第41話 意地

「――え?」

 それが思い違いであると言う事をイーファの声が示した。

 振り返れば唖然と目を真ん丸にしたイーファが壁の外を見ている。

 同じようにブレイスも立ち上がって壁の向こうを見た。

「え?」

 イーファと同じように、ブレイスは唖然とソレを見る。

 激しく湯気を立てる黒く染まった大地、そこを踏みしめて歩く人の影が一つ。

 生き残っていた怪物たちは道を開けるように割れ、その奥より現れたのは盗賊団の首領。

 ――いや、首領の顔をした不気味な怪物だった。

「あーあ、まったく人が優しく嬲ってやろうと甘くしてればつけ上がりやがって。それに、その魔法はなんだ? そんなもんを使えるのがいるなんて聞いてねぇぞ? ……ああいや、一人いたか。あの目障りな風を使いやがった奴が」

 黒く染まった体躯は元々大柄だったにも拘らず更に二回りは巨大化し、不気味に浮き出た血管のようなものが鼓動を打つように赤く暗い血を脈打たせている。前部の腕は色以外は人間のもので不気味な光を宿した紫苑色の宝珠とあの水色の短刀が握られているが、背中から生えている異様に太い腕は怪物たちのものと瓜二つだ。

「調子に乗り始めたようだからな、見物も終わりだ」

 ヘドランが左手の短剣を振るう。

 青い光が水刃となって、前方でまだ壁に悪戦苦闘していた怪物を切り裂いた。

 水刃は止まらずそのまま壁に当たる。そして無数の氷を飛び散らせ、たったの一撃で巨大な亀裂を作り出した。

 そう、たったの一撃で、である。

 あの怒涛の怪物たちを前にビクともしなかった氷の壁が。

「さーて……、おいクソったれの冒険者ども、いるんだろ! 勝負しようぜ!」

「そう言って誘き出して、周りの化物どもで一気に殺すって算段だろ!」

「あ? バッカじゃねーのお前?」

 ブレイスの返答をへドランは嘲笑う。

「今の見てなかったのか? 今の俺がその気なら薄い壁の一枚ぶち破ってテメェらを蹂躙するなんざ何の苦労もねぇ。俺は紳士的に、テメェら冒険者連中と正々堂々の勝負をしてやるって言ってんだよ」

「……どうする?」

 あの顔を見れば絶対の余裕があるのは確かだ。

 本心から、ブレイスたちを一気に相手取り勝利する自信があるのだろう。

「罠の気がしなくもないですけど……」

「断ったら壁をあの無茶苦茶な攻撃でブチ破ってくるだろうね。そうなったらこの人数で怪物たちを止めるのは無理だから、戦えない人たちが間違いなく犠牲になる」

「なら他の選択肢は無いってわけだな」

 ブレイズは諦めたように肩をすくめる。

「おーい、そろそろ待てなくなっちまうぞー? 逃げる相談でもしてんのか?」

「バーカ。逃げるわけないじゃない!」

 返答と共にテルミスは壁から飛び降りる。

 続いてブレイス。最後に少し遅れたイーファは先に着地をしたブレイスに受け止めてもらう。

「おうおう待ちわびたぜ? 感動の際かいってやつだ」

「へ、二度と見たくなかった顔だよ!」

「なあ、一つ聞きたいんだがどうして俺たちと戦う気になったんだ?」

「そんなの決まってんだろ」

 へドランの顔から笑みが消える。

「どんな理由だろうと勝っていた筈の相手に尻尾を撒いて逃げたままなんざ、俺のプライドが許さねぇんだよ。だから今度こそこの手で息の根を止めて、テメェらっている俺の汚名を完全にこの世から消し去るのさ」

「いやだねぇ、グチグチ過ぎた事ばっか気にしてる男は嫌われるよ?」

「じゃあ冥途の土産に持っていけよ。この俺様から熱烈なアタックを受けたってな!」

 へドランが宝珠を掲げると、漆黒の大剣が黒く染まった地面より湧き出て異形の腕にそれぞれ握られる。

「さあ、ショーの始まりだ!」

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