第43話 ハムちゃんぺろぺろ

「アリアドネ、マジでありがとう!」

「あなたの性癖が分からなくなってきたわ」

「性癖って……失礼な。お、おおお。ハムちゃん!」


 アリアドネがいい仕事をしてくれました。

 彼女が作ってくれたのはハムちゃん用のハウスである。

 ドラゴニュートの村にあったようなドーム型の住居を依頼すると、絶妙なサイズで作ってくれたんだ!

 ずっと時が止まったままだったハムちゃんをここ「夢のスローライフ」フォルダに移動させた。

 入口は半円で、ハムちゃんが地面にむぎゅっと擦りつけるようにして入って行ってさ。

 中はハムちゃんが寝るにピッタリのサイズ感になっているのだけど、鼻先だけ穴から出てヒクヒクしているんだよ。

 やばい。こいつはやばい。膝から力が抜けそうだよ。

 

 ドロテアの露店でたっぷり買ったひまわりの種に似た植物の種をパラパラとハムちゃんの鼻先にまいてみる。

 すると、顔を全部だしてもそもそと食べ始めた。

 

「おおおお。そうかそうか。この種でよかったんだな。ベルヴァさん、この種って育てることができるかな?」

「た、たぶん?」

「よっし、育ててみよう。畑も作るつもりだし」

「は、はい」


 ベルヴァの手を取り、ブンブン上下に振る。

 心なしか彼女の尻尾がだらりとしている気がするが、気のせいに違いない。これほど心躍ることなんてないのだから。

 あ、そうか! 俺はなんてことを。自分ばかりだった。

 

「すまん。ベルヴァさん。ケラトルとドロマエオの厩舎も作ってもらわなきゃだよね」

「ケラトルは良いのですが、ドロマエオは雑食です」


 ケラトルは馬車を引いてくれていた草食型の恐竜のような爬虫類で、ドロマエオは頭が大きいダチョウに似た騎乗用のトカゲである。

 雑食ってことは肉も食べるんだよな?


「ケラトルに襲い掛かるかもしれないか」

「ケラトルは問題ありません。ですが、その……」


 ベルヴァの目線がハムちゃんへ。

 な、なんてこったい。ケラトルがハムちゃんを……みんな放し飼いにするつもりだったけど、ケラトルは隔離しなきゃなんないか。

 落胆する俺を見た彼女は両手を広げ尻尾を左右に振り慌てた様子で言葉を続ける。

 

「そ、そのですね。ケラトルは多少共に行動しましたが、ドロマエオは最初に触れ合ってからずっと接していません」

「確かに。騎乗ではなく俺のジャンプで進んでるし。馬車を引っ張るのはケラトルだものな」

「はい。もう少しケラトルと触れ合えば食べていいと食べてはいけない、の区別をつけることができるようになります」

「ケラトルの活躍の場を考えよう」

「お気遣い、ありがとうございます」

「みんな大事なペットだから、仲良くできるようにしたい」


 俺とベルヴァがお互いに頷き合う。

 となると、ケラトル用の厩舎をアリアドネに作ってもらって一旦は終わりにしようかな。

 

 むぎゅ。

 アリアドネに呼び掛けようと動いたら何かを踏んずけた。

 

『何をする!』

「すまん。いたことを完全に忘れていた。ファフサラスも家欲しい?」

『必要ない。お主の巣があるのだろう?」

「うん。寝ている間にいいものを準備している。それで機嫌を直してくれ」

『ほう』


 いやいや、そこはすぐに見に行こうとかにならないか?

 駄竜の奴、踏まれて起きたのだけど、また顎を地面につけて目を閉じた。

 まあいいや。夜には分かる。そこで寝ていたことを後悔するなよ。

 

「ヨシタツ様。一つご相談が」

「何でも言ってくれ」


 さて、改めてアリアドネへと思ったところでベルヴァが割って入る。


「ケラトルには草原がありますので、そのまま草原で、でよろしいでしょうか。畑を荒したりなどはしませんのでご安心ください」

「厩舎を、と思っていたのだけど、必要ないのかな?」

「はい。ケラトルは馬と異なり、屋根付きの建物の中を嫌がります。雨が降っても木の下で雨宿りをすることもありません」

「なるほど。ケラトルにとって快適であることが一番だよな。そうしよう」

「はい!」


 ◇◇◇

 

 その日の晩。

 ベルヴァがチクチクと針と糸で布を袋状になるように縫っている。俺は俺で籠を編み、駄竜が俺の動きを見守っていた。

 と思ったら、うとうとしている。

 アリアドネは手縫いが珍しいのかベルヴァの針の動きをずっと目で追っていた。興味があるなら、彼女もお針子をやってくれてもいいんだぞ。

 糸を自由自在に操る彼女なら、服を一瞬で作ってしまいそうではあるけど。

 

 あと少し。ベルヴァの方ももうすぐ終わりそう。

 

「よし、できた!」

「私も完成しました」


 お世辞にも上手にできたとは言えない。所々ほつれているし左右対称にもなっていない。

 それでも一応、持ち手を掴んで中に物を入れて運ぶくらいはできそう。裂けてしまう懸念があるけど、気にしてはいけない。

 一方俺と違ってベルヴァの裁縫は慣れたものだ。

 さて、完成した袋は綿の布なで肌触りも良い。中に蜘蛛の糸を詰めようと思っていたが、あの糸、麻痺毒が塗りたくってあるんだっけ……。

 何かあったかと一人アイテムボックスの外に出て一覧を物色する。

 あったあった。そういや商店街で見かけて買っておいたんだった。

 

 再びアイテムボックスの中に戻り、ふわっふわの丸まった羊の毛を布袋に突っ込み、口を縫い込んで閉じる(ベルヴァがやってくれました)。

 これで完成だ。お望み通りのふかふかのクッションだぞ。

 良しとばかりに駄竜を見たら、半分しか目が開いていない。

 くああと大きな口を開いて欠伸をした駄竜の首根っこを掴み、籠に乗せたクッションの上に置く。

 

『お、おお。ふかふか、か』

「頑張って作ったんだぞ。約束だからな。感謝しろよ」

『これは確かに小さくならねば使えぬな。良いぞ。元に戻った暁には不死鳥の羽を敷き詰めて……』

「あらら」


 もう眠ってしまった。こいつ、寝てばっかりだな。

 元々、睡眠時間が長い種族なのかもしれない。狩りの時間があるものの、ちょろっといってすぐ獲物を咥えて戻って来るし、戻ってきたら食べて寝る。この繰り返しだ。

 獣は満腹で外敵を警戒しつつも休む。獲物を狩るエネルギー以外に無駄なエネルギーを消費しないためだとか言われている……と思う。

 でも駄竜の場合は少し違う気がするんだよな。活動するために睡眠が必要というか、安全で満腹だから寝ているって感じがしない。

 

「感謝しろよ、ファフサラス。ベルヴァさんと俺は藁の上にシーツを被せたベッドなんだからな」

「明日からバリアスに向かうことですし、今晩はゆっくりとお休みくださいね」

「ベルヴァさんも、ね」

「私は……途中からヨシタツ様の腕の中ですし……」

「ジャンプで進みたいとは思っているんだけど、人数がさ。まあ考えるよ」

「は、はい……」


 心なしかベルヴァの顔が引きつったように見える。彼女ってあまり表情には出さない方なんだよね。その分、尻尾がとてもよく動くのだけど。

 今、尻尾は動いていない。嫌がっているわけではなさそうなのだけど……。

 俺以外全員アイテムボックスの中に入ってもらって、俺一人で移動するのが一番速い。だがしかし、地図が良くわからないんだよなあ。

 駄竜もアリアドネも地図を読めるとは思えないから、ベルヴァが頼りなのだよ。この世界の地図は読み辛くて、ちょっとなんだよね。


 俺たちの様子を見たアリアドネがピンと指を立てる。


「ニンゲンの寝床は変わったものなのね。あなたたちが休むのなら私も休むことにするわ」

「もう寝床までできているのか?」

「そうよ。さっき巣を作った時にちゃんと作っているわ。見に来る?」

「興味ある! 見せてもらってもいいかな?」

「じゃあ、ついて来て」


 そんなこんなでアリアドネの寝床を見学に行く俺とベルヴァなのであった。

 

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