう仕事をしていると昼夜問わず怪現象に遭遇することがあって。

……座っても?」

「あぁ!どうぞ。」

久遠の目の前のカウンター席に川畑は座った。

「何か、飲みますか?」

「じゃあカフェオレを。」

久遠はカフェオレを淹れ始めた。

「まぁ、それでね。洋介のことだから私が心配でまだ逝かないでいてくれたんだろうなって思ったの。」

久遠は黙ったままカフェオレを川畑の前に置いた。

「俺もそんな気がします。

…あの懐中時計は誕生日プレゼントで氷室さんから?」

久遠の言葉に川畑は驚いた。

「なんでそれを?誰から?」

「……懐中時計に込められた感情や想いが教えてくれました。」

川畑は鞄から慌てて懐中時計を取り出す。

「どういうこと?」

「信じて貰えないかもしれませんが、俺は素手で触れたらその物に込められた想いや感情や記憶が少し覗けるんです。

その懐中時計は川畑さんの30歳という節目の誕生日プレゼントとしてだったんですか?」

「どこまで知ってるの?」

「懐中時計が教えてくれたことくらいしか分かりません。氷室さんは自分の先が短いこともあってか川畑をとても気にかけていたみたいですよ。それに気にしてるかと思いますが、氷室さんは川畑さんのせいで殺されたなんて思ってないと思います。

殺されたくなければデータをさっさと工藤先生にわたせば済む話だったと思うし…」

久遠はそこからは語らなかった。川畑が静かに自分でも気がつかない涙を流していたからだ。

「そっか…洋介のバカ。短い人生をさらに短くして…。」

そっと懐中時計を撫でる。そしてありがとうと呟いた。

彼女の涙が止まるまで久遠は静かに川畑を見守った。

優しい日差しが窓から差し込む。

久遠はその光がまるで川畑に大丈夫だよとそばに氷室がいるように感じた。

「ところで…」

川畑の涙が止まるのを見計らい久遠は口を開いた。

「氷室さんから、薬物反応があったんですが…」

「あぁ、洋介はねガンで余命が1年半て言われたのよ。初期だと思っていたガンが実は転移した後で、見つかってなかったものがすでに手をくれで…

彼は延命治療じゃなくて緩和治療にしてた時に鎮痛剤としてモルヒネを使ってたものだと思うわ。」

「だからか…。」

久遠はふぅっと息を漏らした。

それを見た川畑はふふっと笑った。

「…もう、危ないことはしないでくださいね?じゃないと氷室さんに怒られますよ?」

久遠も呆れたように笑うと川畑はどこかスッキリした表情をしていた。

「えぇ、ありがとう。またお話しに来ても?」

「はい。お待ちしております。」

久遠は優しい笑顔を川畑に向けた。川畑はそれを見ると頷き立ち上がる。

喫茶店のドアの前に立ち止まると振り返った。

「ごちそうさま。また来ます。」

そう言うとドアを開け明るい外へと出ていった。

久遠は何も言わず微笑んだ。

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