第27話

 司令室を出たあと、小橋は宿舎に戻ろうとしていたが、俺は小橋に色々確認したいことがあった。


「小橋、外に出て少し話さないか?」


「何よ?入隊の件については文句は一切受け付けないからね!」


「いや、そうじゃなくて!色々話が聞きたかっただけだよ」


 そうして俺たちは外にあるベンチに腰をかけ、少し話をすることにした。


「それで?なんでよりにもよって東京なんだよ?別に他の支部でもよかっただろう?」


「だって、東京が危険ってことはそれだけ危険な目に遭う人達も多くなるってことでしょ?助けを待っている人も多いはずだし……」


 そう言った彼女は少し俯いていた。少しだが、手が震えているように見えた。

 小橋は自分が危険な目に遭うかもしれないというのが分かっていても、東京支部への配属を希望した。それでも、まだ少し不安な面は多いのだろう。


「まさか小橋があんなこと言うなんて思わなかったよ。俺を支えたいなんてな」


 俺が笑いながらそう言うと、小橋は俺の脇腹をかなりの強さでつねってきた。


「痛ててて!!!痛えよ!!」


「か、勘違いしないでよね!そこそこ強いって言われるあんたが死んだら困る人が大勢いるでしょ!そうならないために尻を叩いてあげるって言う意味よ!!」


 小橋は顔を真っ赤に染めながら、かなり怒っていた。少し自意識過剰が過ぎた俺の発言はかなりまずかったようだ。


「わかった!わかったから手を離してくれ!」


「まったく!もう知らない!」


 そう言って小橋は俺の脇腹から手を離し、座っていたベンチから立ち上がって女子宿舎の方へ歩いて行く。

 少し歩いたところで、なぜか小橋が振り返った。


「死んだら許さないから!私があんたを支えてあげるように、あんたも私を守ってよね!」


 そう言って小橋は走っていってしまった。

 なんだ、いつもの小橋に戻ったじゃないか。それによって俺の脇腹は大きなダメージを負ってしまったが。


「まあ小橋の言う通りだな。支えられるだけじゃなくて、誰かを守れるような人にならなきゃいけない」


 俺はまた明日から少しずつ鍛錬を始めようと思った。すでに体はボロボロだが、誰かを守るためには自分の体に鞭を打たなければならない。


「今日は疲れ過ぎたからゆっくり休めるといいな」


 俺は部屋に戻ってゆっくり休むことにした。すでに部屋では店長がいびきをかいて寝ていた。

 この人も今日は大活躍だったもんな。やはりここぞと言う場面で頭のキレる店長は、俺にとって先生のような人であり、尊敬できる男であった。俺もあの時のような窮地に陥ってもすぐに判断できるようになるのだろうか。

 俺はベッドに横になり目を瞑ると、あっという間に眠ってしまった。




 翌日、目を覚ますとすでに日は昇り、部屋の中は明るくなっていた。

 時刻は7時を過ぎた頃だったが、隣のベットではまだ店長は大きないびきをかいて寝ていた。


「店長珍しいな、こんなに長く寝てるの」


 まあそれだけ昨日は疲れたのだろう。

 そして俺の体はと言うと……。


「あ、本当に動けない」


 俺の体はまるで金属のように重たく感じ、少しでも動かそうとすると全身に激痛が走った。


 さすがにやばいと思って、俺は体を襲う激痛になんとか耐えながら携帯電話を取った。


「おはよう。ちょっと助けて欲しいんだけど」


「おはよう省吾。助けて欲しいって、今どこ?」


 俺が電話をかけた相手は新庄だった。

 色々あった俺たちだが、今では隊員の中でも一番仲良くなっていた。昨日のバーベキューの時にこれから敬語はなしっていう話にもなった。


「自分の部屋なんだけどさ……全身激痛で電話をするのもやっとの状態なんだ」


「さすがにそれはやばいよ?ちょっと待ってて、今から人を連れてそっちに向かうから」


 俺が携帯を切ると、店長がそのタイミングで目を覚ました。


「ごめんなさい朝から騒がしかったですか?」


「いや、丁度目が覚めた頃だが……大丈夫かお前?」


 店長はベッドで全く動かない俺を見て、すぐにおかしいことに気づいたみたいだ。

 数分後、新庄が救護隊の人を連れて部屋にやってきた。


「お待たせ……って、本当に大丈夫?」


「大丈夫じゃないから電話したんだよ。朝から悪いな」


 それから救護隊の人は俺の体を隈なくチェックした。骨折などはもちろんなくて、やはり重度の筋肉痛のようだった。

 最低でも今日1日は安静にしていろとのことなので、俺は動けるようになるまでベッドの上で生活しなくてはならなくなった。


「お大事にね、省吾」


「ああ、ありがとう」


 新庄は救護隊の隊員と共に部屋を出て行った。朝から呼び出して申し訳ないと思った。


「店長は体大丈夫ですか?昨日はかなり動いたでしょう?」


「軽い筋肉痛はあるが、全然平気だな。お前と違って毎日鍛えているからな!」


 店長は笑いながらそう言って、自慢の筋肉を見せつけるようにポージングしていた。

 この男は人間ではないのでは?なんて思えてくるほどに俺と体の出来が違うようだった。


「少し待ってろ。朝食を食べ終えた帰りになにか食べるものを持ってきてやる」


「すみません、ありがとうございます」


 店長はそう言って部屋を出て行ってしまった。

 さすがに昨日は俺も頑張り過ぎたか。

 俺にはまだ一日中討伐できるような筋力も体力も備わっていないのを実感した。

 さすがにもう弱音を吐いてトレーニングしているようでは本当に3週間後に間に合わないのではないかと思えてきた。


「明日から店長に本気で鍛えてもらわないとな……」


 さすがに今日はトレーニングなんてできそうにもないので、明日から頑張ることにする。‥‥昨日も明日頑張ろうって言った気もするが。


 しばらくすると店長は皮のむかれたリンゴを皿に入れて持ってきてくれた。そのリンゴは、なんとウサギの形に飾り切りされていた。


「女子力高いですね店長!」


「俺じゃねえよ!食堂でたまたま小橋に会ってお前の今の状況を話したら、食堂にあったリンゴをこうやって切ってくれたんだよ。あとで会ったら礼を言っておけ」


「小橋が……?まあありがたく頂きますよ」


 それにしてもあの小橋がこんなに可愛らしいリンゴをむいてくれるなんて信じられない。あいつの性格からは考えられないな。

 そんなこと口が裂けても言えないが。


 小橋がむいてくれた可愛らしいウサギのリンゴは、いつも食べるような自分でむいたリンゴよりも美味しく感じた。

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