第14話 生き残る目的



「……貴女は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」


「もちろんです。皇族として、そういった教育は受けていますから」



 そういう問題ではないのだが……



「わた……俺が言っているのはそういうことではなく……」


「わかっています。私のような小娘と性交をすることに躊躇いがあるのでしょう」


「いや、俺も17のガキだ。貴女のことを小娘呼ばわりするような年齢じゃない」



 俺がそう言うと、マリアは口に指を添え驚いた顔をする。



「……まあ、落ち着いた雰囲気をしていましたので、てっきりもっと年上の方だと思いました」



 ……確かに、俺はよく老けていると言われることがある。

 若手なのに若手として扱われなかったり、当たり前のように酒を勧められたり……

 まあ、別に気にはしていないが。



「であれば、なんの問題が? 私の容姿が好みじゃないのでしょうか?」


「そういうことじゃない。何故俺なんだ」


「貴方が勇者だからです」


「だから、俺は勇者などでは――」


「貴方がたとえどんな職業であろうとも、この「狂乱」を超えてきた勇者であることは変わりありません。私は眠りにつく前から、目覚めたとき目の前にいた者にこの身を捧げると決めていました」



 ……駄目だ。

 これは揺るがないタイプだ。

 俺が何を言おうと、曲げる気はないと思われる。



「……子を望むのは、【パンドラ】のためか」


「はい。残念ながら、私には彼女を使いこなす技術も、それを修得する時間もありません。世界の厄災を鎮める悲願は、次の世代に託すしかないのです」



【パンドラ】の持つ厄災を封印する機能は、皇族の血を引く者でないと使用できない。

 しかし、一族唯一の生き残りであるマリアにはデウスマキナ操縦技術がないため、我が子に託そうということだ。



「世界の厄災を鎮めるのが一族の悲願なのかもしれないが、そこまでする必要があるのか?」



 未踏領域は、その全てを合わせれば世界の約1/8ほどの範囲を占めている。

 そういう意味では人類にとっては厄災と言えるが、現状危機に瀕する問題が発生しているワケではない。

 人が増えれば最終的には問題になるかもしれないが、それは何百年も先のことになるだろう。

 マリア一人が責任を負うようなこととは思えない。



「あります。厄災は、人類に仇なすものとして神々よりもたらされました。放置すれば、必ず悲劇を生むことになります」



 それは、未踏領域が今以上の被害を出す可能性があるという意味か?

 ……いや、言われてみれば、未踏領域が広がったり移動するというような事例は何件か報告されている。

 ちょっとした天災のようなもので、今までそこまで大きな被害は出ていないが、その範囲が広がるのであれば人類にとっては脅威と言えるだろう。



「……必要があることはわかった。しかし、いずれにしてもここを脱出できなければ話にならないだろう。子を成す云々はそれからでも遅くはない」


「……そう、ですね。ですが、あまり時間がないのも事実です。「狂乱」を封じた暁には、何卒コンラート様の子種を」



 何故そこまで焦るのか……

 ……そういえば、操縦技術を修得する時間もないと言っていたな。



「【パンドラ】、時間がないとはどういうことだ」


『……可能性の話になりますが、コールドスリープの影響が考えられます。数年単位のコールドスリープでは身体に影響がないことが実証されていますが、それが何百年、何千年ともなると影響は必ず出ると予測されていました。実例がないため確証はありませんが、恐らくマリアの寿命はそう残されてはいないでしょう』



 ……そういうことか。

 確かに、コールドスリープとはいえ、普通に考えれば2000年も眠りについていて人体に影響がないワケがない。

 いくら神々の技術だとしても、対象となる人間が完全無欠でない以上絶対的な技術にはなり得ないハズだ。


 そう予測されていたのにも関わらず、この少女はこの道を選んだ。

 しかも、「狂乱」を突破する者が現れなければ、待っているのは孤独な死だというのに。


 ……それほどまでの悲願、それほどまでの覚悟ということなのだろう。



「……確約はできない。ただ、貴女に残された時間が少ないということは理解した。だから、俺からも一つ頼みがある」


「私に応えられることであれば、なんなりと」


「貴女のことを知りたい」


「……それは構いませんが、何故でしょう」


「貴女を知り、愛すためだ」


「っ!?」


『ほう』



 マリアはしばし固まっていたが、段々と顔に赤みがさしてくる。



「あ、改めて聞かせていただきますが、それは、何故でしょうか」


「俺は、好きでもない女を抱くことはできない。だから、貴女の望みを叶えるのであれば、貴女を愛する必要がある」



 開拓者同士の付き合いでそういった店に誘われることもあったが、俺は全て断っていた。

 自分でも不器用だと思うが、それが俺の信念なのである。



「し、しかし、その、そんなことで、愛を感じられるものなのでしょうか?」


「わからない。ただ、俺は既に貴女に対し好感を持っている」


「っ!?」



 と言っても尊敬に近い感情だが、好感には違いあるまい。

 たったこれだけのやり取りの中でこれなのだから、もう少し話せば好きになる可能性は大いにある。



「【パンドラ】、私のどこにそんな魅力があったのでしょうか?」


『私にはわかりません。可能性としては容姿になると思います』


「そ、そうですか、私の容姿が、コンラート様の好みだったと……」


「それも恐らくはあるだろう。ただ、俺は貴女の生き方自体に好感を持ったんだ。貴女だから、協力したいと思った」


「…………」



 俺の言葉に、マリアは心配になるくらい顔を赤くしている。

 意図したワケではないが、コールドスリープから目覚めたばかりの人間をこれ以上刺激しては問題だろう。



「……服と水、食料だ。自分でできるか?」



 皇族の姫君ともなれば、自分で着替えられないという可能性もあり得る。



「あ、はい、問題ありません」



 マリアは慌てたように調子を元に戻す。

 その動きで肩の辺りが破れて素肌が見えるが、マリアは動揺しなかった。

 また顔を赤くするかと思ったが、やはり着替えなどで素肌を見せるのは慣れているのかもしれない。



「やはり衣服は劣化しているようだな。すぐに着替えた方がいい。……すまないが下着はないので我慢してくれ」



 コールドスリープの影響で風化は免れたようだが、繊維は劣化しているらしく強度がなくなっているようだ。

 放っておけば勝手に脱げていくような状態のため、さっさと着替えた方が良いだろう。



「ありがとうございます」


「【パンドラ】整備に入る。協力しろ」


かしこまりました』



 整備器具がほとんど使えない以上、作業は【アトラス】に頼らざるを得ない。

 それでも、完全なカタチで整備することは不可能だろう。

 そんな状態で「狂乱」の主に太刀打ちできるのかはわからないが、やれる限りのことはするつもりだ。


 モチベーションは上がっている。

 

(……生き残る目的が増えた)


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