第15話 廃人の爛れた日常に唐突に割り込むトンデモ
俺の失業保険の給付期間を過ぎても、メタリボで繋がる二人の関係は続いていた。
俺のブルーウッドのレベルは300を超えていた。
流石にレベルアップの速度は落ちてきたが、レベルが高くなればなるほど上がりにくくなるので相対的にユズキシとの差は縮まりつつあった。
これまでユズキが一人で戦っていたときは、寝るためにログアウトしている間に、敵側が盛り返して勢力範囲を取り返されるという不毛な一進一退を繰り返していたらしい。
放置しておくと防衛用に置いておいたNPCが削られて突破されてしまうので、定期的に入金し、再配置するため人力での操作が必要だったのだ。
俺が合流してからは、その問題を避けるため、睡眠や飯など現実での所用を済ませるための時間を二人でずらして取るようになった。
そして俺のキャラがある程度育つと、ユズキと二人でログインしている時間帯は同じ狩場で戦い、人間側の勢力範囲をモリモリ回復していった。
『マグナバレー』の麓付近まであらかた掃除し終わると、地形や敵の属性などを考慮し、次はどこから削り取ろうか、などと相談するのが無性に楽しかった。
ゲームの攻略性もそうなのだが、何よりもその相手があのユズキであることが、俺にはずっと夢か何かのように思えていた。
死んだ魚のような目で通勤していた会社員時代では及びも付かない至福の日々。
毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。
異変は、そんな頃に起きた。
俺が風呂のあと、冷蔵庫から飲み物を取って二階の自室に戻ろうとしたとき、居間でテレビを見ていた親から呼び止められた。
あー、遂にそろそろ働けと言われるときが来たかと思って居間の方に向き直ると、父母二人とも、テレビ画面を食い入るように見つめ顔を
なんだ?
不穏な空気を感じ、俺の目も、両親が見ているテレビ画面に吸い寄せられる。
テレビでは何かの事件の実況ニュースが流れているのだと分かった。
最初に連想したのは大規模な自然災害。
だがそうではない。
映っているのはオフィスビルや駅前、住宅街だ。
次に、通り魔か、猛獣の脱走か何かか? と想像を働かせる。
レポーターと思しき男の言葉は確かにそれらしいトーンではあったが、切り替わった画面に映し出された映像はその予想を、ある意味で全く裏切るものだった。
CGだ。
最初はそう思った。
ごく普通のオフィスビル街の真ん中。その歩道を映す映像の中に、明らかにCGを思わせるものが映ったのだ。
それも今風の、写真や現実と見紛うような精巧な造りのCGではない。
そんな凄まじい片鱗を思わせるようなものでは断じてなく、その逆、極めてチャチな、いったい何十年前の作品ですかというほどドットの粗い、CGCGしたCGが現実の街の中を動き回っていたのだ。
だが、その映像を流すテレビ屋の空気は決して冗談ではなく、本当に大変な大惨事が起きたことを思わせる深刻な実況だった。
『逃げてください。現在S市付近は御覧の状況です。これは映画やドラマではありません。人を襲っています。建物も破壊します。銃や爆発物も効かない、との情報が入っております。S市にお住まいの方。その近隣にお住まいの方。緊急です。身を守るために今すぐ遠くに離れて避難行動を取ってください』
画面に映るCGのモンスターは───そう、モンスターだ───逃げ惑う通行人たちの列を襲い、手にした武器を振るった。
ドットが粗くて判別しにくいが、おそらく斧だ。
そのCGの斧は、生身の人間を、肉を、残酷に断ち斬り、周囲に赤い血しぶきを振り撒いた。
『ショッキングな映像ですが、あえて、あえて、このまま放送させていただいております。これは映画やドラマ、アニメなどではありません。現実に、CGのような怪物が現れて人々を襲っております。逃げてください。怪物の群れは現在S市駅前付近。N市方面に向かって南下しております』
N市は俺の住む街だった。ここだ。この家の建つ場所だ。
「何してるんだ、父さん、母さん。逃げよう! 準備して。逃げるんだ!」
テレビに見入っている親を追い立てるようにして
車の方がいいだろうか。しかし、きっとすぐに道路は渋滞するぞ。
徒歩か……。自転車は……? 駄目だ。一台しかない。
南下しているということは、同じ方向ではなく、西か東に逃げた方が良いだろう。
まるで現実感のない事態に対し、俺の頭は驚くほど順応を見せていた。
どうにかこうにか両親が家を出る準備を整え終わった頃、俺の視線が自分の部屋のある場所で止まった。
PCのモニターだ。
メタリボにログインしたままになっている。
そしてそのときふと、先ほどテレビで見たCGめいた怪物の姿を思い出した。
あれは……、メタリボのオークじゃないか?
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