第17話

 浴場で長い時間新庄さんを説教してしまった俺は、少しのぼせてしまったため外に体を冷やしに行くことにした。もちろん、その前から入っていた新庄さんはかなりのぼせていたんだが、自業自得である。決して俺のせいではないと言いたい。

 

 俺は自販機でスポーツドリンクを購入し、少し駐屯地内を散歩することにした。

 この夜の時間でも何人かの隊員がランニングしているのを見かけた。やっぱり自衛隊員はみんな結構普段からトレーニングするのだろうか?


 しばらく歩くと道沿いに置いてあるベンチに誰かが座っているのが見えた。


「……誰かと思ったら小橋じゃないか」


 彼女はこんな時間に1人でなぜこのような場所にいるのだろうか?俺と一緒でのぼせてしまったとか?


 小橋の方も俺に気づいたようだったが、特に俺に声をかけてはこなかった。

 ……おかしいな。いつも俺の顔を見かけたら声をかけてくれるのに。

 不思議に思った俺は、自分から小橋に声をかけることにした。


「ああ、小橋。こんなとこで何してたんだ?」


「……別に。そういう松藤くんはなんで女子の宿舎近くまで歩いてきてるのよ、変態」


「人聞き悪いこと言うなよ!少しお風呂でのぼせちゃったから少し風にあたりに外に出て散歩してただけだよ!」


 間違っても俺のことを変態なんて女性隊員に言いふらさないでほしい。


「ところで松藤くんは新しい討伐隊、モンスター何ちゃらってやつに入る気でいるの?」


「ああ、そのつもりだけど。どうかしたか?」


 彼女は俺になぜかそう尋ねてきた。もうすでに入隊してるようなものなのは小橋も分かっているはずなんだがな?


「……私も討伐隊の武器科に誘われちゃってて。もちろんそれで私の家族たちも安全地帯ってところに住ませることはできるみたいなんだけどね」


「おう、良かったじゃん。店長も腕がいいって褒めてたぞ?」


 毎日暇そうにしてたんだから良いことじゃないか。べつにモンスターを倒しに行けなんて言われるわけでもあるまいし。


「……普通はこんな良い話無いのかもね。もう戻って休むことにするわね。おやすみなさい……変態扱いされたくなかったら早く立ち去ったほうがいいわよ」


「わかってるよ全く……おやすみ」


 小橋の中でなぜか俺は変態認定を受けそうなんだがなぜだろうか?


 それにしても今日の小橋はなんというか、いつもの覇気がないような気がしたな。それこそ俺がこんなところまで来てしまったらもっと罵倒されるかと思ったが……決して小橋に罵倒されたいというわけではないからな?


「小橋も仕事がもらえるなら喜んでもらっておけばいいのに何を悩んでいたんだろう?」


 まあ俺には小橋の考えることなんて全くわからない。

 外の空気に当たり、体の火照りも取れてきた俺は宿舎に戻ることにした。



 部屋に戻ると店長が討伐隊の隊服を着て、鏡の前で微動だにすることなく突っ立っていた。


「……何してるんですか店長?」


「いや、俺も早崎から隊服が支給されたんだけどな。お前と一緒であまりにも似合わなくて絶望していたところだよ」


 確かにムキムキの大男が隊服を着ると、かなり服がきつそうだった。正直俺の方が似合ってるくらいだ。


「もう少し大きいサイズはないんですか?見るからにピチピチですけど」


「とりあえず用意した隊服だとこれが一番大きいみたいなんだ。前のボタンを止めなければ問題はないんだがな……しばらくはこれでやり過ごすか」


 店長は隊服を羽織るように着ることに決めたようだ。上に着る隊服はナポレオンジャケットのようなものでせっかくの格式高い雰囲気が台無しかもしれないが。


 俺はそんな店長をほうって、自分のベッドで読書をすることにした。間もなく消灯時間のため少ししか読むことができないが、俺にとっては気分転換に読書はピッタリだった。

 30分ほど読んでいると消灯時間を迎えたため、俺は翌日に備えてゆっくり体を休めることにした。明日には筋肉痛が無くなっているといいな……。




 翌日、俺は店長に叩き起こされた。

 時刻は丁度5時になった頃だった。


「なんなんですか店長……まだ5時じゃないですか……」


「何を言っている、5時だ。ジムに行くぞ」


 ジム?朝から何を言ってるんだこの男は。


「なんでこんな朝早くからなんですか。もう少し休んだ方がいいですよ」


「早崎から伝言だ。今日からはどんどん討伐にあたる時間を増やすから、死ぬ気でトレーニングしないと入隊までに死んじゃうかもね……だってよ」


 ……早崎さん。あんたのことを良い人だと思っていた俺が間違いだった。

 そうだよなー、駐屯地司令になるような男が厳しくないわけないもんな!


「はあ、わかりましたよ」


 俺は渋々、店長と共にジムに向かうことになった。


「朝にトレーニングして日中はモンスターの討伐なんて、確実に体を壊す気しかしないんですけど?」


「3週間後にすぐ死ぬよりかはマシだろ。俺がトレーニングメニューを考えてやるから、明日から毎日やらせるからな?」


 これから毎日?なんの冗談だ?


「いやいや、昨日の筋肉痛が若干残ってるんですよ?絶対オーバーワークです!やめるべきです!」


 俺はくるりと振り返り部屋へ戻ろうとした、が手首をがしりと店長に掴まれた。


「確かにそうかもな、あまり負荷をかけすぎると怪我をするかもしれない。……だが心にオーバーワークなんてないからな。その根性を叩き直してやる」


「いやだあああああ!助けてええええ!」


 朝にもかかわらず大声で助けを求めたが、誰も部屋から出てくることはなく、俺は店長に引きずられてジムまで連行されてしまった。

 抵抗する男を何事もないようにひきずれるってどんな力してるんだよこの男は!


「さあ、今日は最初だからな。とりあえずランニングマシーンでウォーミングアップでもしようか」


「……やけに優しいメニューですね?もっと壮絶なトレーニングを想像していましたけど」


「寝起きにいきなり動いたらそれこそ怪我する。最初はゆっくり歩く程度で、少しずつスピードを上げていく」


 俺はそれから5分ほどウォーキングを行うことになった。それから徐々にスピードを速めて、軽いジョグくらいのスピードを15分ほど維持していたところで店長が勝手にスピードを上げていく。


「ちょっと店長!速いですって!」


「まだ時速12キロだぞ。まあとりあえずこれを維持しておいてくれ」


 ランニングなんてあまりやったことのない俺にはこのスピードでもかなり速く感じた。

 それから10分、20分となんとか走り続けることができた。


「はあ、はあ、店長。もう、結構走りましたよ。そろそろ、休憩、したいです」


「何を言ってる。ウォーミングアップはもう終わったんだ。俺が良いというまで走れ」


 くそっ!最初に優しいメニューなんて思った俺を殴ってやりたい!

 結局、スピードを上げてから40分ほど走ったところでようやく店長がやめてもいいと言ったので、俺はそのあとクーリングダウンに入り、終わった後には床に倒れ込むほどには疲れていた。


「今日は最初だしこんなところだな。よし、宿舎に戻ってシャワーを浴びるぞ。今日の討伐は朝8時からだから休んでる暇はないぞ」


 この後に討伐?冗談じゃないよ、死ぬよ本当に!こんな生まれたての子鹿のような足でモンスターに立ち向かうなんて自殺行為じゃないか。

 

 俺はふらふらになりながら店長になんとかついていくのが精一杯だった。

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