救世主

気がついたらリクはうつ伏せで地面に寝ていた。


「クソ。何だったんだ?あの白い手は。というかここどこだ?」


 リクは周囲を見渡すと、全く身に覚えのない場所であった。先程までは炎の海の中であったが、今はどこかの建物の中のようであった。


「あ、あの」


 横から女性の声が聞こえる。リクはその声には聞き覚えがなかった。


「誰だ?」


 リクは訝しげな表情でそちらの方へと視線を向ける。


 そこには、どこかリクのことを心配しているような女性とそれを見守る老人がいた。。どうやらリクは自分のことで

 頭がいっぱいであったために気がつかなかったようだ。


 女性の方は、女性にしては高身長といえ、髪は長く、そして青く、綺麗に整えられていた。頼り甲斐がありそうな雰囲気を持ちながらも、品があり、どことなく側で支えてやりたくなるような不思議な印象を与える。


 そして後ろで、女性の後ろで佇んでいる老人。身長は180㎝もある高身長、細いフレームのメガネ、白手袋に執事服。おそらく、女性の執事であろうことが予測できた。


 その執事は一切リクの視線を気にすることもなく、ただそこに存在した。


「君達は?」


 リクは訝しげな表情で問いかける。女性はリクの表情を気にすることもなく、笑顔で答える。


「初めまして、私はレイラと言います」

「私はレイラ様の執事を勤めさせていただいているカーティスと申します」

「ご丁寧にどうも。俺は律玖。朱廉律玖だ」

「その突然のことだと思います。ですから、今の状況を説明したいと思うのですがよろしいでしょうか?」

「その様子から察するに、俺の現状をレイラさんは知っているということか」


 リクの疑問にレイラはコクリと頷いた。


「リク。貴方がなぜここにいるのかは私に原因があるのです。それも踏まえて説明したいと思います。しかしここで話すこともないでしょう。一度場所を変えませんか?」


 レイラはそう言ってカーティスへ視線を向ける。


「それでは、リク様こちらへ。客室がございますのでお話はそこでなされるとよろしいでしょう」

「ありがとう。それでは行きましょう」


 リクはカーティス達に連れられるがまま歩き始める。


 ――――――――――――――――


 リクが連れられた場所はちょうど4人で使用することを想定されており、それなりに大きな机と椅子が4つ用意されていた。どれも木を素材として作られたものである。座ると存外座り心地が良かった。部屋の中は余計な装飾品はなかったが、赤を基調としたカーペットが敷かれ、どことなく明るい雰囲気があった。


「それでここはどこなんだ?何より、俺は白い手が無数に伸びてきて、それに捕まれ引き摺り込まれた。あれも知っているのか?」

「リク。なぜあなた達がここにいるのかと言うとそれは偏に私が召喚したからです」

「召喚?」

「はい。私たちの世界は今とてつもなく危険な状況にあります。化け物、『デストヒュヌス』が私たちの世界を破壊しようとしているのです。私たちはそれに対抗すべく貴方を召喚したのです」

「……紅茶うまいな」

「……話聞いてます?」


 自分が置かれている状況がわからないにも関わらず、リクは落ち着いてお茶を飲んでいた。いや、リクの視線は遠くに向けられており現実逃避をしていただけなのかもしれない。


「話は聞いている。話はな。だが頭に入ってこない。なんだ?その化け物?世界を破壊する?何言ってんの?」

「えっと。ですから……」

「ダメダメ!ダメですよ〜レイラ様。彼はまだこの世界に来たばかり。いきなりそんなこと言われても困りますよ。ここは一旦落ち着きましょうぜ☆」


 陽気な声が聞こえてきた。少なくともこの場には不釣り合いな声だ。リクはその声の主の方へ視線を向ける。そこにはメイド服を着た女性がいた。


 察するにレイラに使えるメイドであろう。赤い短髪野上が特徴で、身長は150㎝後半ぐらいの小柄な女性であるが、胸の大きさはなかなかに大きい。少なくともレイラよりは。


「クレア。今大切な話をしているだけど……」

「知ってます。ですから今まで部屋の外で待ってたじゃないですか」

「そのままもう少し待って欲しかったのだけど」

「ダメで〜す」


 クレアは口を膨らませながら手をクロスしながら、その願いを却下する。


「さっきも言いましたけど。いきなり世界が滅ぶとか言われても困りますよ。そうですよね?リクさん?」

「えっ!あ。まぁそうだな」


 リクは今までどう反応していいのかわからなかったせいか、いきなりこちらに話を振られたことに少し戸惑った様子であった。


「というわけで!ここは一度心を休むために、お互いを知るために、おいしい。おいしい。私お手製クッキーでも食べながら、お茶をしましょう!」


 クレアは笑顔で二人に提案する。


「う。う〜ん。いいのかいしら?それにお茶ならここに……」

「何悩んでいるんです?そんな別に気にする必要ないですよ。そのようなルールなんて存在しません。てか、そのお茶冷めているじゃないですか。ちゃんともう一度入れ直します。リクさんもそれでいいですか?」

「別にいいですが……」

「ほら!リクさんもいいって言っているのですから、互いに同意している以上失礼でもなんでもありませんよ」

 あれよあれよという間に、クレアのペースに呑まれていくレイラ。このまま押し切られるのも時間の問題であった。



「うまい」


 結局クレアに押し切られて、お茶をすることになった二人。クレアは手慣れた手つきでお茶を入れ、クッキーを持ってきた。


 リクはそのクッキーを一つ口に放り込むと、自然と感想が出た。


「それは良かったです。私こういうの得意ですから」

「得意というだけあってうまい。自分ではとてもできないな」


 そう言ってリクはもう一枚口に入れる。


「あれ?料理できたりする系です?」

「?それなりには……。ただクレアさん?が期待するような水準ではないとは思うがな」

「クレアでいいですよ。私はレイラ様に使えるメイドにすぎませんし。そっちの方が親しみやすいでしょ?」

「そうかならクレアと呼ばさてもらう」

「はい」


 クレアの願いに特に嫌がることもなく受け入れたおかげか、笑顔で喜ぶ。その笑顔は明るく、眩しいものであった。なるほど太陽の様な笑顔とはこのことかとリクは感じていた。


 リクはクレアの笑顔に注意を惹きつけられていた。


 おかげで、その二人のやりとりをなんとも不服そうな顔で見つめるレイラに気がつかなかった。だがリクと異なり、


 どうやらクレアはその事実に気がついた様だ。


 先程の様な眩しい笑顔が消え、それはもう悪意に満ちた、マイルドな表現で言えば、からかう気まんまんのニヤついた顔へと変化していった。


「おやおや。どうしたのですか?レイラ様?もしかして仲間外れにされて寂しがってます?」

「……別に」


 不服そうな表情で否定するが、当然その言葉が真実ではないということはまだ知り合って間もないリクにもわかった。


(すごいわかりやすく拗ねているな……意外に子供っぽい?)


 リクはなんとなく、その様な意図を踏まえながらクレアの方へ視線を向ける。その視線に気がついたクレアはリクの耳に口がくっつくほどに近寄ってきた。


「意外に子供っぽいとか思ったでしょ?実はその通りなんです。仲間外れにされると拗ねるのですけど、プライド(笑)のためか、頑なに認めようとしないのですけどね」

「そ、そうか」


 意外にこのメイド、主人に容赦ないななどという感想を抱くが、同時に異様に距離が近いクレアに少なからずドキドキしてしまっている。女性にこれほど近寄られたことがないため、この反応は自然だとリクは思っている。というか信じている。


 だがその反応が気に食わないのだろうか、レイラの表情はますます険しい。だが同時にクレアの顔はとても嬉しそうな表情だ。嬉しそうな表情だが、やはり先程の明るい笑顔とは異なる。どちらかというと獲物を見つけた肉食動物の様な表情という表現の方が正しいだろう。


「おやおや?おやおやおやおや〜?随分と不機嫌そうな顔ですねぇ〜。だめですよ。レイラ様はとてもお綺麗ですのに、そんな顔しては台無しです。ほら笑顔笑顔」

「あなたって本当にこういう時生き生きしているわね……」


 ゲンナリとした表情であるレイラがこちらの方に一瞬視線を向けた様な気がした。だが基本面倒ごとはお断りのスタンスであるリクはそれを気がつかないふりをした。


「ほらリクさん。あ〜ん」

「はい?」


 唐突にレイラの目の前でクレアは小さく綺麗な手をリクの口まで近づけてきた。

 なぜその様な行動に出たのかは理解できない。


 とりあえずリクはちらりとその手に持っているものを確認した。クレアが持っているのは先程


 リクが食べていたクッキーであった。それを「あ〜ん」という声と共にこちらに近づけたところ、クレアは食べさせてあげようということなのだろう。


 だがここで疑問はなぜいきなりその様な行為に出たのかだ。先ほどまでクレアはレイラを揶揄うことに意識を向いていた。にも関わらずいきなり矛先をリクに変えてきた。何か訳があるのだろうかとリクは思った。


 改めてクレアの持っているクッキーをよく見てみると、どことなくそのクッキーの形は歪で、先ほど食べたものとは出来が違った。


「あ〜ん」


 疑問に対する答えのために周囲を観察していたリクだが、クレアの可愛らしくも有無を言わせぬ声に現実に戻されてしまった。


「……」


 逆らうと面倒になることはリクの短い人生ながら学びを得ていたおかげか、それに抵抗することなく口を広げ、クッキーを受け入れた。


「どうですか?」

「うっ……う〜ん」


 どうか?と聞かれればなんとも反応に困るものであった。先程食べたクッキーは程よく口にバターの香りが広がり、


 噛めばクッキーが心地よい音を立てながら崩れていたのに対して、こちらは噛めば噛むほど口の中の水分を奪われ、

 パサパサした感覚になり不愉快にさせるもので、味は味でなんかよくわからない。


「正直に言えばうまくない。というかクッキーでこの味は今日日食べたことがないな」

「……」

「意外に正直というかはっきり言いますね〜」


 リクがはっきり答えたことによって、レイラの表情はとてつもなく厳しいものとなる。そしてクレアの苦笑いながらの一言。これらの事情を考慮することでなんとなくリクは理解した。


(これ、レイラさんが作ったってことね。そして俺は馬鹿正直に貶してしまい、見事気を悪くしたと……)


「というかクレアなんで私が作ったクッキーがあるの」

「もったいないから?」

「いいわ。それに関してはね。もったいない確かに作ったのに捨ててしまうのは勿体無いかもしれない。でもわざわざなんで客人に食べさせるのよ!メイドとしてそれで良いの!あのクッキー、自分でいいうのあれだけど、ただただ美味しくないのよ。とてつもなく変な味ならいっそ笑い物になったけど。それにさえならない微妙な不味さなのよ!」

「本当に自分で言うものじゃないなそれ」

「そういったところもレイラ様のいいところですよ」


 わーわーとなんとも賑やかなお茶会になってきているが、リクはここ重要な論点を提起する。


「なんか色々あるが、そろそろ本題に移らないか?」

「!」


 リクの指摘にハッとレイラは気が尽かされた表情をする。


「申し訳ございませんリク。私としたことが、流されたとはいえ意味もわからず連れてきてしまった人に説明もせず、お茶を飲み、さらには私の作ったクッキーが汚物だと言われて腹を立ててしまいました」

「いや、一度お茶にすることは俺も同意したから別にいいよ。おかげで少しリラックスできて頭に情報が入りやすくなったと思うし。あと俺はクッキーのことを汚物だとは言ってないからね。なんか俺がとんでもないクソ野郎になるからやめてね」


 不名誉な印象をつけられる恐れがあるのは不本意であるためにリクは念を押して否定しておいた。




「さてそれでは本題に入るが、俺が連れてこられたのは世界を救う?ということでいいのか?」

「はい。私はそのためにあなたをお呼びしました」

「なぜに俺?言っておくが、俺は周りより少々能力が高いただの人間だ。流石に世界を救う男とかそう言う感じの人間ではない」

「その割にはなかなかに自己評価高めですね〜」


 クレアはリクの発言に対するツッコミをするがリクは気にしない。


「そんなことはありません。リク。あなたは世界を救う力を秘めている」

「その根拠は?」

「白い手につかまれませんでしたか?」


 その言葉を聞いてリクに緊張が走る。


 白い手はまさにリクをこの世界に連れてきた原因であろうものなのだから。それをレイラが知っている。この事実だけで力が入るのには十分であった。


「心の共鳴。聖女の資格を有する者が、勇者の資格を有する者と心を通じ合わせることによってその者を導く。『コン・シュンパティア』と呼ばれる魔法です」

「その魔法とやらで俺とレイラさんは心が一時的に通じ合うことができたから俺が勇者であり、レイラさんは聖女であると」

「その通りです」


 正直なところ魔法という概念を知らないリクは、急に魔法が根拠だと言われてもすんなり納得することはできなかった。だがすでにイレギュラーな出来事が起こったあと、魔法ぐらい出てきても不思議ではないという心持ちはあった。


 そしてこの場においてレイラのこれまでの動作など魔法がなくともそれなりに真実であるかどうか考慮する材料があったことから、リクはレイラが言っているのは事実なのだろうという結論に一応は達した。


「わかった。一応納得はした。俺は勇者だということは何となく納得はした。だがもう一つ俺は確認しなければいけない重要なことがある」

「何でしょう?」

「カズキのことだ。俺の友人藺草和樹のことだ」


 リクが白い手に掴まれた時、カズキはそれより早く同じ様な目にあっていた。ならばカズキもまたこの世界に来ていると考えることが自然だ。


 だが、リクの言葉は予想していなかったのか、レイラはよくわかっていない表情をした。


「すみません。カズキさん?のことはご存知ありません」

「知らない?だが待て、俺の友人もまた俺と同様の目に遭っている。ならばカズキもこの世界に来ているはずだ」

「同じ目ですって?それは本当ですか」

「間違いない」


 リクは確信を持って発する。その目が真剣なもので、嘘をついている様子はないことはレイラにも理解できた。

 レイラは少し口に手を当てながら暫し沈黙する。おそらく自分に心当たりがあるか考えているのだろう。


 しかし―――


「しかしそれが本当であっても、私ではありません」


 帰ってきた答えは否定の言葉であった。


「私の『コン・シュンパティア』は心を通わすことができるのは一人。それ以外の者は適性がないとみなされ、心を通わすことはできません。そのため二人を同時に連れてくることはできません。ですからリク。あなたを連れてきた以上、それ以外のものを連れてくることはできないのです」


(ならば。ならばカズキを連れ去ったあれは一体何だ?)


 リクの頭はその疑問に支配されるが、すぐさまその支配からリクは抜け出した。


(考えても仕方がない。この世界について俺はまるでしらないのだから。今考えたところで圧倒的に知識不足だ。とりあえず言えることは、カズキはこの世界にいる。なんとなくだが、俺はそう確信することができる。ならばカズキはいる)


 リクは断言できる様な状況ではないが、あえて断言した。それが正しいと確信した。


「わかった。だが俺はこの世界にカズキがいると考える。だから俺はカズキを絶対に見つけてみせる」

「よいでしょう。友人を探すことに理由なんて入りませんから。話を戻しましょう。先ほども言った通り、リク。貴方は勇者、この世界の救世主となる人物です。ですからどうか私たちに力を貸してください」


 レイラはこの世界のために心から願った。その目は確かな『意志』を感じることができた。リクは確かにその熱意を受け止めた。


 リクは一度深く酸素を吸い込む。これから発する言葉をはっきりと届かせるために。そして肺いっぱい取り込んだ酸素を今度はゆっくりと吐き出し、改めてレイラの方へと向ける。そしてリクはレイラの目を見て応えた。




「断る!」




「「えええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」


 天まで届きそうな大きな大きなレイラとクレアの驚きの声が、その部屋を、屋敷を響かせた。

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