第7話 降臨する真紅の飛影(前)

 共同墓地というのは山の裾に広がっており、一段目、二段目、三段目と奥に行くにつれて海抜高度を増していく。


 今は陽が落ちている時間帯なのに加えて、御岳森に警戒令が出されているから、こんな場所に近づこうとする民間人はいない。


 一体……二体……三体……。

 墓地を巡回するように歩いている影はヴァンパイアのものだ。

 ロボットのように一定スピードで動いている。


「見張りは手薄ですね」


 ルキウスが小声で言う。


「人間の血を集める方に頭数を割いているのだろう。どうやら紅月のヴァンパイアも潤沢に兵力があるわけではなさそうだ」

「本拠地の守りが甘いってことですか? 大チャンスでしょう」

「喜ぶのは早いぞ。もぬけの殻という可能性もある」


 コジロウたちは大きな墓石の裏に隠れていた。

 ヴァンパイアが一体、気だるそうに通り過ぎていく。


「さっき声がしたような……まあ、気のせいか……気配もないしな」


 飛び出そうとしたルキウスを静止させた。

 そいつを殺す必要はない、と。


「もう一度、俺の考えを伝えておくぞ」


 ヴァンパイアの生態系は蟻とか蜂に似ている。

 餌を貯蔵するための巣があり、その最奥に女王がいる。


 女王の役割は多岐に渡っており、兵隊たちの指揮、仲間のヴァンパイアを増やす、テリトリーに侵入してくる敵を監視する等、目が回りそうなほど忙しい。


 ゆえに大量のエネルギーを必要とする。

 もし共同墓地に女王がいるなら、食糧となる人間を定期的に輸送させているはず。


「ヴァンパイアの親玉がここにいるのか、それを突き止めるのが今夜の目的だ。決戦は明日。俺たちも消耗している。一晩寝て英気を養いたい。それに昼間だとヴァンパイアも本領発揮できない」

「分かりました」


 てっきりルキウスが反対してくると思っていたコジロウは、


「意外だな。ルキウスは今夜決着をつけるとか言い出すと思った」


 と率直な感想を口にしておいた。


「コジロウが言うってことはベストの作戦なのでしょう。私はそれに従います。最悪なのは私たちが全滅することですから」

「そういうことだ」


 ガタゴトと台車を押してくる音が坂道を登ってきた。


 ヴァンパイアが二体。

 暗くてよく見えないが、人間の死体を載せているらしい。

 月光を吸い込んだ血がテカテカと怪しい光を放っている。


 手でルキウスに待ったをかけた。

 ヴァンパイア同士で何か話している。


「こんなに食料を集めて、あのお方はどうする気ですかねぇ?」

「この土地を本拠地にして、近隣の都市へ攻め入るのではないか?」

「それって日本中を敵に回すってことですか?」

「この国は人口密度が大きい。でっかい街を落とせば、戦力が飛躍的に増える。国を丸ごと乗っ取ったら、次は大陸を目指せる。そうなったら食料が無尽蔵に手に入る」

「楽園じゃないですか〜」


 見張りがいないことを確認してから台車を追いかけた。

 奥へ奥へと登っていき、巨大な石碑の前で静止する。


 ヴァンパイアの片方が地面を漁った。

 何をするのかと思いきや、金属の取手に指をかけて、重そうな蓋を持ち上げる。


「お〜い、食料を持ってきたぞ〜」


 台車を傾けて、遺体を中へ落とした。

 金属の蓋を戻すと、登ってきた道を帰っていく。


「小学校で習ったのだけれども……」


 ヴァンパイアが見えなくなってから、シオンが口を開く。


「昔、御岳森では銀が採れた。その時の坑道が龍脈みたいに走っていて、穴の何本かは墓地にも繋がっているはず」

「なるほど。そこを巣にしているのか。出入り口が何箇所もあるから便利というわけだな」


 本日の最終ミッション。

 ヴァンパイアの巣窟の入り口が確認できた。


 ……。

 …………。


 結果に満足したコジロウが退却すべく立ち上がった時、この日最大のハプニングに見舞われる。


 トゥルルルルッ〜♪

 ルキウスのスマホが突然鳴り出したのである。

 三人は顔を見合わせて、何とも気まずいムードになる。


 おい⁉︎ バカ!

 スマホをマナーモードに設定していなかったのか⁉︎


 初歩中の初歩だと思って注意していなかったことをコジロウは悔やんだが、時すでに遅しというやつだ。


「すみません、東洋協会でした」

「そんなことはいい。すぐ逃げるぞ」


 近くを巡回していたヴァンパイアが集まってくる。


「物音がしたぞ!」

「近くに人間がいる!」

「バカなやつだ! 俺が食い殺してやる!」


 ヴァンパイアの一体が指笛を鳴らして、さらに仲間を集める。

 間を置かずして、たくさんの足音が地鳴りのように押し寄せてきた。


 ルキウス、シオン、コジロウの順で走りに走った。

 行く手を塞ごうとするヴァンパイアをルキウスが切り裂き、追いすがってくるヴァンパイアをコジロウが撃ち抜く。


 想像より数が多い。

 すでに十体仕留めたのに、まだ視界には二十体いる。


「次から次へと湧いてきますね。ですが、一体でも多く殺せば、明日の戦いが少しは有利になるというやつです」


 墓石の陰から三体のヴァンパイアが飛び出して、一斉にルキウスに襲いかかった。

 さすがに厳しいか? と思った次の瞬間には、三つの首が宙を飛んでいる。


 頼もしい。

 この男が味方で良かったと心底思う。


 ルキウスは踊るように爪を振るい、立ちはだかるヴァンパイアを片っ端から掃討していく。


「瀬奈は一目散に走れ! 俺とルキウスの心配はいい!」


 シルバーレイが弾切れを起こす。

 コジロウは急いでカートリッジを交換して、近づいてきたヴァンパイアに狙いを定めた。


 にしても、しつこい。

 撃っても撃っても、その後ろから新手のヴァンパイアが湧いてくる。

 中には知恵の働く個体もいて、死んだ仲間の死体を盾にしながら突進してきた時は少し焦った。


「冴木くん! 危ない!」


 金属と金属のぶつかる音がして、火花が舞った。

 どこで拾ったのか、フライパンを手にしたシオンが、ヴァンパイアの攻撃からコジロウを守ってくれたのである。


「私を守りながらだから、冴木くんに負担をかけているんだよね! でも、一方的に守られるのは嫌だ!」

「サンキュー、瀬奈」


 シオンと鍔迫つばぜり合いになっていたヴァンパイアの脳天に弾を叩き込む。


「どういたしまして」

「安心するのは家に帰ってからにしろ。次が来る」


 右からヴァンパイアが五体、左からも五体が迫ってくる。


「瀬奈、よく聞け」

「はい」

「全力で走れ!」

「はい!」


 コジロウは右から接近してくるヴァンパイアを一掃すると、カートリッジを交換しながらシオンの背中を追いかけた。


 ……。

 …………。


 ルキウスはいいな、と思う。

 シルバーレイと違って、龍爪には弾切れというものがない。


 あと何発残っているのか意識しながら戦うのは、わりと神経をすり減らす行為だったりする。


「くそっ……また弾切れか」


 ヴァンパイアの一体に接近を許して、とっさに銀ナイフを繰り出す。

 はせ違うようにして首筋を裂いておいた。


 急いでカートリッジを交換。

 シオンを追いかけるヴァンパイアを撃ち殺しておいた。


「銃という武器の特性上、やはり囲まれるとキツいな」


 味方のバックアップが欲しい。

 そんな願いを天が聞いたわけではないだろうが、思いがけない援軍がやってきた。


「危ない戦い方をするね! 少年!」


 一本の矢が飛んできて、コジロウに向かって突っ込んできたヴァンパイアの喉首を射抜いたのである。


「片手に銃、片手にナイフ……ほう、珍しい戦闘スタイルだ」


 錫杖しゃくじょうが唸りを上げて、もう一体のヴァンパイアの頭を潰す。


「あなた達は……」


 白い法衣のようなものを着た男女だった。

 女の方は左手に大弓を持っており、男の方は頭に三度笠を載せている。


 おそらく東洋協会の狩人イェーガーだろう。

 たまたま御岳森を通りがかったとは考えられないから、ルキウスの発信した情報をキャッチしたに違いない。


「坊やが天利かい?」

「違います。その仲間です」


 女が霊力の宿った矢を放つと、直線上にいたヴァンパイアを一掃した。


「かなり疲弊しておるな。逃げられよ。ここは我らに任せて」


 ごまひげの男が数珠を鳴らす。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 結界を張り巡らせて、一帯のヴァンパイアを足止めした。

 技の練度からして、かなり戦闘経験があるのは一目瞭然といえる。


「すごい数だな。下手すると三日で御岳森は落ちるぞ。偵察に来て良かったわい」

「俺はまだ戦えます」

「いいから」


 女の狩人イェーガーに肩を叩かれる。


「私たちもすぐに退却する。そして増援を呼ぶから。この場は先輩に任せな」

「そうじゃ。わしらはこれでもS級厄災と手合わせした経験がある。心配は無用。何のこれしき。朝飯前というやつだ」


 この二人なら大丈夫だろう。

 そう判断したコジロウはシオンの元へ急いだ。




《作者コメント:2022/02/23》

ちょっと長いので前後に二話分割します……。

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