第10話 マリア・アウグスティス



『ここはかつて、ロームルス帝国と呼ばれる国でした』



 ロームルス帝国……

 やはり知らない名だ。


 歴史にも名を残さない国――、そういった国々は意図して歴史から抹消されている可能性が高い。

 誰の記憶にも残らず、記録にも残らないというのは普通ではあり得ないからだ。



「ここは、現在の呼称で未踏領域【カプリッツィオ】と呼ばれている。レムス帝国の一地域という扱いだ」


『レムス帝国、ですか。この国の皇族の名はわかりますか?』


「アントニウスだ」


『……やはりそうですか。アントニウスは、ロームルス帝国の旧皇族の名です』


「旧皇族? どういうことだ」


『皇族がその身分を離れ、姓を与えられ臣下の籍に降りることを臣籍降下といいます。そういった者達のことを、旧皇族と呼ぶのです』



 つまり、本流ではなく支流――元皇族という意味か。

 それが現皇族ということは、支流が本流に成り代わったということ。

 一体どういう経緯でそうなったのか。



『ロームルス帝国の皇族はアウグスティス家といいます。彼らはかつて神々と戦った者達の生き残りです。彼らを中心に、大洪水を生き残った者が集まり、ロームルス帝国が生まれました』



 国を形成できるだけの人数が大洪水を生き残ったことに驚いたが、よくよく考えてみればデウスマキナを造り上げるだけの技術力と科学力があったのだから、造船技術だって発達していたハズだ。

 多くの一般人は犠牲になっただろうが、かつての国の主要人物達は頑丈な船などで難を逃れられた、ということなのかもしれない。



『アウグスティス家は私を、神がもたらした『希望』であると信じ、保護しました。私を構成していた多くの部位は破棄、封印されましたが、こうして私が私として存在していられるだけの機能が残されているのは、全てアウグスティス家のお陰と言えます』



 見たところ、残されているのは頭部とコックピットを含む胴体、腕部、そして一部の装甲部分だけだ。

 これではデウスマキナとしては機能しないが、最低限魔導融合炉リアクターさえ残されていればエネルギーの問題はない。

 この【パンドラ】が今もなお稼働しているのは、動力周りのメンテナンスがしっかりしていたからだろう。



「そのアウグスティス家が滅び、何故アントニウス家が生き残ったんだ」


『それは、この「狂乱」の発生源である【アテ】が原因です』



【アテ】……聞いたことがない名前だが、「狂乱」の発生源ということは神代のデウスマキナなのだろう。



『これはアウグスティス家の研究者の仮説になりますが、デウスマキナに備わる防衛機構が活性化したからではないか、と言われています』


「防衛機構の、活性化?」



 防衛機構とは、現代のデウスマキナにも備わる機体の自動防衛機能のことだ。

 あくまで機体が感知できるレベルではあるが、落石や汚染物質などを感知した際自動的に防衛行動を取ってくれる有用な機能である。



『はい。災いの影響下にあった多くのデウスマキナも、大洪水により洗い流されることになりました。しかし絶大な力を誇る神代のデウスマキナは、その防衛機構により大洪水を乗り切っています。その際、防衛機構が活性化したのではないかと』



 ……あり得ない話ではないな。

 防衛機構は、あくまで一時を凌ぐための緊急措置的な機能だ。

 長期的対策が必要な災害を防ぐのには向いていないため、そのままでは大洪水を凌ぎきれない。

 それゆえに、防衛機構を活性化させることで乗り切ったというのであれば、一応話は通る。

 現代のデウスマキナでは絶対に不可能だが、神代のデウスマキナであれば十分あり得る話だ。



『そして防衛機構の活性化により、一部のデウスマキナは私に備わる災いを回収する機能を危険と判定するようになったのではないかという仮説が立てられました』


「成程。つまり、その【アテ】というデウスマキナは、お前を狙ってロームルス帝国に来たというワケだな」


『あくまでも仮説ですが、実際に私を狙っていることは間違いないでしょう。ここに【アテ】が留まっていることが何よりの証拠です』


「留まる……、【アテ】の目的はお前の破壊ではないのか」


『【アテ】は今発生している「狂乱」でわかる通り、範囲影響型のデウスマキナです。その範囲に留めておくことこそが、【アテ】最大の攻撃となります』


「そういうことか。直接害を及ぼすタイプでなかったのは、不幸中の幸いだったな」



 もし、四代元素を司るようなデウスマキナが相手だったなら、【パンドラ】は完全に破壊されていたかもしれない。



「話が見えてきた。そんな状況でもお前が破棄されなかったのは、アウグスティス家がお前を手放さないと主張したからだろう。そして、当然だが反対意見も出たハズだ。その中心となったのがアントニウス家、現レムス帝国の皇族ということだな?」


『まず間違いないでしょう。ロームルス帝国のほぼ全ての臣下と国民は、アウグスティス家と私を見限り、この国を離れました。その中心となったのがアントニウス家ということであれば、それが新たに皇族を名乗っていたとしても不思議ではありません』



 実際にどうやってレムス帝国が建国されたかはわからないが、話の流れ的にはそれがしっくりくる気がする。

 歴史学者であればもう少し深く考察するのだろうが、細かいことは俺にはわからないし、考えても無駄だろう。



「お前がここにいる大体の理由はわかった。そのうえで確認することがある」


『アナタの確認したい内容は予測できます。私がこの「狂乱」をどうにかできるか、ですね?」


「そうだ」


「それはアナタの技術にかかっていると言えます。見ての通り、今の私は動くことも不可能ですので」



 それはそうだろう。

 最低限脚部がなければ、この場所から動かすことすらできない。

 しかし、それについては心当たりあるので恐らく問題ないだろう。



「それはなんとかする。疑問なのは、お前の災いを回収する機能とやらがしっかり使えるかどうかだ」


『腕部と私のコアが繋げられれば、稼働自体は問題ありません。しかし、使用するには一つ制限があります』


「それはなんだ」


『私の有する機能の多くは、皇族の血を引く者でなくては使用することができません』


「なんだと!?」



 それでは、完全に詰みではないか……

 いや、回収に拘らずとも、破壊すれば問題ないか?

 しかし、神代のデウスマキナ相手に、継ぎ接ぎのデウスマキナで対抗できるものなのか……



「……そうか。つまり、機能面でお前に期待できるのは、この「狂乱」を防ぐ領域のみということか」


『いいえ、アナタには不可能というだけで、王家の者が使えば問題はありません』


「……? どういうことだ?」


彼女・・の手を借りれば、私の機能は活用可能だということです』



 その言葉と同時に、コックピットの扉がゆっくりと開く。



 そこには、青白い光に包まれた――、少女の姿がった。



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