フォルティス・エトゥ・エンフェルミ
MASANBO
哀れな男
「ぐはぁ……」
男が地面に倒れながら吐血していた。その男の心臓には鋭利な杭が突き刺さっていた。だが、不思議なことに重症でありながらその男は生きていた。
「いまだに魔力が残っていたか。やはり生命力は恐ろしい。さすがは救世主と言われただけはある」
倒れている男を見下ろすようにもう1人の男は立っていた。
「だが。これでお前の負けだ。どうにもならん諦めろ」
「……俺は。……俺はやれる。まだ負けてない。負けてたまるか…」
その声を聞くと男は頭に血が昇ったのか顔を真っ赤にしさらにその杭を深く突き刺す。
「がっ……」
「ふざけるな!やれるだと!俺はやれるだと!自惚れるな。この期に及んでまだ理解できぬのか!貴様のそのどうしようもないそ・れ・が!貴様を負けに追いやった!いや。お前が負けることなんてどうでもいい。お前のそれが彼女たちを、お前の周りにいる人々を苦しめている」
「……」
「自分なら。自分だけで彼女たちの望みを叶えられる。そう思ったのだろう。そして数々の勝利がそれを確信させたのだろう?だから、彼女達を頼ることもできなかった」
それは違う!そう叫ぼうとしたが、力が入らず声が出なかった。いや、目の前に立つこの男に気圧されて何も言えなかったのだ。
「違う!とでも言いたげだな。そうだな…危機を乗り越えるために彼女達の力を使ったことは幾度となくあったからな。……だが!それは頼・る・じ・ゃ・な・い・!利・用・し・た・だ・け・だ・!自分の度し難い!抑えきれぬ欲求。誰かに認められたい。世界に自分を示したいというどうしようもない欲求のために。抑えきれない自尊心、プライドを守るために」
「……ふざけるな。違う……違う……」
泣きそうになりながら否定する。否定しなければならなかった。自分のために。自分の名誉のために。
その声を聞くと男はさらに強く杭を叩く。それと同時にもはや声にもならぬ叫び声が響き渡る。
「では貴様は彼女達の顔を見たのか!どうしようもない。悲しさと苦しさ。信じきれない己の情けなさを恥じたあの顔を!見たのか!ええ!」
「……」
「見てない。いや見ないようにしたのだろ?自分が間違っていたことを認めることになるから。自分が否・定・されたように思えるから」
何も言い返せない。痛みもあり意識を手放したくなる。だがこの男の目が許してくれない。
「立ち止まることはできた。その機会はいくらでもあった。でも酔いしれた貴様はその機会を逃した。その結果がこれだ。彼女達の愛を手に入れたのに、できたはずなのにどうして貴様は、お前はこうなんだ。欲しかったはずなのに、自分の手元にあったはずなのにどうして……」
男は泣き出す。それに釣られるように自分も泣き出した。
「哀れな男だ。お前は強・者・であったのかもしれない。だが、哀・れ・だ。哀れな人間に救える者なんていない。そんなことはあり得ない。貴様は救世主なのではない。貴様は救・わ・れ・る・べ・き・人・間・だ」
「……違う。俺は、救世主だ……。そう言われた。その資格があると……。だから……」
「いや違わない。お前は救われるべき人間であるだけで。人を救う人間ではない。資格はあったのだろうが、それを放棄したのはお前だ。お前はお前が救われない限りもはやそれは叶わない。言ってみろ。大きな声で!助けてくれと。彼女たちに。心から頼ってみろ!」
「……」
促されるも男は黙る。しゃべれないのではない。口を噛んでそれを拒否していたのだ。
「その態度が今の現状を招いているんだぞ!その悍ましいほどのそ・れ・のせいでな!」
男の言葉の一つ一つが心に突き刺さる。今自分に痛みを与えている杭など取るにたらないほどの鋭さだ。
「言え。言うんだ!そこから始まる。今終わった物語が再び始まるのはそこからだ」
それにつられ無意識か言葉が出ていた。
泣きながら。情けない言葉であった。
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