悪役令嬢ランナウェイ その19
一つ、銃声。穴だらけになる。
二つ、銃声。崩れ落ちる鎧。
三つ、銃声。鉄塊同士を衝突させたような衝撃が身体を抜けていく。
四つめ、最後の銃声が響き渡る頃には、鎧は原型すら見えないくず鉄。
『腕、ついてますわよね?』
『う、うん。痛くないし、大丈夫、なはず』
狙い違わず、鎧を鉄屑に変えたことに意識を向けるよりも先に、腕がキチンと付いていることを二人で確認。無事、射撃が出来たようで一安心。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている一同を一瞥。王子達は既にこの銃撃を目にしている。その時は、誰に当てたわけでもない。だからこそ、直撃をしたらどうなるのかを目の当たりにして言葉を失う。
「この兵器の威力、言わずとも伝わったようで僥倖ですわ。盗んだ甲斐がありますわね」
脚を組み直し、銃を膝の上に置き直す。節約のため、魔法の出力を緩める。
「……それは、悪魔の獲物、ではないのか?」
誰かが絞り出したような声を溢す。
「ご明察。この兵器そのものは他国で開発中のもの。公爵家に来た一隊を遙か遠くから壊滅させたのも、この兵器があってこそ。わたくしは忠実な狼に盗んでこさせただけ。姿を消しどこからでも現れる能力があるのはご存知でしょう?」
未だ、王城内を跳ね回る残響が鼓膜を僅かに揺らす。
「大穴を開けたのと、姿を自在に消すのに関しては元から持っているものですが」
芹以外の言葉が上がってこない。夜空まで抜けた大穴から冷たい風が吹き込み、身体を冷やす。
他国では鎧を粉微塵にしてしまうほどの兵器が開発されている。カトレアのような公爵令嬢でも簡単に遠距離から目では追えないような速度で、鎧を貫通するようなシロモノ。剣と弓と魔法というパラダイムで生きているこの国の人たちにとっては、信じがたい現実に他ならない。
「……カトレアさんは、どうしたいんですか。教えて、くれるのですよね?」
自身の中にある常識を破壊され誰もが声を失っている中、なず先輩でもカトレアでもない、可愛らしい声。リーナが顔をこちらへ向けて、恐る恐ると言葉を溢した。
「手始めにこの国の在り方を作り変えましょう。政、軍事、外交、研究……国の発展へと繋がる人材であるならば、貴族、平民、関係なく取り立てます」
日本で暮らす芹にとっては普通のこと。結果を出せば政治家にだって、博士にだってなれるという話。当然、努力だけではどうにもならない領域は幾らでもあることくらい分かっている。けれど、この世界よりかは自由。戸籍さえ有れば貧乏な家に生まれたからといって政治家になる権利までは奪われない。
「……有能な平民の登用制度、ということか?」
『悪くはありませんわね、悪くはありませんが、足りません』
カトレアの不満が、思想が、流れ込んでくる。余すところなく受け取って、言葉という織物にして、伝えていく。
この国を導け、という義務。呪いのように根付いた、根幹。
「いいえ。それでは、貴族が平民を使うという今と何が変わりましょうか。わたくしが言っているのは、もっと深くまで」
なんてことはない、『あなたは、この国を導かなければなりません』と言われ続けた。ただそれだけ。どの貴族だって……いや、普通の町に生まれた平民だって言われたことがあるだろうセリフ。
それを本気にして、本気にし続けて……今も本気だった。
「平民であろうと、実力があれば騎士団長にでも、領主にでも……果ては、この国を率いることを可能とする。貴族という特権階級の価値の引き下げ、廃止とでも言いましょうか」
カトレアは作品の中では一敵役に過ぎない。プレイヤー視点からすると、ただの悪役令嬢。
その周囲に他の人間が居ないのは自業自得、公爵令嬢としての態度が原因だと思っていたけれど、それは間違い。
「……王を、貴族を不要と言うのか。よりにもよって、公爵令嬢のキミが」
「考え方の相違ですわね。国を率いるものの条件から魔法が使えるだけの貴族が外れただけ。今や魔法を使えるだけの人間が、上にふんぞり変える理由もありません。勿論、魔法も使えた方が最善ではありますが……技術の発展により重要視するほどのものではなくなっただけのこと」
国を更に大きく、強くすることはカトレアにとって義務。公爵令嬢に生まれた意味そのもの。
他の貴族と接し、貴族学園へと入ったことで出た答え。
今の貴族には国を発展させるという大きな視点が欠けている。地位を求めるか、出自を誇るか。大多数が俗物。
貴族にそれだけの裁量を与えていたメリットは、戦争の時に剣と魔法で国を守るという一点。しかし、剣と魔法の時代は生憎と終わりつつある。
ひたすらに国の発展を。負けない国を。民が他に呑まれぬように。百年とは言わない、せめてカトレアが統治する間は、誰しもが帰る土地を。
ひたすら専心していた。だから、恋愛という風に揺れる王子と、恋愛の種を蒔くリーナが邪魔で邪魔で仕方なかった。
大局しか見ることが出来ない、孤独の公爵令嬢。それが、カトレア。
「……キミの言い分には、納得できない所は多々ある。ただ、言っている意味は少しだけれど、理解も出来る」
「今の言葉を真に受けるのか……!?」
「全部が全部、というわけではないさ。勿論、彼女の言っていることが、事実だとすれば、だ」
翡翠色の視線が芹を射貫く。隠し事が全部見抜かれているのではないだろうか。心の奥底まで覗かれているのではないか、と、不安が背筋を抜ける。
「嘘ではありません。と、言ったところで、信じてもらえるとは思っていません。事実を並べ、あなた方がどう受け取るかは自由……嘘だと一笑に付すのも良いでしょう」
もう、走り出した。吐いた嘘は飲み込めない。途中下車は許されない。
一呼吸置いてから、ただし、と言葉を紡ぐ。
「停滞という名の緩やかな滅びを享受するのに、民を、国を巻き込まないでください。滅ぶのならご自身だけで、ご勝手に潰えてくださいな」
研いだばかりの包丁のような鋭い声が空間全てに音も無く沈み込む。カトレアの目的は単純明快。国益と国防。恋愛感情は当然、自身の家のこともすら、ろくに考えていない。
「その言葉に嘘がないとしよう……一つだけ引っ掛かることがある」
言葉の続きを黙って待つ。何を言われるのだろうか。全編アドリブのエチュードは、いつ言葉に詰まるのかも分からないから、心臓に悪い。悪すぎる。
「どうして、今なのかが分からない。性急にも程があるだろう」
ごくり。痛いところを突かれてしまい、生唾を飲み込む。周りに居るのは王族貴族。戦闘能力なら兎も角、腹の探り合いにおいては高々、一介の女子高生に過ぎない芹には荷が重い。
「幾らでもやり方はあったはずだろう。リーナを僕たちから遠ざけるために、嫌がらせをしていた迂遠なやり方を取っていたキミらしくない」
悔しいかな、ぐうの音も出ない。短い期間で強引で無理矢理に話を進めているのは事実。
国に対する純粋なクーデターであれば、話し合う必要はない。だと言うのに、態々、説法のようにこの国は間違っているだなんて言った所で『いやいや、言ってることがいくらご尤もでも、やり方が伴ってない』と突かれると、厳しいモノがある。
ついこの間まで、小娘一人に遠回しに嫌がらせをしていただけだけの令嬢。段階を飛ばしすぎている、と。
「力を得たのであれば、尚のこと焦る必要はないだろう。クーデターのような真似をするのは、悪手でしかない。それこそ、こんな強引なやり方に民を巻き込むのか? 少なくはない血が流れるだろう」
仰るとおりです。と、言うわけにはいかない。頭を回せ。
芹の中にある手札は、原作知識とハッタリ。物語後半でカトレアがリスキーな悪魔を召喚するに至った理由。他国と渡り合う戦力が著しく足りなかったから。国の在り方を変えるにも力が足りなかったから。
では今は? 国の在り方を変える力が手に入った。押し潰されない軍事力はこれから伸ばせば良い。
足りていないのは、何故急いだのかというワンピース。
例えば、他の国から攻められるのが時間の問題。これなら筋は通る。信じてもらえるかどうかは別にして、国の危機だと言えば、捨て置くことも出来ないはず。
声を上げようとした。
けれど、喉は、思うとおりに動かない。
『あなた、悪役の才能ありませんわね。手札……トランプで言うところのジョーカーを腐らせるのは論外』
視界はそのまま。だけれど、他人事のように意識が遠くに引っ張られる。まるで、他人の視界を覗き込んだ映像を見せられているかのように。
「雑草は見えている葉ではなく根から取り除く事が肝要」
芯の通った……通り過ぎているといってもいい声が響き渡る。こんなことを喋るつもりはないのに、口は勝手に動き、喉は操られるように震える。
今、この身体は持ち主が占有。芹の介入も許さないほどに、強く。
ここから先は、本物の悪役令嬢の一人芝居。
代役は降板。観覧席で舞台を見上げるだけ。
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