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「つまり、義兄上が一度も家に帰ってこなくて、姉上は公爵家の贅沢な暮らしが苦手で、これ以上結婚生活を続けるのは無理そうだから、義兄上が立て替えてくれた我が家の借金を返済して離婚しようと思った、ということでいいんですね?」
「うん、そう」
ティーゼが大きく頷くと、ハーノルドは頭痛をこらえるような顔をしてこめかみを押さえた。
「もう、何から突っ込んでいいやら……、ええっと、ひとまず。義兄上が帰ってこないというのはおいておきましょう。義兄上が何を考えているのかは僕にはわかりませんからね」
ハーノルドはそう前置きをして、気分を落ち着けるように紅茶を一口飲むと、幼子に言い聞かせるような口調で言った。
「いいですか、姉上。貧乏だった我が伯爵家で育った姉上が、公爵家の生活に戸惑う気持ちはわかります。姉上が贅沢が苦手なことも知っています。でもですよ? 姉上。あなたはここに嫁いで何年になりますか? 新婚の時ならいざ知らず、五年も公爵家ですごしておいて、まだそんなことを言っているんですか? 全部は無理でも、少しくらい公爵家の生活に慣れようとしましたか? 贅沢と言いますが、それぞれの家にはそれぞれの家のルールがあります。高貴な家柄であれば、世間に軽んじられないだけの世間体というものを保たなくてはなりません。少なくともノーティック公爵家は、姉上の貧乏持論を展開して好き勝手していい家柄ではないんですよ」
「……それは、わかってるけど」
「わかっていません。どうせ姉上のことだから口で言い負かして好きにしてきたのかもしれませんが、それをやって困るのは公爵です。家に帰ってこないと文句を言う前に。自分の行動を振り返ってみてはいかがですか。少なくとも、僕が知る義兄上は、話のわからない方ではありません。どうしても納得がいかないところがあるのならば……会えないのならば手紙でも書いて、自分の考えをお伝えしたらいかがですか。ちなみに、帰ってこないのが不満なら『帰ってこい』と手紙でも伝言でもすればよかったでしょうに。……だんだん、話していて情けなくなってきましたよ、僕は」
嫁いだばかりならいざ知らず、いい年をして何をしているんだとハーノルドが額を押さえる。
ティーゼは首をひねった。
「ハーノルド、あなた、旦那様と面識があるの?」
「何を当たり前のことを言っているんですか。アリスト伯爵家の借金を立て替えてくださったのち、領地経営の相談にも乗ってくださっている義兄上ですよ。父上とともに何度もお会いしたことがあります」
ティーゼはショックを受けた。ティーゼは顔すら知らないのに、弟はイアンに何度も会っているらしい。ちょっぴり裏切られたような気になるのはどうしてだろう。
「ともかく、どうしても離婚したいというのならば無理に止めやしませんけど、まずはいろいろなことに向き合ってみてから考えたらいかがですか。義兄上は悪い方ではありませんよ。本当にもう、二人ともいい年して……」
ハーノルドはぶつぶつ文句を言うけれど、ティーゼにはそれどころではなかった。
(ハーノルドが会ったことがあるのに、わたしだけ会ったことがないなんて……これって、不公平じゃない?)
ここまでくれば、どうしてイアンが頑なにティーゼに会おうとしないのか、その理由が知りたくなってくる。
(離婚はするけど……その前に、問い詰めてやりたくなってきたわ)
伯爵家の借金を肩代わりしてくれたことは感謝している。ハーノルドによると、領地経営の相談にまでのってくれているそうだ。だが、それとこれとは話が別なのである。一応妻の立場であるティーゼには、夫を問い詰める権利がある……はずだ。
(紙がもったいないとか言ってる場合じゃないわ! 今すぐ手紙を書かないと!)
ぶつぶつと小言を言うハーノルドの目の前で、ティーゼはぐっと拳を握り締めた。
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