異世界転生デストロイヤー その2

 爆ぜるような轟音。咄嗟、耳を押さえる。


「あの、神様、これって、どうい、ヒッ……!?」


 振り向いた先で神様が穴あきチーズのような有様。一拍置いてから、今の音がなんらかの攻撃を行った音だと本能が理解。


「ゴキブリだって、煙を炊いたら家から出てってくれるのに……ほんっっとにきりが無い」


 さっきまで話していた神様が、穴だらけ。殺し合いどころか、殴り合いの喧嘩なんてものすらほど遠い生活を送っていたから、今の状況に喉が引き攣り、何も言えなかった。衝撃と熱、伴った痛み。夢心地から一転、嫌と言うほど、現実感と生存本能を叩き起こした。


「……お主、何者じゃ?」


 まるで映像を巻き戻すかのように、開いた穴が塞がっていく。目に映る超常は、神様だと名乗る存在が、真実、人ならざる存在であることを、これ以上無く雄弁に語る。


「冥土の土産が欲しいなら、お代を払ってもらわないと困るのよね。ちなみに、一括払いしか認めてないけど、ちゃんと払えるの?」


 声質だけを聞けば可愛らしい筈なのに、ちっとも、脳が可愛さを認識しない。雑談するような軽い口調。なのに伝わってくるのは、溶けた鉄のような、熱量、重厚さ。赤熱をこれ以上無いほど蓄えた溶岩が、そのまま意志を持っているかのようで。


「……相手にするだけ、時間の無駄じゃな」


 神様は、転生のことなんて頭から抜け落ちているのだろうか。説明も何もせずに、光に包まれたかと思うと、身体が、輝く粒となって消えていく。


「逃がすわけないでしょう、がッ!!」


 ボシュッ、と空気が勢いよく抜けるような音。聞こえたと思ってから、身構えるのでは遅すぎて。

 神様の目の前でカッと、飛来した何かが光を放った。


「あっ、死……」


 神様に向けて放たれたナニか。神様の目の前ということは、自分のすぐ近く。今度こそ、死んだ……と、思ったのだけれど。


「んで、ない……?」


 炸裂したのは音と光。目や耳が痛いけれど、ただ、それだけ。衝撃も熱も……傷害に類するものは一つも襲ってくることが無かった。どうして生きているのだろうか、咄嗟に伏せた顔を上げると、消えかかっていた神様が、元の姿で立っていた。

 訳が分からない、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で。


「ミンチになれッ!!」


 苛烈な言葉と共に、鳴り響く炸裂音の暴風雨。先ほどの焼き回しのように、神様は穴だらけに。


「ガッ、アァ……!?」


 けれど、穴が開いてからは全く違った。大量の穴は瞬く間に神様の殆どを吹き飛ばしていた。辛うじて残っている膝をつく神様。口も残らないほど穴だらけになっているのに、呻き声だけはしっかりと聞こえる。

 神様は、まるで、全てくりぬかれた後のビンゴカード。

 辛うじて残っている部分が蠢き、如何にもな杖を動かす。コンッと地面に叩きつけると、円や三角が複雑怪奇に絡み合った……魔法陣としか表現しようないものを、壁のように展開。同時、ゆっくりとだが人としての形を取り戻しつつあった。まだまだ、穴だらけではあるけれど。

 追い打つように連続する炸裂音。同時、展開された魔法陣に向かって叩きつけられた大量の何かが、突破できずに運動量を失い、転がっていた。


「……銃?」


 自身が、蚊帳の外であることで、ほんの、ほんの少しばかりの思考能力が戻る。そこでようやく、神様に向けられている攻撃が魔法陣とは対照的な、兵器であることに気付く。

 今起きている状況が、ファンタジーなのかSFなのか。チグハグさに、混乱が再び加速。


「女の、子……?」


 視線の先、マズルフラッシュで焼け付く網膜。フラッシュの向こう側に居たのは、一人の人間。全身を覆う黒いスーツを着た、髪を二つ縛りにしたツインテールの、とても小柄な少女。恐らく、自分と変わらないか年下に見えるのだが……視線が十代の少女だとは思えないほど鋭いというただ一点で、自信が持てずにいた。


「いきなり、攻撃とは、随分、野蛮じゃ、のッ!!」


 穴だらけのまま、神様が杖を振るうと、魔法陣の向こう側が、明るくなった。瞬間、全身余すところなく、意識が飛びそうになるほどの熱を感じ取る。再び、肺が焼けるのかと、背筋が震えるが……そうではなかった。

 地獄の蓋を開いたかのような業火が、視界の全てを満たしていた。一瞬で空気すら全て焼き付くほどの炎はあらゆる生命の存在を許さない。まさに、神の怒りを具現化したかのような炎であった。そんな地獄のすぐ側に居るのに無事なのは、魔法陣の後ろに居るから。

 どこか胡散臭い自称神様……話半分だったのを、今更だけれど改める。

 圧倒的な破壊力を撒き散らす火器に身体の殆どを吹き飛ばされても死なず、すぐさま傷一つつかない守りを展開。その上、人知の及ばぬ炎海を、杖の一振りで発生させる。神様かどうかは、別にして、言葉通り、人外の存在であることだけは疑う余地がなかった。


「なんとも、厄介な攻撃じゃな……まさか、傷付けられるとはのう」


 穴ぼこが殆ど治りきらないまま溜め息をついているものだから、危機感がイマイチ伝わらない。


「神様……これって」


 どういう状況なのでしょうか、その、言葉が喉から形になるよりも先に、炸裂音と共、神様の腕が杖ごと吹き飛んだ。


「なッ、生きておったかッ!!」


 もう一度、炸裂音がすると、今度は、反対側の腕が千切れ飛ぶ。

 音の発生源を、神様と同時に見上げる。居るのは、真上。

 炎に飲み込まれたように見えた少女が遙か上から、銃口を真っ直ぐ、揺らぎなく神様に向けていた。


「むぅんっ!!」


 杖はなくとも、顔を見上げただけで頭上に魔法陣が展開さ。正確無比な鉛の嵐を受け止める。

 それでも、撃つ。撃つ。撃つ。落下しながら、連射を止めない少女。だが、魔法陣は傷一つつかない。物理攻撃なんて、幾ら行っても無駄だと言わんばかりに。

 ぶつかる。その、寸前、少女は銃を、上に、放り投げた。


「ッシャラァ!!」


 雄々しすぎる、裂帛の怒声。

 目にも留まらぬ早さで突き出された、ソレ……空間を無理矢理引き裂いた青白い蛍光色を纏っ

た刃。視認できたのは、魔法陣を貫き、神様の頭に突き立ってからだった。


「き、さまッ……」

「次来る時は連絡をくらい頂戴よ、ねッ」


 身体ごと回すように力強く振り抜かれた刃が、強引に縦真っ二つ。オマケとばかりに横一文字に振るわれた刃が、神様を四分割にする。

 少女はそこまですると、刃から片手を離す。同時、上空に放り投げられた銃が、吸い込まれるように、手の中に収まった。


「吹ッ飛べ!!」


 止め処なく吐き出される銃弾は、四分割された神様を、数えるのもバカらしくなるほどに、粉微塵にしていく。

 ついには、欠片でさえ見えなくなった。

 銃声が止んだにも関わらず、鼓膜の内側、耳の中は甲高い音が響き続けていて、頭が痛い。


「さっさと、お帰りくださいませ、と」


 神様を粉々に吹き飛ばした少女。黒を基調とした身体のラインに合わさったスーツ、所々にプロテクターが見える。その姿は、素人目に見ても一般人とは言い難く……特殊部隊とか、秘密組織といった印象を受ける。

 ただ、落ち着いてみてみると本当に小柄で、どこか赤みがかったツインテールが幼さに拍車をかけている。お陰で、中学生か高校生なのかも不明。多分、小学生では無いはず。


「あ、あのぉ……」


 少女の両手には乱射していた銃。それから、大剣とチェーンソーを足して二で割った後にメカメカしさをトッピングしたような刃。それが、見紛うこと無き武器であることが、少女の剥き出しの敵意をフラッシュバックさせる。一般人でしかないから、腰が抜けそうになるけれど、なんとか、声を絞り出した。


「あの、キミ、は……誰?」


 恐る恐る、と手を上げて質問。ぴくり、と肩を小さく揺らす少女。もしや、話し掛けたのは悪手だっただろうか、と血の気が引いていく。


「あっ、ごめんなさい……見えてなかったわけじゃないんだけど、気が抜けて……」

「え、あ、はい」


 ツインテールをふるふると揺らし、申し訳なさそうに目尻を下げる少女。肉食獣のような眼光で睨み付けられると身構えていたのに思わず口が半開きになる。つい先ほどまで、嵐のような暴力を振るっていたとは思えない変わりよう。やっていたことに反して、顔立ちは可愛らしさを含んだ澄まし顔。読者モデルとか、アイドルとかやっていてもおかしくない。

 態度は柔らかく、顔立ちは可憐。だが忘れるなかれ、両手には、ケーキに突き刺さった蝋燭の火を消すかのように、人の命を吹き飛ばせる武器。アンバランスとしか言い様がない。

 少女は、こちらに視線を向けながら、困ったように表情を浮かべていた。


「説明しても、いいんだけど……結局無駄になるから、しても意味ないって言うか」

「無駄って言われても、俺は何も分かってないので、教えて欲しいんですけど……ほら、他に聴こうにも、神様は、その」

「木っ端微塵の細挽きミンチにしたからね、アレ」

「……あー」


 物腰は柔らかくなっても、中身は同じだった。凶暴性が滲み出ている。

 今の状況がどういう物か分かっていない。だから、少しでも、状況を知りたいというのは至極当たり前。


「あんまり時間が無いから、端折りながら、だけど」


 両手に持っていた武器を並べ、更には、腰に欠けていた口径の大きな拳銃、それからどこからか取り出した小箱を並べると同時、ガシャンガシャン、大きな音を立てて複雑なルービックキューブのように形を変えていく。重なって合わさって、一つになっていく。


「忠告だけど、神なんて自称するやつを信じちゃダメよ。あんな無茶苦茶に付き合ってやる義理なんて無いんだから」


 ガチャガチャと、音を立てながら合わさったできあがったモノは黒塗りのアタッシュケース。


「そもそも何の神かもわかんない上に、わざわざ、人の命をどうこうするのかっていう目的が分からないと、思わない?」

「それは、そう、かもしれないけどさ……」


 神様……と、言われて想像した通りの、テンプレート的な存在が目の前に居たから、気付かなかった。そこまで考える前に、話が進んでいったから。

 改めて言われると、あまりにも想像通り過ぎる神様の姿も、印象を刷り込むための手段……なのかもしれない、と考えることが出来る。


「じゃあ、さっきのは神様じゃないっていうこと……?」


 となると、結局疑問は一つに集約。何のために転生をさせようとしたのかも分からない。転生させる事が出来るけれど、神様ではないというのであれば、そちらの方が余程、何者なのかわからない。


「さぁ?」


 武器が合わさった箱を手に取る少女。これが、さっきの武器セットなのだとしたら、随分コンパクト。一体全体、どういう技術を使っているのか。


「さぁ、って……投げやりな」


 思わせぶりなことを言っておいて、それは適当すぎないか。とは思うものの、食ってかかるほどの勇気は持ち合わせていない。


「神様って言うのが、凄い力を持っている存在を指すんだったら、さっきのも、神様かもしれない」


 神とは何か。それを問われた気がして、只でさえ混乱過剰な頭が限界値を通り越していく。哲学的というか、抽象的というか。


「仮に神様だとしても、外来種みたいなモノかな、アレ。他所からきた挙げ句、人の命を奪っていく……極端に言うと、こそ泥みたいな存在?」

「こそ泥……? この世界……?」


 ということは、先ほどの神様は、別の世界から来た存在、なのだろうか。話のスケールが大きくなりすぎて、頭がパンク。


「もう、そろそろかな」

「えっ?」


 少女はその場で、周りを見渡すように、くるり、回った。よく似合っている赤みがかったツインテールが、軌跡をなぞるように宙に舞う。

 少女がどこかを見上げた。その視線を追いかけると、何もない空間に大きく亀裂が走っている。


「さっきの自称神様とやらがアナタとこの世界に干渉してきた原因。それで、その原因を排除したから結果は変わり、世界は元通りになるってワケ」

「元に戻る……生き返るってこと?」


 あり得るかもしれない、転生することもなく死亡……という、最悪の事態に陥ることはなさそうで、少しだけ安心。


「あー……わかりにくいよねー。厳密には、トラックに轢かれたこと自体がなかったことになると思う」

「事故自体が、なかったことに……」

「だから、あなたはこんな所に来ることはない。ましてや、そこで自称神様とよく分からないオンナの小競り合いなんて見ることもない」


 原因を排除したから、結果が変わる。それ自体は、言葉では理解できる。ただ、自身の身に起こる矛盾が、どうにも引っかかって仕方が無い。


「つまりキミが助けに来て、神様が倒されたという事実もなくなる……? そうなると、神様は今も生きていて……いや、わかんなくなってきた……」


 助けられたという事実がなくなったなら、結局、トラックに跳ねられて神様に転生させられるんじゃないだろうか。


「その辺、結構ややこしいんだけど……説明してる時間はないかな」


 なにもない、どこまでも真っ白が続くと思っていた世界。上空の大きな亀裂が少しずつ広がり、亀裂から色がなだれ込んでいく。陽の光、空の青、雲の白、湿った空気。


「やっぱ、そうだよなぁ……」


 少女の口振りと、説明するだけ無駄だという前置きから、大体の結論は見えていた。


「ここであったことを、俺は覚えてないってこと、かぁ……」


 本当に小説やアニメといった、創作物でしか見ない『異世界』だとか『神様』の存在を知った上、それに対抗するような存在まで居た。

 自分が想像している以上に、この世界にだって非現実が溢れている、と胸が躍っていたのに。


「そっ。一連の流れそのものがなかったことになるから、覚えていられない。そもそも、起こってないからね」


 正直に言うと、忘れたくなかった。たとえ、巻き込まれただけであっても、非日常に足を踏み込める機会が目の前に転がっているのだから。

 それだけではない。こんな少女がたった独りで戦っているという事実が、なけなしの勇気を奮い立たせた。


「あのさ、俺も、手伝いたいって言ったら、どうする?」

「どうもしないけど?」


 スッパリ、一刀両断。

 徐々に薄く、空間が割れて、景色が見えるようになっていく……自分が跳ねられる直前の横断歩道へと。


「俺も、その、この世界を守れたらって気持ちが、少し……」


 非日常への憧れであることは否定できない。本当に戦えるのか……憧れが消えて、自身の命というものが天秤に掛かった時にも戦えるのだろうか。なんていった現実があるのは分かっていても、憧れは止められなかった。


「いいことばっかじゃないわよ……それに、一個、勘違いしてるから最後に言っておくけど」


 此方を見る表情から、フッと、少女らしさが抜け落ちた。


「残念ながら、正義の味方でもなんでもないのよ私たち」


 生まれてこの方見たことが無い、諦観と熱を瞳の奥に携えた、綺麗な表情……せめて、この表情だけでも記憶に残れば、なんて考えているうち。

 世界は色を、取り戻した。

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