女王陛下は恋を知りたい

蓮実 アラタ

第1話 女王陛下は宣言する

 

 建国から三百年の歴史を持つメイシャン王国ではその日、新たな女王陛下の戴冠式が行われようとしていた。

 メイシャン王国王都シャンデラにそびえ立つカレスト城は陽の光を受けて眩く輝き、新国王の誕生を祝っているかのよう。


 人々はそのカレスト城の下に集まり、絶世の美貌を持つ上に非常に聡明であるという噂の新国王の登場を今か今かと待ちわびていた。


 そして新国王――イリアス・カトレーゼ・ラ・メイシャン女王陛下が戴冠式の場に現れた。

 腰までなびく銀の髪の頂きには金のティアラが据えられ、慈愛を込めて優しげに細められた赤い瞳は、カレスト城下の人々に向けられる。誰もがその噂通りの美貌に見惚れながら、彼女の記念すべき最初の一言を待っていた。


 そして彼女は満を持して口を開く。


「――アレン・フォスワード公爵。私は貴方との婚約を破棄します」


 悠然とした笑みを浮かべたまま、一様に唖然として言葉を失った人々を見下ろし、女王陛下はそう告げたのだった。




  ♢♢♢




 婚約者が浮気をしている。


 その事実を知ったのは私――イリアス・カトレーゼ・ラ・メイシャンが新たな女王陛下として戴冠式を迎える三ヶ月も前のこと。


 最初は社交界の水面下でまことしやかに噂されていただけの戯れ程度の話だった。いずれ女王の伴侶となる人物がそんな行いなどするはずがない。国の顔と言うべき国王の伴侶という栄光を賜った人物に対する誹謗中傷だろうと、誰もが思っていたほどだ。


「――まぁ、結論から言うとその噂は事実だったってことね」


 ボソリと呟きながら、私は壁に張り付き息を潜めた。

 扉の向こうではくぐもった甘い嬌声が聞こえる。

 音を立てないよう、そっと扉を開けて覗き込めば、婚約者アレンが見知らぬ女性とあられもない姿で抱き合う光景が目に飛び込んできた。


 カーテンを締め切った薄暗い室内でも眩い光を放つあのプラチナブロンドは間違えようがない、私の婚約者アレン・フォスワード公爵だ。まあ彼とは何年も顔を合わせているのだから間違えようがないのだけれど。


 しかし天下の王城であるカレスト城でよくもまぁ白昼堂々と浮気ができるものだ。すうっと目を細めてしっかりとこの光景をと、女性が一際甘い声をあげた。


「あっ、アレン様ッ! いけませんッ……!」

「いいじゃないか、アン。君と僕の仲だ。誰にも見つからないよ」

「でも……!」

「ほら、もっとこっちにおいで」


 そんなことをのたまいながら二人はさらに互いを抱き寄せ合う。


「アン、ですって……」


 アレンが呼んだ女性の名前に、私は驚愕した。

 アンは私の侍女だ。長年私に仕えてくれている気配り上手でおっとりした性格の彼女は、私が最も信頼している人物だった。


 この親密な様子からして二人は随分と前から関係を持っていたように思える。自分の婚約者と一番信頼していた筈の侍女が浮気関係にあったなんて。

 目の前で繰り広げられる光景を信じたくなくて、自然と足が後退した。


 私が見ていることに気づいていない二人は深いキスを交わし、熱を込めた視線で見つめ合っている。

 完全に二人は甘い世界に浸っていて、覗き込んでいるこちらに気づく様子はない。


「いけません、イリアス様が近くにいるのに……」

「大丈夫だよ。イリアスは気づきもしないさ。鈍感だから」


 アンの言葉に、嘲笑で返すアレン。なぜかは知らないが私に見つからない自信があるようだ。一体どこからその自信は出てくるのだろう。

 アレンの完全にこちらを侮っている台詞に、私はショックから立ち直り、怒りすら湧いてきた。


 ――見つかってるわよ、残念ながら。


 心の中で婚約者を罵倒しながら、目の前で熱い盛り上がりを見せる二人を冷たく見下ろし、私はパタリと扉を閉じた。

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